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熊谷 芽緯(くまがい めい、2003年11月6日 - )は、… 熊谷 芽緯(くまがい めい、2003年11月6日 - )は、女子競輪選手。日本競輪選手会青森支部所属(登録地は岩手県)、ホームバンクは紫波町営自転車競技場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第124期生。師匠は小泉俊也(77期)。 中学生の頃はソフトボールでピッチャーを務めた。岩手県立紫波総合高等学校入学後に自転車競技を始め、同校では自転車競技部に入部。在学中は同部で女子は1人だけだった。2年生だった2020年、岩手県高校総体自転車代替大会でケイリン、スクラッチ、タイムトライアル(200m・500m)を制覇し4冠を達成したほか、全日本自転車競技選手権大会女子ジュニアケイリンで3位入賞を果たす。2021年の全日本自転車競技選手権大会女子ジュニアスプリントでは3位入賞。
中野 慎詞(なかの しんじ、1999年6月8日 - )は、岩… 中野 慎詞(なかの しんじ、1999年6月8日 - )は、岩手県花巻市出身の競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会青森支部所属(登録地は岩手県)。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第121期生。師匠は佐藤友和(88期)。ホームバンクは紫波自転車競技場。 岩手県立紫波総合高等学校在学中の2017年にジャパントラックカップ、高校総体、国体で優勝を果たすなど、早くから注目される。 高校卒業後は早稲田大学スポーツ科学部に進学。大学在学中も自転車競技で実績を残し、アマチュアながら日本自転車競技連盟よりトラックレース短距離強化指定選手「A」指定選手(ポディウム)を受けた(なお、現在はワンランク下の「B」(アカデミー)指定)ほか、2020年には新田祐大率いる自転車競技ナショナルチーム「ドリームシーカー」にも加入し、来る2024年のパリオリンピックを目指すことになった。
佐藤 友和(さとう ともかず、1983年2月13日 - )は… 佐藤 友和(さとう ともかず、1983年2月13日 - )は、岩手県花巻市(旧石鳥谷町)出身の競輪選手。日本競輪学校第88期卒業。日本競輪選手会岩手県登録(青森支部所属)。師匠は佐藤幸博(63期)。練習地は紫波町営自転車競技場。既婚。 岩手県立紫波高等学校(現・岩手県立紫波総合高等学校)を卒業後、日本競輪学校に88期生として入学。同期に山崎芳仁、武田豊樹、永井清史、渡邉一成らがいるという錚々たる顔ぶれで、佐藤の在校競走成績は22位であった。 デビュー戦は2003年7月6日、千葉競輪場で迎え、初勝利も同日。デビューしてから3年後の2006年にブレーク。同年7月のサマーナイトフェスティバル(函館競輪場)決勝では、市田佳寿浩の捲り追い込みに最後は屈したとはいえ、最終バックでは先頭に立ち、2着に粘りこむ。
佐々木 一昭(ささき かずあき、1967年7月17日 - )… 佐々木 一昭(ささき かずあき、1967年7月17日 - )は、岩手県花巻市出身の元自転車競技選手、元競輪選手。日本競輪学校第67期卒業。現役時は日本競輪選手会岩手県登録(青森支部所属)。初出走は1991年4月21日の函館競輪場で初勝利は翌日の同場。 岩手県立紫波高等学校(現・岩手県立紫波総合高等学校)在学中に国体の少年ロードレースで優勝し、早稲田大学在籍時の1988年にはソウルオリンピック・団体追抜に出場し15位となる。この実績により大学卒業後は日本競輪学校に試験免除で第67期生として入学した。在校成績は50勝で4位だったが、同期に金古将人や三谷幸宏らがいた中で卒業記念レースを優勝する。 競輪選手としてデビューしてからの実績はS級に昇格して出場したGIIのふるさとダービー1回のみとなったが、自転車競技では1993年にトラックレース世界選手権のドミフォン種目に出場したり、個人でロードレースの大会に出場するなど活躍を見せていた。
猿館 貢(さるだて みつぎ、1962年12月18日 - )は… 猿館 貢(さるだて みつぎ、1962年12月18日 - )は、岩手県出身の元自転車競技選手。 岩手県立紫波高等学校(現・岩手県立紫波総合高等学校)を経て、日本大学在学時の1984年、ロサンゼルスオリンピック、団体追抜に出場し11位。 現在は大迫高校の社会科教諭を勤める傍ら、同校自転車競技部の顧問として生徒を指導している。
加藤 善行(かとう ぜんこう、1947年6月19日 - )は… 加藤 善行(かとう ぜんこう、1947年6月19日 - )は、元競輪選手。富士大学自転車競技部監督。岩手県出身。日本競輪学校第29期生。 岩手県立紫波高等学校、日本大学を卒業後、社会科の教諭を経て、1971年に第29期生として日本競輪学校に入学。同期には、デビュー戦以降21連勝を達成することになる同郷の阿部良二、トヨタ自動車のサラリーマンから転身した久保千代志、天野康博らがいた。デビュー戦は1972年4月9日の取手競輪場(1着)。 1973年には、日本のプロ自転車選手として初めて、プロロードレースの世界選手権に出場。バルセロナ同年、第20回全日本プロ選手権自転車競技大会の5km個人パーシュートにおいて初出場、日本新記録で優勝。