スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
菅原 功一(すがわら こういち、1944年6月24日 - … 菅原 功一(すがわら こういち、1944年6月24日 - )は、日本の政治家(旭川市議、北海道議会議員、旭川市長)。また、ばんえい競馬を運営する北海道市営競馬組合の管理者も務めた。 北海道旭川市出身。北海道旭川商業高等学校卒。 旭川市議、北海道議会議員(自由民主党所属、当選2回)を経て1994年11月に実施された旭川市長選挙で初当選した。1998年には再選を、2002年には3選を果たしている。 主な功績に、旭山動物園の再生計画の推進(新施設建設)などがあるが、2002年に実施された旭川市長選挙では対立候補の元道議・東国幹に227票差まで詰め寄られる接戦となり、選挙後当時の助役が公職選挙法違反で逮捕されたり、金銭の貸借問題など数多くの疑惑を抱え、2004年にはリコール運動が起こった。
佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の… 佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道紋別郡興部村出身。北海道立旭川第二工業学校卒。1971年自治大学校卒。北海道上湧別町町長(1981年-1993年)。 1967年上湧別町役場に入る。役場に勤めながら自治大学校に通い、1971年に卒業。その後、同町税務課長、総務課長、教育委員会委員長などを経て、1981年上湧別町長選に出馬し、初当選。以後、連続3期務めた。1993年に引退。 アメリカ合衆国のケンタッキー州を視察して地元のトウモロコシでバーボン・ウイスキーを作るなど行動派の首長として有名。また、畑作・酪農・流氷観光のみで過疎に悩む上湧別町を1987年に漫画による「まちおこし」構想を企画し、1990年に日本漫画家協会の協賛を得て「オホーツク国際漫画大賞」を創設し、開催地を上湧別町とする事で町の活性化を図った。
五十嵐 広三(いがらし こうぞう、1926年3月15日 - … 五十嵐 広三(いがらし こうぞう、1926年3月15日 - 2013年5月7日)は、日本の実業家、政治家。位階は従三位。勲等は勲一等。 企業組合ほっかい民芸舎理事長、北海道民芸品株式会社代表取締役社長、北海道旭川市長、衆議院議員(5期)、建設大臣(第59代)、内閣官房長官(第58代)、株式会社ほくみん代表取締役会長などを歴任。 1926年生まれ。1943年に北海道庁立旭川商業学校(現・北海道旭川商業高等学校)を卒業後、愛別村立愛山国民学校の助教として勤務した。その後、陸軍第7師団に入営し訓練を受けていたが、1945年に太平洋戦争が終結した。その後、1953年に民芸品販売店を開き、ほっかい民芸舎の理事長、北海道民芸品の社長などを歴任した。
石田 孝(いしだ たかし、1918年〈大正7年〉10月15日… 石田 孝(いしだ たかし、1918年〈大正7年〉10月15日 ‐ 1987年〈昭和62年〉)は、日本の政治家。北海道浜頓別町長(1980年 ‐ 1987年)。 北海道枝幸郡頓別村出身。北海道庁立旭川商業学校卒業。戦時中は徴兵により戦地に赴く。復員後、1947年に頓別村村議会議員に初当選。以後、浜頓別町制に移行後も当選を続け、連続8期32年務める。この間、1962年(昭和37年)から1979年(昭和54年)まで浜頓別町議会議長や1962年(昭和37年)から1980年(昭和55年)まで浜頓別町商工会長、1970年(昭和45年)から1980年(昭和55年)まで北海道商工会連合会副会長を務めた。同年、町長が参院選立候補のため辞職したのに伴い実施された町長選に立候補し、前町長の後継者とされた前助役を破って、初当選を果たした。