スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川下 将勲(かわしも まさひろ、2005年4月3日 - )は… 川下 将勲(かわしも まさひろ、2005年4月3日 - )は、北海道函館市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。埼玉西武ライオンズ所属。 函館市立南本通小学校4年生のときに『千代田ビクトリーズ』で野球を始め、5年生から本格的に投手になった。函館市立本通中学校では軟式野球部でプレー。 函館大有斗高校では1年秋からベンチ入り。入学当時の体重は55kgで球速も120km/hに届かなかったが、2年春から監督に就任した片口伸之との出会いが転機となり、食事とトレーニングに力を入れると、体重が17kg増加。3年時に目覚ましい成長を遂げ、春の最速は134km/hであったが、夏に142km/hを計測した。大会での実績は、2年秋から3季連続で全道大会に進出。
宮本 辰弥(みやもと たつや、1998年4月24日 - )は… 宮本 辰弥(みやもと たつや、1998年4月24日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグのジークスター東京所属。 函館大学付属有斗高校卒業後は国士舘大学へ進学し、大学卒業後はジークスター東京へ入団した。
高島 晧平(たかしま こうへい、1997年1月12日 - )… 高島 晧平(たかしま こうへい、1997年1月12日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグのゴールデンウルヴス福岡所属。背番号は「6」(2019年以降)。 函館大学付属有斗高校卒業後は日本体育大学へ進学し、大学卒業後はゴールデンウルヴス福岡へ入団した。
清 竜基(せい りゅうき、1996年9月2日 - )は、北海… 清 竜基(せい りゅうき、1996年9月2日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。ジークスター東京所属。背番号は「6」(2019年から)。 函館大学付属有斗高校卒業後は国士舘大学へ進学し、大学卒業後はジークスター東京へ入団した。
楢山 修平(ならやま しゅうへい、1996年8月3日 - )… 楢山 修平(ならやま しゅうへい、1996年8月3日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の安芸高田わくながハンドボールクラブ所属。 函館大学付属有斗高校卒業後は国士舘大学へ進学し、大学卒業後は湧永製薬へ入団した。
小澤 基(おざわ もとき、1996年8月1日 - )は、北海… 小澤 基(おざわ もとき、1996年8月1日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグ(リーグH)の大同特殊鋼 Phenix TOKAI所属。 函館大学付属有斗高校時代の2014年には第6回アジアユース選手権の日本代表U-19に選ばれた。 高校卒業後は日本大学へ進学。2015年は第6回ユース世界選手権の日本代表U-19に選出され、6月には第3回U-22東アジア選手権の日本代表に選ばれた。 2016年は第15回男子ジュニアアジア選手権の日本代表U-21に選出された。関東学生ハンドボール・春季リーグでは優秀新人賞を受賞。 2018年は第24回世界男子学生選手権大会の日本代表U-24に選ばれた。
城山 正太郎(しろやま しょうたろう、1995年3月6日 -… 城山 正太郎(しろやま しょうたろう、1995年3月6日 - )は、北海道函館市出身の陸上競技選手。専門は走幅跳。 北海道函館市にて生まれる。函館市立南本通小学校3年生の時に兄の影響を受けて地元のスポーツ少年団に入り陸上競技を始める。陸上競技を始めた当初は短距離競走を走っており、小学校5年生の時に第21回全国小学生陸上競技交流大会(男子100m)に出場した記録が残っている。 その後、函館市立本通中学校を経て、函館大学付属有斗高等学校へ進学してインターハイとインカレの100mで日本一を達成した実績がある西川康秀の指導を受けた。高校1年で短距離走から走幅跳に転向。高校時代は2年生の時に全国高等学校総合体育大会に出場しているが、予選落ちしている。
加藤 勇也(かとう ゆうや、1994年7月29日 - )は、… 加藤 勇也(かとう ゆうや、1994年7月29日 - )は、北海道函館市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。 2010年に函館大学付属有斗高等学校に進学して全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)と日本学生陸上競技対校選手権大会(インカレ)の100mで日本一を達成した実績がある西川康秀の指導を受けた。 2014年に帝京大学に進学し、箱根駅伝に2度出場した。 2018年にトヨタ紡織に所属し、ニューイヤー駅伝にも出場した。
増野 元太(ますの げんた、1993年5月24日 - )は、… 増野 元太(ますの げんた、1993年5月24日 - )は、北海道北斗市出身の元陸上競技選手。専門は110mハードル。自己ベストは日本歴代6位の13秒40。2017年ロンドン世界選手権のセミファイナリスト。 北海道北斗市出身、血液型はO型、北斗市立久根別小学校→北斗市立上磯中学校→函館大学付属有斗高校→国際武道大学→モンテローザ→ヤマダホールディングス。 陸上は小学3年生の時に学校の陸上クラブに入って始める。ハードルは4年生の時から経験し、6年生の時には全国小学生交流大会の80mハードルに出場している。しかし、6年生の秋から中学1年生の夏まで駅伝と長距離をやったり、中学3年生の時には腰骨の分離症になったりするなどして、中学時代は全国大会に出場することができなかった。
大門寺 崇(だいもんじ そう、1993年3月9日 - )は、… 大門寺 崇(だいもんじ そう、1993年3月9日 - )は、日本のプロレスラー。本名:柴田 崇(しばた そう)。 北海道根室市生まれ函館市育ち。 小学生の頃から野球を始め、函館大有斗高校卒業後はプロレスラーとしてデビューし、その後も都内の軟式野球チームに所属しプレーしている。 高校時代に友人から勧められて観たWWEの試合をきっかけにプロレスラーを志す。卒業後に全日本プロレスの入門テストを受けるも入団は叶わず、2011年プロレスリング・ノアの入門テストに合格し練習生となる。デビューを目指すものの練習中の怪我等が引き金となり退団。一時は挫折感からプロレスへの情熱そのものを失っていたが、負傷箇所の手術を経てプロレスラーになる夢を再び抱き単身渡米、2016年12月4日アメリカフロリダ州でプロレスデビュー。
後藤 翔平(ごとう しょうへい、1992年8月5日 - )は… 後藤 翔平(ごとう しょうへい、1992年8月5日 - )は、北海道帯広市出身の日本プロバスケットボール選手。ポジションはシューティングガード。B.LEAGUEレギュラーシーズン2023-24シーズンより岩手ビッグブルズに所属している。 2008年、函館大有斗高に進学して安田和男の指導を受けた(背番号:5)。1年時からエースとして活躍したが、3年間で全国(インターハイ、国体、ウインターカップ)の出場はなかった。 2011年、大阪学院大に進学して行広伸太郎の指導を受けた(背番号:10)。1年時からエースとして活躍し、2~4年時には全国(インカレ)に出場。 2015年~2018年、金沢武士団に入団して鈴木裕紀の指導を受けていた(背番号:1)。
柳澤 純希(やなぎさわ じゅんき、1991年5月9日 - )… 柳澤 純希(やなぎさわ じゅんき、1991年5月9日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身の陸上競技選手。専門は短距離走・中距離走。 北海道亀田郡七飯町出身。七飯町立七重小学校時代に陸上競技を始め、七飯町立大中山中学校を経て、2007年に函館大学付属有斗高等学校に進学[要出典]。 2010年に日本大学に進学し、インカレに出場する[要出典]。 2014年に日本大学卒業後は2019年まで住友電工に所属し、2015年のかわさき陸上競技フェスティバルの800mでは1'49"57の記録を残している。
古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、… 古田 史郎(ふるた しろう、1988年1月29日 - )は、日本の元男子インドアバレーボール選手、現ビーチバレーボール選手。 北海道函館市出身。函館大学付属有斗高校卒業後、法政大学在学中に全日本入りして2009年ワールドグランドチャンピオンズカップに出場するとリリーフサーバーとして登場して勝利に貢献して銅メダルを獲得した。 2010年、東レアローズに入団した。 2012年9月30日をもって東レアローズからの退団を発表した。 2013年、ジェイテクトSTINGSに入団することが発表された。 2017年5月31日をもってジェイテクトSTINGSからの退団を発表した。 同年、ヴォレアス北海道に入団することが発表された。
昆布ちゃん(こんぶちゃん、1981年6月10日 - )は、日… 昆布ちゃん(こんぶちゃん、1981年6月10日 - )は、日本のお笑い芸人。北海道函館市出身。本名は橋本 尊史、旧芸名はハッシィ、海山昆布。 1981年6月10日、北海道函館市に生まれる。函館大学付属有斗高等学校卒業。19歳の時に故郷の北海道から上京して就職するが仕事や寮生活に嫌気が差し、2003年4月にお笑い芸人への道を目指して東京NSC9期生としてNSCに入学する。だがネタの作り方も分からない状態で周囲との実力差に圧倒され、卒業後はエキストラの仕事をたまに引き受ける以外はフリーターとしての日々を過ごす(パチンコ屋でバイトをしている際、同僚3人で悪ふざけをし過ぎクビになりかける)。一度はそのまま業界からフェードアウトしようとしたが、芸人仲間からの勧めもあって「芸人として諦めをつけるために完全燃焼する」事を決め、学び直すべく24歳の時に浅井企画の養成所に入る。
スター旭(スターあさひ、1980年11月20日 - )はプロ… スター旭(スターあさひ、1980年11月20日 - )はプロモーション・ススム所属のピン芸人。本名は旭 圭介(あさひ けいすけ)。
坪谷 隆寛(つぼや たかひろ、1978年(昭和53年)9月9… 坪谷 隆寛(つぼや たかひろ、1978年(昭和53年)9月9日 - )は、日本の俳優。北海道函館市出身。身長180cm、体重110kg。
田野平 安行(たのひら やすゆき、1978年8月31日 - … 田野平 安行(たのひら やすゆき、1978年8月31日 - )は、北海道函館市出身の元ハンドボール選手。 函館大学付属有斗高校時代は、選抜・選手権・国体に出場した。 高校卒業後は大崎電気へ入団し、2000年に引退した。 引退後は立教大学へ進学した。 2017年6月、函館にパーソナルトレーニング専門ジムを設立し、代表を務めている。
澤田 剛(さわだ つよし、1975年11月21日 - )は、… 澤田 剛(さわだ つよし、1975年11月21日 - )は、北海道上磯郡上磯町(現・北斗市)出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 函館大有斗高では上野美記夫監督の指導を受けて3年夏に投手として南北海道大会ベスト4の成績を収めたが、甲子園出場歴はない。 1993年のNPBドラフト会議で福岡ダイエーホークスから5位指名を受け、内野手として入団。18歳の誕生日に決定の電話を受けたという。同年11月29日に契約金3300万円、年俸400万円の契約条件で仮契約した。 1997年に現役を引退し、球団職員となる。球場の看板広告や地方興行、宮崎キャンプの誘致などの営業を担当し、2005年4月に退団。 2005年にトラスト・インターナショナル社を起業し、2022年までに中古車販売事業・飲食店事業・健康関連事業を展開している。
松本 幸雄(まつもと ゆきお、1974年11月4日 - )は… 松本 幸雄(まつもと ゆきお、1974年11月4日 - )は、北海道函館市出身の元ラグビー選手。ポジションはフランカー。身長 180 cm、体重 97 kg。 函館大有斗高では、三浦栄司の指導を受けて全国高等学校ラグビーフットボール大会に出場し、主将を務めた[要出典]。 高校卒業後は明治大へ進学、1996年度では主将も務め、同年度の第33回全国大学ラグビーフットボール選手権大会には優勝を果たした。 大学卒業後は清水建設ブルーシャークスへ入団した[要出典]。
山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は… 山口 圭司(やまぐち けいじ、1974年2月17日 - )は、日本の元プロボクサー。 北海道函館市出身。第22代日本ライトフライ級王者。元WBA世界ライトフライ級王者。左ボクサータイプで、入場曲はヨーロッパの「The FINAL COUTDOWN」。 現在は大阪府松原市在住。近鉄南大阪線河内天美駅側で、函館cafe&bar HamedⅡのマスターをしている。 中学生の頃、井岡弘樹に憧れ函館大学付属有斗高等学校入学と同時に市内にあった桜井ボクシングジムでボクシングを始める。高校時代は全国高等学校ボクシング選抜大会、インターハイ、国民体育大会の三冠を達成。プロ転向後も懐の深い長身のアウトボクサーとして、ライトフライ級からバンタム級で活躍した。
盛田 昌彦(もりた あきひこ、1971年12月26日 - )… 盛田 昌彦(もりた あきひこ、1971年12月26日 - )は、北海道茅部郡鹿部町出身の政治家。北海道茅部郡鹿部町長。 北海道茅部郡鹿部町生まれ。元プロ野球選手の盛田幸妃は親戚で、函館大学付属有斗高等学校野球部の2年先輩でもあり、横浜大洋ホエールズにドラフト指名された際には胴上げ要員として居合わせていた。函館大学を1年で中退して、1992年に北海道茅部郡鹿部町役場に就職、2015年に観光商工課長に就任、2017年に北海道茅部郡鹿部町長に就任。
船尾隆広(ふなお たかひろ、1971年5月31日 - )は、… 船尾隆広(ふなお たかひろ、1971年5月31日 - )は、北海道松前郡松前町出身の元アマチュア野球選手・現アマチュア野球指導者。 函館大学付属有斗高等学校では上野美記夫の指導を受け、甲子園(夏:69回大会・春:60回大会・秋:18回大会)に出場した。1990年に新日本製鉄室蘭に入団し、1994年までプレーした。野球部休部にともない1995年にNTT北海道に転籍し、2003年までプレーした。 2004年に札幌大谷大学の部長、2012年に札幌大谷中学校のコーチ、2014年に札幌大谷高等学校の監督、2025年に札幌大学のコーチ、2026年に室蘭シャークスの監督となった。
小村 淳(こむら あつし、1970年3月17日 - )は、北… 小村 淳(こむら あつし、1970年3月17日 - )は、北海道亀田郡七飯町出身の元ラグビー選手・現ラグビー指導者。 函館有斗高では1年時にラグビーを始め、安本文康の指導を受ける。2年時に全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園)出場、高校日本代表入りし主将を務めた。 明治大では全国大学ラグビー選手権大会(大学選手権)で1年生からレギュラーで1・3・4年生で優勝、4年生で主将で明治大初の大学選手権2連覇。大学日本代表入りしU19とU23で出場。 神戸製鋼では日本ラグビーフットボール選手権大会(日本選手権)優勝4度、1996〜1998年主将、日本代表入りし4キャップ。 現役引退後は、多くのチームでヘッドコーチやフォワードコーチを務める。
盛田 幸妃(もりた こうき、1969年〈昭和44年〉11月2… 盛田 幸妃(もりた こうき、1969年〈昭和44年〉11月21日 - 2015年〈平成27年〉10月16日)は、北海道茅部郡鹿部町出身のプロ野球選手(投手)。1994年から1997年までの登録名は盛田 幸希。 鹿部クラップーズで野球を始め、鹿部中学校時代は山本鉄弥の指導を受けた。函館有斗高校在学時は上野美記夫の指導を受け、3度の甲子園出場を経験した。3年時の1987年に開催された夏(第69回選手権大会)では、1回戦で上原晃を擁する沖縄水産高校に敗退した。同年秋のプロ野球ドラフト会議で長嶋一茂のクジを外した横浜大洋ホエールズから1位指名を受け、契約金4800万円、年俸420万円(金額は推定)で入団した。
清川 浩行(きよかわ ひろゆき、1967年6月3日 - )は… 清川 浩行(きよかわ ひろゆき、1967年6月3日 - )は、北海道出身の元サッカー選手・現サッカー指導者。 函館有斗高等学校では水谷能啓の指導を受ける。高校卒業後は日本サッカーリーグに所属する日立製作所に入部。チームがJリーグに昇格するまで在籍した。その後は指導者として、長く柏レイソルの若手育成に当たった。 2010年1月13日にロアッソ熊本のヘッドコーチに就任し、2016年に監督に就任した。 2017年は19位に低迷し、6月で監督交代となった。 2018年よりザスパクサツ群馬の強化担当に就任し、2019年よりトップチームコーチに就任。 1991年のコニカカップは2試合0得点。 2017年は監督交代時点の成績。
武田 大伸(たけだ ひろのぶ、1964年3月24日 - )は… 武田 大伸(たけだ ひろのぶ、1964年3月24日 - )は、北海道函館市出身のハンドボール選手。日本ハンドボールリーグの日新製鋼に所属していた。 函館有斗高等学校時代は岩平由伸の指導を受け、選抜・選手権・国体に出場した。 高校卒業後は日本大学へ進学し、インカレに出場した。 大学卒業後は日新製鋼へ入団した。
杉谷 満(すぎや みつる、1964年3月15日 - )は、日… 杉谷 満(すぎや みつる、1964年3月15日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町 (現:北海道函館市)出身、函館大学付属有斗高等学校卒業。現役時代は協栄ボクシングジム所属。第35代・第37代・第38代日本フェザー級王者。元プロボクサーの杉谷実は兄、元プロ野球選手の杉谷拳士は次男にあたる。 兄である杉谷実も協栄ボクシングジムの元プロボクサーで日本スーパーライト級王座を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。2人の息子がおり、次男である杉谷拳士は元プロ野球選手。 1981年4月21日、高橋忠治を1回KOで沈めデビューを飾る。 その年の東日本新人王を獲得するが、全日本新人王決定戦で後の世界王者六車卓也に判定負け。
杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本… 杉谷 実(すぎや みのる、1959年7月4日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町(現:北海道函館市)出身、函館大学付属有斗高等学校卒業。現役時代は協栄ボクシングジム所属。第10代日本スーパーライト級王者。元プロボクサーの杉谷満は弟、元プロ野球選手の杉谷拳士は甥(満の次男)にあたる。 弟である杉谷満も協栄ボクシングジムの元プロボクサーで日本フェザー級王者を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。2人の甥姪がおり、甥である杉谷拳士は元プロ野球選手。
小林 敬(こばやし たかし、1957年11月22日 - )は… 小林 敬(こばやし たかし、1957年11月22日 - )は、北海道函館市出身の実業家。 函館市出身。函館有斗高等学校卒業、その後大阪府のあべの辻調理師学校を卒業後、フランス料理店に勤務。1979年、地元函館に戻り料理店「らんぷ亭」を開業。1982年、再び大阪に戻り、フランス料理店に勤務する一方、食肉卸売業者でシステムエンジニアとしてオフィスコンピュータのシステム開発に関わる。1988年、「食べて得する料理家 庵」を開業。1991年、小林事務所を設立。「新和風料理 庵」など数々の飲食店を全国に展開していた。 2005年には長崎オランダ村の跡地を使った「食」のテーマパーク「キャスビレッジ」をプロデュースし、その親会社CASジャパンの取締役に就任。
佐藤 義則(さとう よしのり、1954年9月11日 - )は… 佐藤 義則(さとう よしのり、1954年9月11日 - )は、北海道奥尻郡奥尻町出身の元プロ野球選手(投手)。コーチ・野球解説者・野球評論家。佐藤義則事務所所属。 北海道奥尻郡奥尻町出身。奥尻ブレークスで本格的に野球を始め、奥尻中学校では中学3年の時に函館地区で優勝して全道大会に出場した。卒業後、函館有斗高校に進学して上野美記夫の指導を受ける。エースとして1972年春季北海道大会決勝に進み、苫小牧工業高校の工藤敏博(法政大学)と投げ合い完封勝利で優勝。同年夏の甲子園南北海道予選も決勝に進出するが、今度は苫小牧工業高校に0-2で惜敗し甲子園出場を逸する。卒業後は日本大学に進学。当時の日本大学は低迷期にあり、東都大学野球リーグでは、1974年秋季リーグ後に二部降格(1季のみ)も経験する。
中村 耕一(なかむら こういち、1951年2月15日 - )… 中村 耕一(なかむら こういち、1951年2月15日 - )は、日本のミュージシャン、シンガーソングライター、俳優。北海道江差町出身、元JAYWALKのメンバー(ボーカル、ギター担当)。 北海道江差町出身。1969年、函館有斗高校を卒業。中学生時代にビートルズの音楽と出会い、高校1年生の時にアマチュア・バンドを結成。学校を卒業後もボーカリストとして地元でバンド活動を続ける。1980年、J-WALK(現・THE JAYWALK)結成とともに参加。1981年にデビュー。1993年、当時のヒット曲『何も言えなくて…夏』で第44回NHK紅白歌合戦に出場した。 2010年3月9日、覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕。
上野 美記夫(うえの みきお、1943年1月20日 ‐ )は… 上野 美記夫(うえの みきお、1943年1月20日 ‐ )は、北海道函館市出身の元アマチュア野球選手・元アマチュア野球指導者。 北海道函館市で育ち、函館有斗高等学校では1番打者で遊撃手を務めた。 卒業後、富士製鉄室蘭に入団すると1年間プレーした。 1963年4月に東洋大学に入学したのと同時に20歳で函館大学付属有斗高等学校の監督に就任し、1998年3月に定年を迎えるまで35年間指導した。就任10年目の1972年、第4回明治神宮野球大会で監督として初の明治神宮野球大会出場を果たした(通算5度の出場で1勝5敗)。就任11年目の1973年、第45回選抜高等学校野球大会で監督として初の選抜高等学校野球大会出場を果たした(通算6度の出場で4勝6敗)。
大澤 英雄(おおさわ ひでお、1936年1月22日 - 20… 大澤 英雄(おおさわ ひでお、1936年1月22日 - 2025年2月16日)は、北海道函館市出身の元サッカー選手。現教育者・サッカー指導者。 国士舘大学名誉教授。国士舘大学学長、学校法人国士舘理事長を歴任。 2019年旭日中綬章受章。 函館有斗高等学校では水谷能啓の指導を受ける。高校卒業後は国士舘大学体育学部に入学して国士舘大学サッカー部を創設した。国士舘大学を卒業後、同大学の職員となり、その後に同大学教授に就任。1992年4月から国士舘大学体育学部長、2002年6月から学校法人国士舘の理事を歴任し、2003年12月から2006年11月30日まで国士舘大学学長を務めた。 定年により教員(教授)を退職したが、学長退任の2006年12月1日付けで名誉教授の授与を受けるとともに学校法人国士舘の常任理事に就任した。