スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川田 篤(かわた あつし、1973年9月8日 - )は、日本… 川田 篤(かわた あつし、1973年9月8日 - )は、日本の実業家。株式会社オロ創業者・代表取締役社長、ネットイヤーグループ株式会社取締役。 北海道生まれ。実家はカメラ屋。北海道札幌北高等学校を経て、1997年東京工業大学工学部電気電子工学科卒業。大学在学中アメリカ合衆国に1年留学。大学卒業後は、両親の反対を押し切って大企業には就職せず、システム開発の請負で資金を貯め、大学の研究室の同期だった日野靖久と1999年にオロを創業し、同社代表取締役社長に就任。2011年第5回蔵前ベンチャー賞受賞。クラウドコンピューティング型統合業務システムの提供を進め、2017年に東京証券取引所マザーズに上場。2018年には東京証券取引所市場第一部に上場を果たした。
中川 隆(なかがわ たかし、1963年9月6日 - )は、日… 中川 隆(なかがわ たかし、1963年9月6日 - )は、日本の実業家。SBIインベストメント代表取締役社長を経て、SBIホールディングス取締役副社長。 北海道出身。北海道札幌北高等学校を経て、1987年小樽商科大学商学部経済学科卒業、富士銀行(現みずほ銀行)入行。1999年北尾吉孝と知り合い、同年ソフトバンク・ファイナンスに入社し、イー・ローンとのジョイントベンチャーの立ち上げにあたった。2002年SBIホールディングス取締役。2005年SBIベンチャーズ取締役常務。2006年からはソフトバンク・インベストメント代表取締役COOを務め、ベンチャー企業への投資を進めた。2014年SBIバイオテック代表取締役社長。
赤坂 祐二(あかさか ゆうじ、1962年(昭和37年)1月3… 赤坂 祐二(あかさか ゆうじ、1962年(昭和37年)1月3日 - )は、日本の経営者、技術者。日本航空代表取締役会長。公益財団法人日本交通公社評議員。 北海道札幌市出身。少年時代はプラモデルの戦闘機が好きで狸小路の中川ライター店に通い、中学生の頃から航空機の設計に関心を持った。小学生時代はのちに本田技研工業の社長となる三部敏宏と少年野球で一緒にプレーし仲が良かった。中学1年で三部の転居のため離ればなれになったが、社長となってから再会している。札幌北高等学校時代はスキージャンプの選手だった。 国産航空機の設計に携わりたいと考えたことから、東京大学の航空学科に進み、1987年に同大学大学院工学系研究科を修了後、同年技術系として日本航空入社。
安田 光春(やすだ みつはる、1959年10月5日 - )は… 安田 光春(やすだ みつはる、1959年10月5日 - )は、日本の実業家、銀行家。北洋銀行取締役会長。北海道経済同友会代表幹事。札幌商工会議所会頭。 北海道札幌市出身。札幌市立新琴似小学校、札幌市立新琴似中学校、北海道札幌北高等学校、慶應義塾大学商学部卒業後、1983年北洋相互銀行(現在の北洋銀行)入行。経営管理部企画課長や宮の沢支店長を経て、2007年人事部調査役のまま、当時賞味期限改ざん問題で揺れていた石屋製菓に出向。2009年同行に復帰し融資第一部副部長、2014年取締役に選任され、2016年常務、2018年初の生え抜きとして頭取に就任。2021年4月北海道経済同友会代表幹事、6月第二地方銀行協会会長にそれぞれ就任する。
石井 純二(いしい じゅんじ、1951年(昭和26年)5月2… 石井 純二(いしい じゅんじ、1951年(昭和26年)5月25日 - )は、日本の実業家、銀行家。北洋銀行頭取、第二地方銀行協会会長、札幌証券取引所理事長を務めた。 北海道芦別市出身。札幌市立新琴似小学校、札幌市立新琴似中学校、北海道札幌北高等学校、弘前大学人文学部経済学科卒業。 1975年北海道拓殖銀行入行。5つ違いの兄も拓銀に入行していた。 拓銀破綻後は、1998年に北洋銀行の業務推進部管理役に就任。経営管理部や法人推進部、大通支店長を経て、2004年には親会社であった札幌北洋ホールディングスと北洋銀行の取締役に選任される。2012年に横内龍三の後任として、札幌北洋ホールディングス社長および北洋銀行頭取になる。
大槻 博(おおつき ひろし、1949年7月11日 - )は、… 大槻 博(おおつき ひろし、1949年7月11日 - )は、日本の経営者。北海道ガス社長、会長、現在も札幌商工会議所副会頭を務めている。 北海道出身。北海道札幌北高等学校を経て、1972年に北海道大学工学部を卒業し、同年に北海道ガスに入社した。1998年に取締役に就任し、2000年6月に常務、2002年6月に副社長を経て、2008年4月に社長に就任。2022年6月に会長に就任。。
長内 順一(おさない じゅんいち、1947年(昭和22年)3… 長内 順一(おさない じゅんいち、1947年(昭和22年)3月7日 - )は、日本の経営者。衆議院議員(1期中退)と札幌市議会議員(2期)を務めた。 株式会社未来経営研究所代表取締役社長。北海道商工会議所連合会会頭特別補佐。サイバー大学客員教授(企業社会責任論)。北海道経営未来塾塾長。 1947年(昭和22年)、北海道札幌市に生まれる。1959年(昭和34年)、札幌市立幌北小学校卒業。1962年(昭和37年)、札幌市立北辰中学校卒業。1966年(昭和41年)、北海道札幌北高等学校を卒業。1970年(昭和45年)、北海学園大学経済学部を卒業。その後、民間企業に勤務する。 1987年(昭和62年)、札幌市議会議員選挙に立候補し、初当選。
加森 公人(かもり きみひと、1943年 - )は、日本の実… 加森 公人(かもり きみひと、1943年 - )は、日本の実業家。加森観光取締役相談役。元代表取締役社長。 1943年、北海道札幌市に生まれる。札幌北高校を卒業、同高校時代の修学旅行で後楽園遊園地のジェットコースターに乗ったことをきっかけに遊園地好きとなり、その後の遊園地開発へと繋がる。 大学は教師を志望し東京教育大学を第一志望としていたものの不合格となり、1968年に学習院大学経済学部を卒業、立教大学大学院ホテル観光学科修了。大学卒業後は日本ケーブル浦安工場に出向し索道の安全輸送について学んだ後、大学院修了後に父の加森勝雄が第三セクター方式で設立した「登別温泉ケーブル」に就職。夏の濃霧の頃が事実上のオフシーズンになっていたさなか「のぼりべつクマ牧場」の運営にたずさわり、ヒグマを飼育し観光客を呼び込むとともにヒグマの人工飼育や計画出産への挑戦、博物館の建設、ヒグマに芸を覚えさせてのショーの開催といったヒグマに特化した積極策を取り、クマ牧場の収益を元手に札幌市の都心で中古ビルを買収し収益を強化した。
丹羽 祐而(にわ ゆうじ、1943年 - )は、日本の実業家… 丹羽 祐而(にわ ゆうじ、1943年 - )は、日本の実業家、市民活動家、環境活動家、大学講師。 朝鮮生まれ。1945年太平洋戦争終結に伴い北海道に引き揚げ。北海道札幌北高等学校卒業。1966年北海学園大学経済学部卒業。北海道協同組合通信社に入社。1972年同社を退社し、株式会社丹羽企画研究所を設立。その後、札幌市PTA協議会会長。1983年クリエイティヴ・コア株式会社代表取締役社長(2000年まで)。1992年酪農学園大学環境システム学部では非常勤講師として「北海道産業論」を担当(2006年まで)。1995年社団法人日本PTA全国協議会副会長(1996年まで)。札幌市社会教育委員(1996年まで)。
鈴木 輝志(すずき てるし、1941年10月23日 - 20… 鈴木 輝志(すずき てるし、1941年10月23日 - 2020年)は、日本の経営者。札幌テレビ放送社長を務めた。 北海道出身。1960年に札幌北高等学校を卒業し、同年に札幌テレビ放送に入社。2002年に専務に就任し、2005年6月には社長に就任。2009年6月に会長に就任。
松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 202… 松田 昌士(まつだ まさたけ、1936年1月9日 - 2020年5月19日)は日本の実業家、会社経営者。従三位。東日本旅客鉄道(JR東日本)社長、同社会長を歴任。北海道北見市出身。 井手正敬、葛西敬之と共に「国鉄改革3人組」と称され、日本国有鉄道(国鉄)の分割民営化に尽力した。北海道大学名誉博士。 「国鉄改革3人組」の筆頭として、国鉄分割民営化に尽力した。民営化後は、JR東日本の社長・会長として経営を掌握。 また、道路関係四公団民営化に委員として参画する等、当時の内閣総理大臣・小泉純一郎が主導した聖域なき構造改革路線において、民営化の代表的な成功例の立役者の一人とされた。 2008年、日本経済新聞『私の履歴書』に寄稿し、国鉄民営化の経緯を赤裸々に語っている。
河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2… 河谷 禎昌(かわたに さだまさ、1935年1月17日 - 2025年12月13日)は、日本の経営者、銀行家。北海道拓殖銀行最後の頭取を務めた。 兵庫県神戸市出身。祖父と兄は弁護士、父は裁判官の法曹一家に育つ。北海道札幌北高等学校を経て、1957年に北海道大学法学部を卒業し、同年に北海道拓殖銀行に入行。 業務企画部長、企画部長、1986年7月に取締役、1989年4月に常務、1992年6月に専務、1993年6月に副頭取を経て、1994年6月に頭取に就任し、破綻する1997年11月まで務めた。破綻後、特別背任罪で実刑判決が確定し、2009年12月から1年7ヶ月服役した。その後はテレビ局、新聞社のインタビューに時折答えていた。
大星 公二(おおぼし こうじ、1932年4月7日 - )は日… 大星 公二(おおぼし こうじ、1932年4月7日 - )は日本の実業家。NTTドコモ社長、同社会長を歴任。北海道札幌市出身。 1945年北海道庁立札幌第一中学校入学、1951年北海道札幌北高等学校卒。1957年東京大学法学部卒業後、日本電信電話公社(現NTT)入社、1966年北海道石狩深川電報電話局長。電気通信総合研究所経営研究室長、データ通信本部営業部長などを経て、1988年NTT取締役経営企画本部長、1990年同常務企業通信システム本部長、1992年NTT移動通信網(NTTドコモ)社長、1998年同会長、現在に至る。社長時代にiモード開発を推進した。 多趣味で知られ、学生時代は全都道府県を旅行したように、今もぶらり出かける外出を好む。