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斎藤 嘉彦(さいとう よしひこ、1972年2月12日 - )… 斎藤 嘉彦(さいとう よしひこ、1972年2月12日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は400mハードル。 富岡高校時代に名将佐藤敏明(高崎商業高校OB)の勧めで陸上競技部に入部、才能を開花させた。日本人として初めて48秒台の記録を出して、苅部俊二・山崎一彦らとともに日本の400mハードルを世界レベルに押し上げた。1992年、バルセロナオリンピックに出場。その後長く低迷しアトランタオリンピック出場を逃した。 1998年、郷里の群馬綜合ガードシステムに入社。復調し48秒64の自己新記録で日本選手権優勝。2000年、シドニーオリンピック出場を目指したが、若手の為末大らの台頭もあり、あと一歩で出場を逃し選手生活を引退、その後、群馬県高崎市にある東京農業大学第二高等学校教諭として後進の指導にあたっている。
阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )… 阪本 孝男(さかもと たかお、1958年12月19日 - )は、1970年代から1980年代の日本の元陸上競技選手で、陸上競技指導者、陸上競技解説者。現役時代の専門種目は走高跳で、元日本記録保持者。1984年ロサンゼルスオリンピック日本代表。群馬県出身。 群馬県立富岡高等学校から筑波大学に進む。1977年10月の日本学生陸上競技対校選手権大会で、2メートル21の日本タイ記録を達成した。1978年、日本陸上競技選手権大会に初めて優勝し、代表として出場したアジア競技大会(バンコク)でも優勝する。1979年4月の静岡リレーカーニバルで2メートル25の日本新記録を樹立した。1980年モスクワオリンピック代表に選ばれたが、日本が不参加のため出場できなかった。
岩井 寿史(いわい ひさし、1955年 - 2020年10月… 岩井 寿史(いわい ひさし、1955年 - 2020年10月13日)は、日本の陸上競技選手である。専門は十種競技。群馬県出身。1970年代後半から1980年代前半にかけて活躍し、アジアの鉄人と呼ばれた。 群馬県立富岡高等学校、順天堂大学を卒業。1977年、日本選手権で7207点をマークして優勝。1978年(昭和53年)、日本選手権を7184点で制し、アジア大会代表に選出。タイ・バンコクで開催された第8回アジア大会陸上競技男子十種競技に日本代表として出場し、当時の世界でトップレベルだった中国、インドの選手を退け、7003点をマークし、優勝した。 2020年10月13日に逝去。 棒高跳の競技中に右足かかとを骨折し、まともに競技ができる状態ではなかったが、痛み止めの注射を打ち、精神力で残りの競技を行った。