スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
野口 大輔(のぐち だいすけ、1976年10月28日 - )… 野口 大輔(のぐち だいすけ、1976年10月28日 - )は、プロレス、格闘技のレフェリー。栃木県黒磯市(現・那須塩原市)出身。栃木県立黒磯高等学校卒。 主に、ファイティングオペラハッスル、総合格闘技イベントのDREAMで活躍。後者では師匠の島田裕二に代わって、メインイベントを務めることが多い。はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、NSCA認定パーソナルトレーナーの各資格を持つ。 格闘探偵団バトラーツを経て、PRIDE、やれんのか! 大晦日! 2007などで活躍。現在はフィットネスジムBCG所属。
渋井 哲也(しぶい てつや、1969年10月17日 - )は… 渋井 哲也(しぶい てつや、1969年10月17日 - )は、日本のライター、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。栃木県那須郡出身。まくびー所属。 栃木県立黒磯高等学校を経て、東洋大学法学部を卒業。長野日報社の記者を経て、東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程を修了。修士論文のテーマは「インターネット(オンライン)における、子どもと若者のコミュニケーションと居場所に関する検討」。 ネットコミュニケーションを研究対象としているが、インターネットやサブカルチャーへの安易な批判に対しては懐疑的である。 「オーマイニュース」では記事執筆と、日替わりでの編集部デスクを務めた。2010年12月より、「渋井哲也オンラインマガジン 「悩み、もがき。
末広 栄二(すえひろ えいじ、1961年12月24日 - )… 末広 栄二(すえひろ えいじ、1961年12月24日 - )は、ソーシャルメディア・コンサルタント。栃木県那須郡那須町湯本出身。栃木県立黒磯高等学校卒。 栃木県立黒磯高等学校卒業後、アメリカに2年間滞在し、通訳、広告代理店勤務、起業、レックス・ホールディングス、シャトレーゼを経て加ト吉に入社。加ト吉の事業統合に向けたブランディング・新社名策定を担当。コーポレートコミュニケーション部の部長を務める傍ら、twitterを駆使した広報活動で注目を集める。商品についてつぶやいたtwitterユーザーに対して気さくで駄洒落のきいたやりとりから生まれた言葉が、処女作「ツイッター部長のおそれいりこだし」のタイトルにも採用された。
高久 勝(たかく まさる、1955年10月1日 - )は、日… 高久 勝(たかく まさる、1955年10月1日 - )は、日本の政治家。栃木県那須郡那須町長(2期)。栃木県町村会副会長。那須未来株式会社代表。 那須町議会議員 (2003年 - 2010年)を務めた。 1974年(昭和49年)3月、栃木県立黒磯高等学校を卒業。卒業後、家業である農業に就農。 2003年(平成15年)8月31日、那須町議会議員補欠選挙に出馬し初当選。 2007年(平成19年)2月18日、那須町議会議員選挙に出馬し2選。 2009年(平成21年)11月26日、那須町長選への立候補を表明。2010年(平成22年)2月10日、那須町議会議員を辞任。同年3月28日、那須町長選挙に出馬し初当選。
君島 寛(きみじま ひろし、1948年(昭和23年)7月8日… 君島 寛(きみじま ひろし、1948年(昭和23年)7月8日 - 2019年(平成31年)3月9日)は、日本の政治家。栃木県那須塩原市長(1期)。 栃木県黒磯市(現・那須塩原市)出身。栃木県立黒磯高等学校を経て日本大学法学部政治経済学科に進む。ホテルのコックとして既に内定を得ていたが、父親から「明日は市職員の採用試験だ。帰ってこい」と言われ、方向転換を余儀なくされる。1971年(昭和46年)4月、黒磯市役所に入庁。 2003年(平成15年)4月から2004年(平成16年)12月まで黒磯市・西那須野町・塩原町合併協議会事務局長を務める。2005年(平成17年)1月1日、黒磯市は西那須野町、塩原町との新設合併を行い、那須塩原市が発足。
とっこねぇ(本名:井上 時子(いのうえ ときこ)、1944年… とっこねぇ(本名:井上 時子(いのうえ ときこ)、1944年6月5日 - )は、日本の女性ピン芸人。所属事務所は山中企画。血液型はO型。栃木県那須塩原市出身。 特技は栃木弁丸出しのしゃべりである。公式ブログも栃木弁で更新されている。 鉄道弘済会に勤務ののち、23歳で離婚。 2005年、矢板のぞみ(旧名・井上のぞみ)とお笑いコンビ「時子とのぞみ」を結成。ツッコミを担当していた。 結成直後からライブを中心に活動。テレビには『エンタの神様』に一度だけ出演した。 2007年、相方である矢板がお笑い学校を退団したため、コンビは解散。 その後は「とっこねぇ」と改名し、ピン芸人として活動している。
阿久津 憲二(あくつ けんじ、1943年(昭和18年)3月1… 阿久津 憲二(あくつ けんじ、1943年(昭和18年)3月12日 - )は、日本の政治家。 栃木県那須塩原市長(1期)、栃木県議会議長(第94代)、栃木県議会議員(6期)、黒磯市議会議員(2期)を務めた。 栃木県出身。栃木県立黒磯高等学校卒業。黒磯市議会議員を2期務めた後、1991年の栃木県議会議員選挙に黒磯市選挙区(定数1)から出馬し、当選。以後、2012年1月まで県議を6期21年間務める(2007年の県議選以降は那須塩原市・那須町選挙区(定数4)から出馬)。2006年3月から第94代栃木県議会議長(~2007年4月)、2008年3月から栃木県議会会派の自由民主党議員会の会長を務めた(2010年6月に自由民主党離党(後述)に伴い退任)。
森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の… 森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト。 日本文藝家協会理事(2012年より)。日本ペンクラブ会員。 代表作は架空戦記『燃える波濤』(徳間書店)。 東京府生まれ。栃木県立黒磯高等学校、東京外国語大学イタリア語学科を卒業後、「週刊読書人」の記者を経て、フリージャーナリストとして独立。 1971年、『黒い龍』で作家デビュー。以後、世界をまたにかけたスパイ小説、軍事情報小説で人気を博す。 1983年には、日本冒険作家クラブの創設を提唱して実現。1985年には『雨はいつまで降り続く』で第93回直木三十五賞候補となった。その後、警察小説、青春小説、架空戦記などジャンルの幅を広げて活躍。
郡司 洋(ぐんじ ひろし 1935年11月10日〜2007年… 郡司 洋(ぐんじ ひろし 1935年11月10日〜2007年10月14日 享年71)は日本のプロゴルファー。栃木県那須湯本出身。栃木県立黒磯高校卒業。身長164cm、血液型A型。 学生時代、名門那須ゴルフクラブにてアルバイトキャディをしていた頃、台湾の陳清水プロの引き玉(バックスピン)を目の当たりにして驚愕し、ゴルフのプロになる事を決意する。当時、千葉カントリークラブの建設に携わっていた清水建設の清水陽之助に声を掛けられ上京。24歳でプロテストに合格し、千葉カントリークラブ創設以来50年に渡り所属ヘッドプロとして活躍。 現役のトーナメントプロでありながら多数のプロゴルファーを育てた事でも有名。弟子の中では、横島由一(13勝)、1999年賞金女王となった村口史子(7勝)、全米オープン出場の増田伸洋(2勝)、他十数名。
渡辺 俶(わたなべ あつし、1899年7月23日 - 197… 渡辺 俶(わたなべ あつし、1899年7月23日 - 1974年5月7日)は、日本の政治家、医師。栃木県黒磯町長を務めた。 福島県に生まれる。父は明治期から黒磯で医院を開業していた。1924年(大正13年)、東京帝国大学医学部を卒業し同附属病院に就職。1925年(大正14年)、黒磯に戻り実家の医院で医業に従事した。 1925年から1954年(昭和29年)まで町医を、1925年から1965年(昭和40年)まで栃木県立黒磯高等学校(町立実践女学校)の校医を務めた。また、1941年(昭和16年)から1947年(昭和22年)まで方面委員を務めており、医師としてばかりでなく地域住民の相談相手としても信頼された。