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海江田 鶴造(かいえだ つるぞう、1923年〈大正12年〉3… 海江田 鶴造(かいえだ つるぞう、1923年〈大正12年〉3月27日 - 2013年〈平成25年〉11月27日)は、日本の内務・警察官僚。参議院議員(1期、自由民主党)。 鹿児島県姶良郡福山町(霧島市)出身。旧制福山中学校(現 鹿児島県立福山高等学校)を経て、1941年(昭和16年)旧制第七高等学校造士館文科卒業。1943年(昭和18年)、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省。短期現役海軍主計科士官(10期)を志願し、同年9月、海軍経理学校に入学。1944年(昭和19年)3月、経理学校を卒業し海軍主計中尉に任官。第三一海軍航空隊に配属されマニラに赴任。1945年(昭和20年)3月に主計大尉に進みジョグジャカルタで終戦を迎えた。
石原田 愿(いしはらだ すなお、1915年(大正4年)3月2… 石原田 愿(いしはらだ すなお、1915年(大正4年)3月24日 - 1987年(昭和62年)3月19日)は、昭和時代の競泳選手。 鹿児島県姶良郡福山村(福山町を経て現霧島市)に生まれる。旧制福山中学校(現 鹿児島県立福山高等学校)出身。 明治大学在学中、1932年ロサンゼルスオリンピックに競泳日本代表として男子1500m自由形に出場し4位に入賞した。つづく1936年ベルリンオリンピックでは前大会と同じく男子1500m自由形に出場し4位に入賞した。
古川 哲史(ふるかわ てつし、1912年5月8日 - 201… 古川 哲史(ふるかわ てつし、1912年5月8日 - 2011年8月22日)は、日本の倫理学者、歌人。東京大学名誉教授、国際武道大学名誉教授。日本弘道会元副会長。
川上 為治(かわかみ ためじ、1907年〈明治40年〉10月… 川上 為治(かわかみ ためじ、1907年〈明治40年〉10月10日 - 1984年〈昭和59年〉5月6日)は、昭和期の官僚、政治家。参議院議員、中小企業庁長官。 鹿児島県日置郡、のちの金峰町(現南さつま市)で生まれる。旧制の私立福山中学校(現鹿児島県立福山高等学校)を経て、第一高等学校を卒業。1933年(昭和8年)10月、高等試験行政科試験に合格し、1934年(昭和9年)東京帝国大学経済学部を卒業した。同年、商工省に入省し商務局属に任官。以後、同省事務官、北京興亜院商工課長、商工省石炭課長などを務めた。 戦後は物価庁第三部長、通商産業省(現経済産業省)鉱山局長、同公益事業局長、中小企業庁長官などを歴任した。
田中 省三(たなか せいぞう、1858年2月20日(安政5年… 田中 省三(たなか せいぞう、1858年2月20日(安政5年1月7日)- 1925年(大正14年)6月29日)は、明治から大正期の実業家、政治家。衆議院議員(1期)。 大隅国囎唹郡福山郷福山村小廻(現鹿児島県霧島市福山町福山)で生まれる。町田実有から漢学を学んだ。1876年(明治9年)福山小学校を卒業。1876年(明治9年)西南戦争で西郷軍に加わり、宮崎で官軍に捕らえられ細島に流罪となった。その後赦免されて帰郷し、1882年(明治15年)鹿児島師範学校を卒業。福山小学校の教師を務め、1885年(明治18年)同郷で当時石川県庁勤務の川上親晴の推薦で能登半島の小学校長に就任。1年ほどで辞職して、奈良県五条の看守長、大阪地方裁判所書記などを歴任。
岩崎 行親(いわさき ゆきちか、安政4年11月13日(185… 岩崎 行親(いわさき ゆきちか、安政4年11月13日(1857年12月28日) - 昭和3年(1928年)4月24日)は、日本の教育者。号は岳東。 讃岐国(現在の香川県)丸亀出身。1881年(明治14年)、札幌農学校を第2期生として、新渡戸稲造、宮部金吾、内村鑑三、広井勇、南鷹次郎らとともに卒業した。農学士の称号を得て、開拓使御用掛、札幌県属、大阪府属を歴任。1894年(明治27年)より鹿児島県で教職につき、1901年(明治34年)に鹿児島県立鹿児島中学校校長から第七高等学校造士館校長に転じた。1912年(大正元年)に退官。 1918年(大正7年)から1924年(大正13年)まで福山中学校校長を務めた。