スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
浅井 勇暉(あさい ゆうき、2002年10月30日 - )は… 浅井 勇暉(あさい ゆうき、2002年10月30日 - )は、ジャパンラグビーリーグワンのクボタスピアーズ船橋・東京ベイに所属するラグビーユニオン選手。 2017年、中学生の時にアルペンスキーの宮城県代表としてJOCジュニアオリンピックカップに出場。 2019年、高2の時に、日本ラグビーフットボール協会「ビッグマン&ファストマンキャンプ」に参加。 2021年、慶應義塾大学に入る。2年時に東日本大学セブンズに出場した。3年時に、関東大学春季大会に出場、関東大学対抗戦と大学選手権(全国大学ラグビーフットボール選手権大会)でも出場機会を得た。4年時には、関東大学対抗戦と大学選手権の全試合において先発出場を果たした。
佐藤 隼輔(さとう しゅんすけ、2000年1月3日 - )は… 佐藤 隼輔(さとう しゅんすけ、2000年1月3日 - )は、山形県山形市生まれ、宮城県仙台市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 山形県山形市で生まれ、宮城県仙台市で育った。 仙台市立愛子小学校4年生のときに愛子スポーツ少年野球団で野球を始め、小学6年生の冬から仙台市立広瀬中学校1年生の夏まではリトルリーグの折立スパローズに所属し、全国大会での優勝を経験。その後は広瀬中学校の軟式野球部に所属し、宮城県選抜にも選ばれた。 仙台高校に進学すると、1年夏は背番号18でベンチ入りし、宮城広瀬との初戦に先発。9回10安打9奪三振3失点という内容で完投勝利を挙げた。2年秋から背番号1。
柳川 龍之介(やながわ りゅうのすけ、1991年6月11日 … 柳川 龍之介(やながわ りゅうのすけ、1991年6月11日 - )は、宮城県出身のバスケットボール選手である。ポジションはガード/フォワード。 立町サーベルモンキー(ミニバス)・仙台市立第二中学校出身。 2007年、バスケの名門・仙台市立仙台高等学校に進学する。宮城県代表として国体に出場した。 2010年、白鷗大学に進学。2011年大学2年時に関東大学バスケットボール新人戦において準優勝、優秀選手に選ばれている。2013年大学4年時のインカレではベスト6というチーム史上最高位の結果を収めた。オールジャパン2014では兵庫ストークスと対戦し19ポイントを挙げ、兵庫をあと一歩のところまで追い詰めている。
山口 祐希(やまぐち ゆうき、1986年11月25日 - )… 山口 祐希(やまぐち ゆうき、1986年11月25日 - )は、日本のバスケットボール選手である。身長165cmで、体重67kgで、ポジションはポイントガード。 東京都出身。品川区立鈴ヶ森中学校から仙台高校に進み、主将も務めた。3年生時の2004年はインターハイ、ウィンターカップでともに3回戦進出。 高校卒業後は専門学校で2年間英語を学び、アメリカのオテロ短大に進学。短大リーグではアシスト数1位のタイトルを2度獲得した。その後NCAA2部のファイファー大学(英語版)に編入。 2011年、浜松・東三河フェニックスに入団。しかしレギュラーシーズン52試合で出場時間309分に留まり、出場機会に恵まれないままシーズンを終えた。
片岡 大晴(かたおか まさはる、1985年12月24日 - … 片岡 大晴(かたおか まさはる、1985年12月24日 - )は、宮城県仙台市出身のプロバスケットボール選手である。ポジションはガード。B3リーグのさいたまブロンコスに所属している。 白鷗大学在学中の2007年に栃木ブレックスに育成選手として入団。大学卒業後、プロ契約を結ぶ。 2009年、北米サマーリーグに参戦するニッポン・トルネードに加入。 2012年、bjリーグドラフト会議で京都ハンナリーズより1巡目指名を受け入団。 2013年、レバンガ北海道へ移籍。 2015年、地元である仙台89ERSに移籍。 2017年、京都ハンナリーズに移籍(復帰)。 2019年、仙台89ERSと2年契約を結び復帰。
志村 雄彦(しむら たけひこ、1983年2月14日 - )は… 志村 雄彦(しむら たけひこ、1983年2月14日 - )は、宮城県泉市(現在の仙台市泉区)出身の元プロバスケットボール選手である。日本男子プロバスケットボールリーグB.LEAGUEの仙台89ERSなどに所属し、2017-18シーズン終了後現役を引退した。現役時代のポジションはポイントガード。160cm、65kg。現役引退後、仙台89ERSのゼネラルマネージャーに就任した後、社長に就任した。 10歳でバスケットボールを始め、仙台市立将監中学校へ進学した。高校は仙台高校に進学した。ウィンターカップ連覇、国体優勝などを経験した。大学は慶應義塾大学に進学した。4年時に関東大学リーグ、インカレで優勝し、MVPを受賞した。
宍戸 治一(ししと はるひと、1982年12月23日-)は、… 宍戸 治一(ししと はるひと、1982年12月23日-)は、宮城県大崎市出身のプロバスケットボール選手。身長173cm、体重79kg。ニックネームは「ハル」。名字は「ししど」ではなく「ししと」である。 9歳の時にバスケットボールを始める。岩出山町立岩出山中学校、仙台高校を経て明治大学を卒業。中学時代は東北大会3位、全国中学オールスター2位。仙台高2年、3年時には、主将を務めた志村雄彦(慶應義塾大‐東芝ブレイブサンダース-仙台89ERS)、佐藤濯(日本体育大‐大塚商会-レラカムイ北海道)らとともにウィンターカップ連覇を果たした。 2005年、ドラフト外で大阪エヴェッサに入団。主に、ベンチから出場し、持ち前のスピードで試合の流れを変える役割を担い、大阪のリーグ優勝に貢献。
落合 嘉郎(おちあい よしろう、1982年8月13日 - )… 落合 嘉郎(おちあい よしろう、1982年8月13日 - )は、宮城県仙台市出身のバスケットボール指導者。 2018年より仙台89ERSのアシスタントコーチに就任。2023-24シーズン終了後、同チームのヘッドコーチに就任した。2025年3月25日、成績不振のためヘッドコーチを退任。 2025年6月27日、仙台89ERSのアドバンススカウト兼アカデミー・ユースチームアドバイザー及びさいたまブロンコスのアドバイザーに就任。
佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城… 佐藤 濯(さとう たく、1982年4月28日 - )は、宮城県出身でレラカムイ北海道に所属していたバスケットボール選手である。宮城県仙台高校、日本体育大学卒業。ポジションはF。 仙台高で宍戸治一、志村雄彦らと共にウィンターカップ連覇を果たした。 その後、日本体育大学に進み、ヤングメン・ユニバーシアード日本代表に選出される。 卒業後は大塚商会を経て、2007年にレラカムイ北海道に加入。 2018年12月から2019年までレバンガ北海道のU-15チームコーチ、2019年から仙台89ERSバスケットボールスクールコーチ、2022年から仙台89ERSのU15チームヘッドコーチを務めている。
環ROY(たまきロイ、本名:タマキリョウ 1981年11月1… 環ROY(たまきロイ、本名:タマキリョウ 1981年11月13日 - )は、日本のラッパー、ビートメイカーである。 宮城県仙台市に生まれる。中学校在学中、ラジオ放送で耳にしたBUDDHA BRANDの影響を受けヒップホップ・ミュージックへ傾倒、2003年頃からラッパーとして活動を開始する。以降、主にラップを用いた音楽作品の発表を行う。その他、舞台芸術やパフォーマンスアート、映画音楽、広告音楽、絵本など、様々な形式での作品発表を行っている。
柏倉 秀徳(かしわくら ひでのり、1980年8月6日 - )… 柏倉 秀徳(かしわくら ひでのり、1980年8月6日 - )は、宮城県出身のバスケットボール指導者、選手である。ポジションはポイントガード。選手として三菱電機、レラカムイ北海道、日立サンロッカーズ、パスラボ山形ワイヴァンズで2015-16シーズンまで競技生活を送り、2016年に引退。指導者の道に移った。 1980年、宮城県に生まれる。兄の影響でバスケットボールを始め、小学校2年生の時にクラブチームに加わった。仙台高校でインターハイ・ウィンターカップに出場し、筑波大学でもインカレなどで活躍、2001年に埼玉で開催されたヤングメン世界選手権では主将を務めアシスト王に輝く。 大学卒業後、三菱電機に入社。
丹野 祐樹(たんの ゆうき、1980年7月20日 - )は、… 丹野 祐樹(たんの ゆうき、1980年7月20日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(投手)。 仙台高では第80回全国高等学校野球選手権大会に出場。エースとして登板したが1回戦で、のちに準優勝する京都成章高校に10-7で敗れた。バスケットボール選手の柏倉秀徳は高校の同期である。 1998年のドラフト会議でヤクルトスワローズに7位指名され入団。松坂世代の一人である。 4年間で1軍登板はなく、2002年に戦力外通告となった。 武器はスライダー、フォーク、シュート。 引退後はヤクルトで打撃投手を2014年まで務め、その後は球団職員としてランドリー業務を担当している。
深谷 晃祐(ふかや こうすけ、1980年〈昭和55年〉5月1… 深谷 晃祐(ふかや こうすけ、1980年〈昭和55年〉5月19日 - )は、日本の政治家。宮城県多賀城市長(2期)。元宮城県議会議員(2期)、元多賀城市議会議員(2期)。 宮城県多賀城市出身。多賀城市立山王小学校、多賀城市立第二中学校、仙台市立仙台高等学校卒業。 2007年(平成19年)4月22日に行われた多賀城市議会議員選挙に立候補し初当選した。東日本大震災を挟み、2011年(平成23年)9月に執行が延期された市議選で再選。 2015年(平成27年)、宮城県議会議員選挙の多賀城・七ケ浜選挙区(定数2)に無所属で立候補。得票数1位で初当選し、自民党現職の寺沢正志は次点で落選した。2019年(令和元年)の県議選は自民党公認で立候補し再選。
金田 詳徳(かねた よしのり、1978年7月10日 - )は… 金田 詳徳(かねた よしのり、1978年7月10日 - )は、宮城県出身のプロバスケットボール指導者である。 仙台高校では1年次より全国大会に出場し、3年次のウィンターカップではベスト4を経験。高校日本代表にも選出。 早稲田大学では2年次に関東大学2部リーグアシスト王となる。 卒業後はクラブチームのエクセレンスに加入。全日本クラブ選手権ベスト4を経験。 引退後の2005年、大塚商会アシスタントコーチに就任。翌年、ヘッドコーチに昇格。 2007年、大塚商会から継承されたプロチーム・栃木ブレックスの初代ヘッドコーチに就任。JBL2優勝、JBL昇格に導いた。 そのオフ、レラカムイ北海道アシスタントコーチに就任。
太田 敦士(おおた あつし、1978年3月20日 - )は、… 太田 敦士(おおた あつし、1978年3月20日 - )は、宮城県仙台市出身の元プロ野球選手(投手)。 小学3年の時にボーイズリーグに入り、5年生の時に全国大会で準優勝する。仙台高校では2年夏に県大会ベスト4、3年夏もやはり準決勝で優勝した仙台育英高に敗れる。2年夏のベスト4進出の際、他チームのエースが仙台育英・金村秀雄、東北高・嶋重宣、仙台工・櫻井幸博と高卒プロ入りする面々であったことから注目されると1995年ドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブに入団。同校初のプロ野球選手となった。カーブやスライダーを武器とした。 1999年に初の一軍登板を果たすも、2000年に現役引退。その後はいくつかの仕事を経て、整体を習得するためにカラダファクトリーへ入り、店長やエリアマネージャーを歴任して株式会社ファクトリージャパングループ専務取締役となる。
江花 正直(えばな まさなお、1977年6月12日 - )は… 江花 正直(えばな まさなお、1977年6月12日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するブルペン捕手。宮城県出身。 仙台市立仙台高等学校から東北福祉大学社会福祉学部を経て、2000年にヤクルトにブルペン捕手として入団した。 高校では、太田敦士(元オリックス)とバッテリーを組む。東北福祉大学時代の同期に、奈良将史(元近鉄投手)、1年下に吉見祐治らがいる。 2017年の第4回WBCでは日本代表のチームスタッフとしてヤクルトから派遣された。 名前の正直(まさなお)が「しょうじき」と読めることから、同チームマスコットキャラクターのつば九郎からは「しょうじきにぃさん」と呼ばれている。
伊藤 高史(いとう たかし、1976年11月21日 - )は… 伊藤 高史(いとう たかし、1976年11月21日 - )は、日本の俳優、タレント、劇作家。朋友(パンヤオ)メンバー。 青森県弘前市生まれ、誕生してすぐ父(後述)の出身地である大阪府に移住したのち、小学生時代から宮城県仙台市で育った。劇団ジンギスファーム、劇団東京セレソンデラックスを経て、劇団ウルトラマンション主宰。所属事務所は気風 MORADO事業部。身長184 cm。父は佐々木主浩ら多くのプロ野球選手を育てたことで知られた東北福祉大学硬式野球部元監督で、東北福祉大学総合福祉学部助教授を務めた伊藤義博。 高校時代に地元ローカルでのモデルやリポーターとして活動した後に上京、融合事務所の新人育成機関「融合FARM」のメンバーにより1998年8月に結成された劇団ジンギスファーム に参加し、2004年秋の解散まで舞台を中心に活動する。
川奈 由依(かわな ゆい、1976年6月12日 - )は、日… 川奈 由依(かわな ゆい、1976年6月12日 - )は、日本のAV女優である。 1990年代に活動した。
間橋 健生(まばし たけお、1971年〈昭和46年〉4月20… 間橋 健生(まばし たけお、1971年〈昭和46年〉4月20日 - )は、日本の元バスケットボール選手で現在は指導者。宮城県仙台市出身。役職はヘッドコーチ。B3リーグ・立川ダイス所属。 仙台市立仙台高等学校で全国大会を経験。ウインターカップでは当時行われていたダンクコンテストにも参加。[要出典] 東北学院大学でもインカレ出場を経験。[要出典] 卒業後、ボッシュブルーウィンズに入社し、選手として活躍。 引退後は母校である東北学院大学でアシスタントコーチを務める。 2005年よりbjリーグに参加する仙台89ERSの発足に当たり、アシスタントコーチに就任。 2008年はゼネラルマネージャー補佐を務め、2009年、中村彰久社長に代わりゼネラルマネージャーに就任。
CMJK(シーエムジェイケイ、1967年8月21日 - )は… CMJK(シーエムジェイケイ、1967年8月21日 - )は、日本の音楽家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、DJ。Cutemenのメンバーであり、電気グルーヴの元メンバー。本名、北川 潤(きたがわ じゅん)。 宮城県仙台市出身。テクノバンド「Cutemen」での活動を一旦終了し、若王子耳夫と高橋嵐が脱退した後の1990年に電気グルーヴに加入。電子楽器のプログラミングと作曲を担当した。 電気グルーヴ加入後に石野卓球、ピエール瀧より芸名で活動することを要求された事から、尊敬するDJ「カット・マスター・スウィフト(Cutmaster Swift)」にあやかって「カット・マスター・ジュン・キタガワ」、略してCMJKとした。
石井 茂巳(いしい しげみ、1953年7月7日 - )は日本… 石井 茂巳(いしい しげみ、1953年7月7日 - )は日本出身の元サッカー選手。 古河電工などに所属し、日本代表としても1974年のアジア競技大会など、国際Aマッチ15試合に出場した。1976年には日本サッカーリーグ新人王を受賞。 1972年古河電工株式会社の社員子弟を中心とした、古河サッカースクールが発足。古河サッカースクールを一般開放。古河電工サッカー部の下部組織としてジュニアユース、ユースと規模を拡大。Jリーグ開幕直前に市原市に移転でスクールの理念と伝統を受け継いで、F.C.ゼブラが発足し現在も横浜市西区に存続。往年の古河電工サッカー部所属選手から古河電工サッカースクールコーチに就任した者が、石井を含め現在はゼブラの役員や顧問として名を連ねている。
荒川 強啓(あらかわ きょうけい、1946年5月16日 - … 荒川 強啓(あらかわ きょうけい、1946年5月16日 - )は、日本のフリーアナウンサー、ラジオパーソナリティ。オフィス・トゥー・ワン所属。元山形放送アナウンサー。 北海道札幌市出身。仙台高等学校、東北学院大学法学部法律学科卒業。フジテレビ、地元の北海道放送(HBC)、山形放送(YBC)を受験した結果、YBCのみ合格。 大学卒業後の1969年4月、YBCにアナウンサーとして入社。1975年には、才能を持つ地方のDJを発掘する『飛び出せ!全国DJ諸君』でDJ賞を受賞。1982年に同社退社後、フリーアナウンサーへ転身、当初はフジテレビで活躍していた。 1985年に自身の番組を持つも1年で打ち切りにする上層部のやり方に腹を立て、その後はTBS(テレビ・ラジオ)で活躍するようになる。
橋本 克彦(はしもと かつひこ、1945年〈昭和20年〉11… 橋本 克彦(はしもと かつひこ、1945年〈昭和20年〉11月8日 - )は、日本のノンフィクション作家。 宮城県生まれ。仙台市立仙台高等学校卒業。日本大学芸術学部除籍。 雑誌記者を経て、1984年に『線路工手の唄が聞えた』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。1990年『日本鉄道物語』で交通図書賞受賞。
佐藤 英道 は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(… 佐藤 英道 は、日本の政治家。中道改革連合所属の衆議院議員(6期)。
草刈 裕之(くさかり ひろゆき)は、元東北放送(TBC)報道… 草刈 裕之(くさかり ひろゆき)は、元東北放送(TBC)報道制作局テレビ制作部長、元アナウンサー。宮城県仙台市出身。