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米山恒治

よねやま つねはる
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米山 恒治(よねやま つねはる、1904年(明治37年)12月3日 - 1966年(昭和41年)6月5日)は、昭和期の公吏、政治家、実業家。衆議院議員、鹿児島県議会議長。 鹿児島県鹿児島郡伊敷村(現在の鹿児島市)で生まれる。13歳で父が死去して学校を中退。鹿児島県庁の給仕となり、苦学して1921年(大正10年)鹿児島実業学校(現鹿児島実業高等学校)商業本科を卒業した。 1940年(昭和15年)鹿児島県属に任官。1942年(昭和17年)地方事務官に任官。以後、鹿児島県経済部商工課長、同軍需商工課長を歴任。1944年(昭和19年)9月、岩切重雄鹿児島市長の要請をうけて鹿児島市助役となり1947年(昭和22年)3月まで在任した。

出典:ウィキペディア「米山恒治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋