スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼… 冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼玉県さいたま市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。兄は千葉ロッテマリーンズの冨士隼斗。 小学校1年生のときに『大宮パワーズ』で野球を始め、さいたま市立三橋中学校では軟式野球部に所属。3年時は『埼玉西武ライオンズジュニアユース』に選出された。 大宮東高校へ進学し、入学当初の最速は120km/hであったが、兄・隼斗(当時平成国際大学でプレー)が実家に帰ってきた際に、大和は自身の投球映像を見せて助言を求めると、「胸のしなりを使えていない」と教わった。隼斗は大学で故障を経験し、身体の使い方や練習法について勉強しており、大和は胸郭のトレーニングに励むと、球速が上昇。
野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼… 野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼玉県越谷市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手、右投左打)、野球指導者。 現役時代には、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の富山サンダーバーズ→富山GRNサンダーバーズとNPBの阪神タイガースに所属。富山時代には、「富山のおかわり君」と呼ばれていた。 2016年の現役引退後は、2017年から2020年まで社会人クラブチームのOBC高島、2021年から2022年まで阪神タイガース Women(阪神タイガースが運営する女子硬式野球クラブチーム)の監督を務めた。 大宮東高校から国士舘大学に進学。4年時は主将。大学時代には股関節を故障しNPBのドラフトにはかからなかったが、プロ入りの夢を追い求めて2007年に創設された北信越ベースボール・チャレンジ・リーグの富山サンダーバーズに入団。
矢口 哲朗(やぐち てつお、1981年2月18日 - )は、… 矢口 哲朗(やぐち てつお、1981年2月18日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(投手)。 大宮東高(同級生高地系治と現在も親友)では1年上の投手に酒井泰志がいた。3年夏は東埼玉大会準決勝で優勝した埼玉栄に敗れた。1998年にドラフト6位で中日ドラゴンズに入団。 1年目は体力づくりに励み、2年目に二軍で10勝を挙げウエスタン・リーグ制覇に貢献しファーム日本選手権で先発勝利した。一軍初登板も経験し、将来の先発の柱として期待された。二軍でのエース級の活躍、川上憲伸のような力強いフォームや容姿端麗であることから、人気が高かった。 だが、一軍では登板機会を与えられず結果を残すことができなかった。
酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、… 酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。 大宮東高では2年夏の県大会準優勝も控え。専修大学に進学。2年春までの3季は1部で、東都大学1部リーグ通算16試合に登板、4勝6敗、防御率3.07、40奪三振を記録。4年時はエースで主将を務めて春秋優勝、秋は最優秀投手となり入替戦も初戦は完封勝利するがチームは2連敗。2部では通算20勝。1年下に江草仁貴がいた。卒業後は、いすゞ自動車に入社。 2002年には、いすゞ自動車入社1年目に第73回都市対抗野球大会で優勝に貢献し、若獅子賞を獲得。いすゞ自動車は同年限りでの活動休止が決まっており、この年のオフにドラフト7巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。
吉野 誠(よしの まこと、1977年11月19日 - )は、… 吉野 誠(よしの まこと、1977年11月19日 - )は、埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 2014年からは阪神タイガースのスカウトを務めている。 埼玉県さいたま市見沼区出身。大宮東高では投手の2本柱として2年秋の県大会優勝で関東大会では準々決勝で先発したが途中降板してコールド負け。3年夏の埼玉大会では準決勝で延長10回完投勝利で決勝は登板せずに惜敗で準優勝。高校卒業後は日本大学に進学。東都大学リーグでは2年秋にエースとして2部リーグで2試合さらには3試合連続先発などの活躍で優勝すると入替戦では東洋大を相手に先発3連投して勝利、1部リーグ昇格に貢献して2部リーグMVP、最優秀投手。
平尾 博嗣(ひらお ひろし、本名:平尾 博司(読み同じ)、1… 平尾 博嗣(ひらお ひろし、本名:平尾 博司(読み同じ)、1975年12月31日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市緑区)出身の元プロ野球選手(内野手)、元コーチ。右投右打。プロ入団時から2001年までと、コーチ時代は本名を登録名にしていた。 埼玉県立大宮東高等学校時代は通算68本塁打を放った。2年夏の県大会では1試合3本塁打の県内タイ記録、2年秋は県大会優勝で関東大会は準々決勝で市立船橋高の小笠原孝に完投負け。1993年春の第65回選抜高等学校野球大会ではトップバッターに起用され、初戦で先頭打者本塁打を放ちチームに勢いをつけ、またセンス溢れる走塁でチームの準優勝に貢献した。さらに春の県大会も制すると、関東大会では準決勝で矢野英司(横浜高)が9回まで無失点を続けるなかでサヨナラ本塁打を放ち、決勝戦でも本塁打を記録して優勝。
北川 博敏(きたがわ ひろとし、1972年5月27日 - )… 北川 博敏(きたがわ ひろとし、1972年5月27日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(内野手、捕手)、コーチ。 現役時代には、阪神タイガース、大阪近鉄バファローズ、オリックス・バファローズでプレー。大阪近鉄時代の2001年、パ・リーグ公式戦対オリックス・ブルーウェーブ戦にて代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放ったことで知られる。 2012年に現役を引退してからは、オリックスで一軍・二軍打撃コーチや事業本部企画事業部プロジェクトマネジャー(PM)を務めた。2017年から2019年まで東京ヤクルトスワローズの二軍打撃コーチを担当した後に、2020年から打撃コーチとして阪神に復帰。 出生から小学6年生の時まで伊丹市内で過ごした後に、中学1年生から埼玉県志木市へ転居。
荒川 哲男(あらかわ てつお、1968年4月27日 - )は… 荒川 哲男(あらかわ てつお、1968年4月27日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 大宮東高では、高校通算本塁打42本を記録する。明大への進学が濃厚といわれていたが、1986年のプロ野球ドラフト会議で明大OB・星野仙一監督が就任した中日ドラゴンズから4位指名を受け入団する。高校同期の芹澤裕二もドラフト外で入団している。尚、翌年も上原晃が同様に明大進学と言われながら指名、入団し、2年後には大宮東の後輩でスラッガーとして注目されながら進学濃厚とされた山口幸司も中日入りしている。 プロ1年目の1987年は、入団直後に山崎武司とともにロサンゼルス・ドジャース傘下のガルフ・コーストリーグのチームへ野球留学をした。
芹澤 裕二(せりざわ ゆうじ、1968年4月12日 - )は… 芹澤 裕二(せりざわ ゆうじ、1968年4月12日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(捕手)、コーチ。 川越市立芳野中学校卒業後の1984年に大宮東高校へ進学し、捕手として攻守に活躍。高校通算本塁打15本を記録し、1986年オフにドラフト外で中日ドラゴンズへ入団。高校のチームメイトでスラッガーとして期待された荒川哲男と同期入団となったほか、同じ高卒捕手の山﨑武司・長谷部裕もいた。一軍出場が無いまま、晩年は主にブルペンを担当して1996年限りで現役を引退。 引退後は中日で二軍バッテリーコーチ(1997年)→一軍バッテリーコーチ(1998年 - 2003年)→ブルペン捕手(2004年)を歴任し、コーチ時代は星野仙一・山田久志ら2人の監督に仕え、1999年のリーグ優勝に貢献。
福島 明弘(ふくしま あきひろ、1967年9月20日 - )… 福島 明弘(ふくしま あきひろ、1967年9月20日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。現在は福嶋 明弘(読み同じ)名義で千葉ロッテマリーンズで打撃投手を務めている。 大宮東高では水沢正浩との2本柱、1985年のドラフト3位指名を受け、近鉄バファローズに入団。1989年はルーキーリーグ・ソルトレイクシティ・トラッパーズに野球留学した。 一軍出場のないまま、1993年に現役引退。千葉ロッテマリーンズの打撃投手に転身した。 1998年、名字を福嶋に改姓した。 2020年9月8日、本拠地での対北海道日本ハムファイターズ13回戦において、香月一也とのトレードで入団したばかりの澤村拓一が、移籍後初登板にユニフォームが間に合わなかったため、福嶋のユニフォームを借りてマウンドに上がった。
水沢 正浩(みずさわ まさひろ、1967年5月6日 - )は… 水沢 正浩(みずさわ まさひろ、1967年5月6日 - )は、埼玉県上尾市出身の元プロ野球選手(投手)。 上尾市立原市中学校では県大会準優勝、大宮東高では、エースとして2年春に県大会優勝して夏は県大会ベスト4。同期の投手に福島明弘、1学年下に荒川哲男、芹沢裕二がいた。 1985年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから5位指名され入団。 プロ2年目の1987年に一軍初登板するが、一軍での登板はこの1試合だけに留まり1991年限りで現役を引退した。