小野 仁(おの ひとし、1976年8月23日 - )は、秋田県秋田市八橋出身の元プロ野球選手(投手)。左投右打。アトランタオリンピック野球の銀メダリスト。 秋田経法大付属高校2年時に、春夏連続で甲子園に出場したが、いずれも初戦敗退。第65回選抜大会では鳥取西戦で16安打を許し、7四死球を出したものの、逆に15三振を奪い、注目を集めた。3年時では春夏連続で甲子園に出場できなかった。1994年の世界選手権で高校生としては史上初の代表入りを果たす。左腕から150km/h近いストレートを武器に強豪キューバ戦にて1点リードされている6回の場面から登板しキューバの主軸のアントニオ・パチェコとオマール・リナレスに対して立て続けに三球三振を奪う等、超高校級の逸材といわれ、ドラフトでは最大の目玉として8球団が競合すると言われた。
出典:ウィキペディア「小野仁」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
