須磨 弥吉郎(すま やきちろう、1892年〈明治25年〉9月9日 - 1970年〈昭和45年〉4月30日)は、日本の外交官、政治家。スペイン特命全権公使・衆議院議員。 秋田県南秋田郡土崎新城町(現秋田市)生まれ。旧制秋田中学校卒業後広島師範学校に進学するも、一転して法律家を志し中央大学法学部に転学。卒業後、1919年に外務省入省。 外国語6カ国語に堪能でイギリス、ドイツ等の在外公館に勤務を経て、1927年、在中国大使館二等書記官として赴任。在広東領事館領事等を経て、1932年、在上海日本公使館情報部長となり、対蔣介石政権の情報収集に努める。その後、南京総領事に転じる。 この中国での諜報活動の経験から、情報の一元管理と総合判断の必要性を痛感、帰国後、同じ考えを抱いていた山本五十六海軍次官とともに奔走し、1937年、対外情報収集と対外広報を目的にした内閣情報部を設立する。
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