秦 政明(はた まさあき、1930年 - 2003年3月)は、元URC社長。大阪府出身、大阪大学卒業。 14歳で敗戦を迎え、戦後日本共産党に入党。大阪大学時代は、日本共産党細胞キャップ(地方支部との意味)の指導的メンバーだった(べ兵連の活動にも参加した真継伸彦の著書「青空」に登場する「万里小路君」は秦がモデルとされていると、法制史研究者の蘆田東一が「秦政明さんを偲ぶ」で書いている)。蘆田によると、秦は日本共産党が毛沢東思想に準じて作った山村工作隊の一員として、「吹田事件」を主導したという。この事件の後、秦は在日朝鮮人宅に匿われるなど、しばらく逃亡生活を続けたという。 その傍ら歌ごえ運動に没頭し(その頃からの知人に田川律がいる)、28歳で卒業後の1958年大阪労音に入社。
出典:ウィキペディア「秦政明」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
