スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼… 冨士 大和(ふじ やまと、2006年8月26日 - )は、埼玉県さいたま市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。兄は千葉ロッテマリーンズの冨士隼斗。 小学校1年生のときに『大宮パワーズ』で野球を始め、さいたま市立三橋中学校では軟式野球部に所属。3年時は『埼玉西武ライオンズジュニアユース』に選出された。 大宮東高校へ進学し、入学当初の最速は120km/hであったが、兄・隼斗(当時平成国際大学でプレー)が実家に帰ってきた際に、大和は自身の投球映像を見せて助言を求めると、「胸のしなりを使えていない」と教わった。隼斗は大学で故障を経験し、身体の使い方や練習法について勉強しており、大和は胸郭のトレーニングに励むと、球速が上昇。
稲垣 柊(いながき しゅう、2000年1月29日 - )は、… 稲垣 柊(いながき しゅう、2000年1月29日 - )は、日本のキックボクサー。K-1ジム大宮チームレオン所属。2023年にKrushスーパー・ライト級王座を獲得。埼玉県さいたま市出身。 幼少期から兄である稲垣澪とともに極真空手を学び、新空手の大会に出場。小学生のころにムエタイに転向し、M-1ムエタイチャレンジのチャンピオンとなる。中学・高校ではバレーボールで全国大会に出場。高校卒業後に格闘技に復帰し、K-1アマチュア大会で優勝。2019年4月に放送された『格闘代理戦争 4thシーズン』(AbemaTV「格闘チャンネル」)で芦澤竜誠率いる「芦澤一家」の選手として出場した。 2019年9月にK-1が開催した『KHAOS.9』でキックボクサーとしてプロデビューし、山下和希にKO勝利。
髙畑 祐紀子(たかはた ゆきこ、1998年3月18日 - )… 髙畑 祐紀子(たかはた ゆきこ、1998年3月18日 - )は、北海道北広島市出身のバドミントン選手。159cm、右利き。ヨネックス所属。 北広島市立東部中学校、埼玉県立大宮東高等学校の出身。ペルーのリマで開催された2015年世界ジュニア選手権で代表チーム入り。ヨネックスでは櫻本絢子と組み大阪国際で準優勝、スペイン国際トーナメントで初のシニア国際タイトルを獲得した。 2021年11月、髙畑祐紀子は現役引退を発表した。
桑原 成吾(くわばら せいご、1993年10月4日 - )は… 桑原 成吾(くわばら せいご、1993年10月4日 - )は、日本の俳優である。
佐藤 佑哉(さとう ゆうや、1992年8月12日 - )は、… 佐藤 佑哉(さとう ゆうや、1992年8月12日 - )は、日本の俳優。東京都練馬区出身。
ウエスP(Wes-P、ウエスピー、1987年〈昭和62年〉1… ウエスP(Wes-P、ウエスピー、1987年〈昭和62年〉11月15日 - )は、日本のお笑い芸人(ピン芸人)。吉本興業所属。本名は植草 和久(うえくさ かずひさ)。埼玉県上尾市出身。海外での認知度が高く、TikTokのフォロワー数は1000万を超え、そのうち海外からのフォロワーが9割を占めている。 埼玉県立大宮東高等学校卒業。高校の1年先輩に澤部佑(ハライチ)がいる。NSC東京12期生。同期は渡辺直美、ジャングルポケット、ジェラードンなど。2006年デビュー。 2012年11月5日放送の『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)の企画「めざせ1DAYレギュラー ウルトラソウル芸人選手権」にて初の5人抜きを達成する。
シャイニー薊(しゃいにーあざみ、1987年6月1日 - )は… シャイニー薊(しゃいにーあざみ、1987年6月1日 - )は、日本のフィジーカー、YouTuber、元料理人 。 本名は薊 優希(あざみ ゆうき)。服部栄養専門学校卒業。調理師免許所持。
河原 和寿(かわはら かずひさ、1987年1月29日 - )… 河原 和寿(かわはら かずひさ、1987年1月29日 - )は、埼玉県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW・攻撃的MF。 大宮東高校時代からU-16、U-17、U-18、U-19の各世代で日本代表に選出された実績を持ち、ユース年代から将来を嘱望されていた。 高校卒業後、J1・アルビレックス新潟に入団。2006年のJ1リーグ戦第7節ヴァンフォーレ甲府戦でリーグ戦初出場及び初ゴールを記録した。2007年、FIFA U-20ワールドカップに選出され、レギュラーとして活躍。得点は挙げられなかったものの、日本代表のベスト16進出に貢献した。 2009年、新潟からJ2に新規参入したばかりの栃木SCに期限付き移籍。
武田 毅(たけだ つよし、1987年1月22日 - )は、日… 武田 毅(たけだ つよし、1987年1月22日 - )は、日本の3000m障害選手。大宮東高、順天堂大学を卒業し、スズキとスズキ浜松ACに所属した。 2010年と2011年の日本選手権で優勝し、2013年のアジア選手権で3位となり銅メダルを獲得した。 箱根駅伝では2008年の第84回と2009年の第85回の4区を走った。
澤部 佑(さわべ ゆう、1986年〈昭和61年〉5月19日 … 澤部 佑(さわべ ゆう、1986年〈昭和61年〉5月19日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、司会者。お笑いコンビハライチのツッコミ担当。相方は岩井勇気。 埼玉県上尾市出身。ワタナベエンターテインメント所属。 2006年4月、岩井とハライチを結成。 2012年7月、総合ファッションECサイト「magaseek(マガシーク)」のセール期間中の専属メンズモデルに起用された。10月にはフジテレビ『笑っていいとも!』の火曜レギュラーに抜擢され、2014年3月の番組終了まで出演した。 2013年10月11日より朝日放送で放送されている『探偵!ナイトスクープ』の探偵に抜擢された。12月3日、『笑っていいとも!』にて交際していた一般人女性と婚姻届を提出したことを報告。
藤本 雄基(ふじもと ゆうき、1986年5月5日 - )は、… 藤本 雄基(ふじもと ゆうき、1986年5月5日 - )は、埼玉県出身のサッカー指導者、元サッカー選手、現役時代のポジションは、MF。 2016年に現役引退、同年10月から中国・広州富力足球倶楽部ユースアカデミーコーチに就任。2020年からアルビレックス新潟シンガポールのトップチームヘッドコーチに就任。2022年、ホウガン・ユナイテッド FCのトップチームヘッドコーチに就任 2024年、シンガポールのNational Development Centre(NDC)で、13~16歳を対象としたエリートユースの育成機関でユースコーチに就任。 また、2021年のSPLシーズン終了から2023年まで、シンガポール代表の活動に通訳兼コーチとして参加していた。
野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼… 野原 祐也(のはら ゆうや、1985年1月7日 - )は、埼玉県越谷市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手、右投左打)、野球指導者。 現役時代には、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)の富山サンダーバーズ→富山GRNサンダーバーズとNPBの阪神タイガースに所属。富山時代には、「富山のおかわり君」と呼ばれていた。 2016年の現役引退後は、2017年から2020年まで社会人クラブチームのOBC高島、2021年から2022年まで阪神タイガース Women(阪神タイガースが運営する女子硬式野球クラブチーム)の監督を務めた。 大宮東高校から国士舘大学に進学。4年時は主将。大学時代には股関節を故障しNPBのドラフトにはかからなかったが、プロ入りの夢を追い求めて2007年に創設された北信越ベースボール・チャレンジ・リーグの富山サンダーバーズに入団。
加藤 順大(かとう のぶひろ、1984年12月11日 - )… 加藤 順大(かとう のぶひろ、1984年12月11日 - )は、埼玉県上尾市出身の元サッカー選手・プロフットゴルファー・サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)。 西上尾イレブンから大宮FCまでは前半はGK後半はFWの二刀流プレイヤーとして出場していた。2003年に浦和ユースからトップチームに昇格を果たす。2006年5月21日に埼玉スタジアム2002で行われたナビスコカップのグループリーグ第6節、横浜FM戦で公式戦デビューを果たした。2010年には、ナビスコカップの予選リーグ全6試合で先発フル出場を果たした。 長年に渡り都築龍太と山岸範宏の控えだったが、2011年6月11日にNACK5スタジアムで行われたJ1第14節、大宮とのさいたまダービーでトップ昇格9年目にして初のリーグ戦先発フル出場を果たした。
鈴木 伸貴(すずき のぶたか、1983年9月12日 - )は… 鈴木 伸貴(すずき のぶたか、1983年9月12日 - )は、埼玉県上尾市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(左サイドバック)。 大宮東高校卒業後に単身ドイツへ渡り、2002年7月にドイツ3部の1.FCザールブリュッケンと契約する。同クラブで3シーズンを過ごし、2005年にドイツ3部のSVアイントラハト・トリーアへ移籍。トリーアではコンスタントに試合に出場していたが、2006年12月にJ2の湘南ベルマーレが獲得を発表し、日本へ帰国。 2011年よりガイナーレ鳥取に移籍。しかし、度重なる右肩の怪我が原因による長期離脱 もあって出場機会に恵まれず、2012年シーズン終了後に契約非更新で鳥取を退団。
金澤 慎(かなざわ しん、1983年9月9日 - )は、埼玉… 金澤 慎(かなざわ しん、1983年9月9日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはMF(センターハーフ)。
関根 永悟(せきね えいご、1981年9月11日 - )は、… 関根 永悟(せきね えいご、1981年9月11日 - )は、埼玉県川越市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(DF)。 大宮東高校卒業後、ホンダルミノッソ狭山FCに入団。本田技研工業狭山工場で製造の仕事をしながらサッカーを続けていたが、2005年に愛媛FCへ移籍、10シーズンにわたって愛媛でプレーした。引退後はカフェ店の店長を務めていた。 2017年1月、愛媛FCのスクールコーチに就任。
池田 麻美(いけだ あさみ、1981年5月1日 - )は、埼… 池田 麻美(いけだ あさみ、1981年5月1日 - )は、埼玉県出身の元女子バスケットボール選手である。トヨタ自動車アンテロープスに所属していた。ポジションはセンターフォワード。ニックネームは「キラ」。 大宮東高校卒業後、2000年にトヨタ自動車に入社した。 2006年競技大会の日本代表に選出されたが、けがのため欠場。 2007年アジア選手権の日本代表に選出された。 2007年から2009年までトヨタ自動車アンテロープスの副将を、2009年から10年は主将を務めた。 2014年オフに引退を発表した。
矢口 哲朗(やぐち てつお、1981年2月18日 - )は、… 矢口 哲朗(やぐち てつお、1981年2月18日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(投手)。 大宮東高(同級生高地系治と現在も親友)では1年上の投手に酒井泰志がいた。3年夏は東埼玉大会準決勝で優勝した埼玉栄に敗れた。1998年にドラフト6位で中日ドラゴンズに入団。 1年目は体力づくりに励み、2年目に二軍で10勝を挙げウエスタン・リーグ制覇に貢献しファーム日本選手権で先発勝利した。一軍初登板も経験し、将来の先発の柱として期待された。二軍でのエース級の活躍、川上憲伸のような力強いフォームや容姿端麗であることから、人気が高かった。 だが、一軍では登板機会を与えられず結果を残すことができなかった。
髙地 系治(たかち けいじ、1980年4月23日 - )は、… 髙地 系治(たかち けいじ、1980年4月23日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。 高校卒業後、ブラジルの複数チームを転々とし、2001年に東京ヴェルディ1969に入団。しかし、シーズン途中に沖縄かりゆしFC、FC琉球と社会人チームを渡り歩く。 2005年4月、FC琉球からJ2サガン鳥栖に完全移籍。松本育夫監督(当時)に見出され、主力選手として活躍。後任監督の岸野靖之からも、複数ポジションをこなせるユーティリティープレイヤーとして重用され、5年間の鳥栖時代にJ2リーグ戦188試合出場を記録している。 2010年に岸野が監督に就任した横浜FCに移籍。
本間 和生(ほんま かずお、1980年3月17日 - )は、… 本間 和生(ほんま かずお、1980年3月17日 - )は、日本のプロサッカー選手。 ポジションはフォワード・ミッドフィールダー(左サイドハーフ)。神奈川県横浜市出身。 幼少時代を神奈川県横浜市で過ごした後、小学5年生の時に埼玉県へ移住。大宮東高校を卒業後は1年近くクラブに所属せずアルバイト生活を送っていたが、高校時代の先輩が声を掛けてくれたことにより、越谷FCへ加入。 同クラブで1年間プレーした後、リエゾン草津(現・ザスパクサツ群馬)に移籍し、22歳で渡欧。 2002年、セルビア1部リーグ(セルビア・モンテネグロ2部)のFKマチュヴァ・シャバツに移籍。セルビアで2年半プレーした後、2004年にハンガリーのクラブに移籍。
酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、… 酒井 泰志(さかい やすし、1979年4月25日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。 大宮東高では2年夏の県大会準優勝も控え。専修大学に進学。2年春までの3季は1部で、東都大学1部リーグ通算16試合に登板、4勝6敗、防御率3.07、40奪三振を記録。4年時はエースで主将を務めて春秋優勝、秋は最優秀投手となり入替戦も初戦は完封勝利するがチームは2連敗。2部では通算20勝。1年下に江草仁貴がいた。卒業後は、いすゞ自動車に入社。 2002年には、いすゞ自動車入社1年目に第73回都市対抗野球大会で優勝に貢献し、若獅子賞を獲得。いすゞ自動車は同年限りでの活動休止が決まっており、この年のオフにドラフト7巡目で千葉ロッテマリーンズに入団。
五代目 柳家 小志ん(ごだいめ やなぎや こしん、1978年… 五代目 柳家 小志ん(ごだいめ やなぎや こしん、1978年3月14日 - )は、埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)出身の落語家。 埼玉県岩槻市(現さいたま市)出身。現在は東京都江東区在住。埼玉県立大宮東高等学校卒業後、福祉施設にて8年間勤務。在勤中に東京福祉大学通信教育学部社会福祉学科に入学・卒業。 2004年に柳家さん喬に入門し、翌年1月21日、前座名「柳家小きち」として前座になる。 2008年3月1日、二ツ目昇進し「柳家喬の字」と改名。 2019年9月21日、柳家わさび、古今亭ぎん志、柳家権之助と共にを共に真打昇進し、同時に「五代目柳家小志ん」を襲名。 故郷岩槻では、「岩槻ねぎわい親善大使」や「岩槻人形大使」を務める。
柳家 喬の字(やなぎや きょうのじ、1978年3月14日 -… 柳家 喬の字(やなぎや きょうのじ、1978年3月14日 - )は、埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)出身の落語家。落語協会所属、現在二つ目。
吉野 誠(よしの まこと、1977年11月19日 - )は、… 吉野 誠(よしの まこと、1977年11月19日 - )は、埼玉県大宮市(現:さいたま市見沼区)出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 2014年からは阪神タイガースのスカウトを務めている。 埼玉県さいたま市見沼区出身。大宮東高では投手の2本柱として2年秋の県大会優勝で関東大会では準々決勝で先発したが途中降板してコールド負け。3年夏の埼玉大会では準決勝で延長10回完投勝利で決勝は登板せずに惜敗で準優勝。高校卒業後は日本大学に進学。東都大学リーグでは2年秋にエースとして2部リーグで2試合さらには3試合連続先発などの活躍で優勝すると入替戦では東洋大を相手に先発3連投して勝利、1部リーグ昇格に貢献して2部リーグMVP、最優秀投手。
佐藤 悠介(さとう ゆうすけ、1977年11月2日 - )は… 佐藤 悠介(さとう ゆうすけ、1977年11月2日 - )は、埼玉県北本市出身の元サッカー選手。ポジションはMF。サッカー解説者、株式会社スポーツキングダム代表取締役。 1996年に当時Jリーグに在籍していたドラガン・ストイコビッチに憧れ名古屋グランパスエイトに入団。だが、本人曰く「生意気」な性格が首脳陣との軋轢を生み名古屋を2年で退団。その後も移籍してはトラブルを繰り返し、各クラブを転々としていた。 2001年に4クラブ目となるモンテディオ山形へ移籍。ここで当時監督だった柱谷幸一にその素質を評価され、主力として起用されるようになる。この頃になると「生意気」な性格も徐々に影を潜めるようになった。
榎本 潤(えのもと じゅん、1977年5月13日 - )は、… 榎本 潤(えのもと じゅん、1977年5月13日 - )は、埼玉県出身の元サッカー選手。現役時のポジションはフォワード(FW)。 高校時代は大宮東高校でプレー。2年生時に全国高校選手権に出場。1996年、獨協大学に進学し体育会サッカー部に所属。 1999年6月、大学在学のままJリーグ・FC東京へ加入。同年8月15日のJ2・第21節モンテディオ山形戦でループシュートによるVゴールでの決勝点を挙げた。2000年、J1・1stステージ第10節清水エスパルス戦で攻守ともに活躍できなかったことから評価を落とし、同年の公式戦出場はこの1試合に留まった。翌2001年は腰痛によるリハビリが続き、この年限りで契約非更新となり退団した。
大森 征之(おおもり まさゆき、1976年11月9日 - )… 大森 征之(おおもり まさゆき、1976年11月9日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の元サッカー選手、実業家。現役時代のポジションはMF(特にサイドやボランチ)およびDF(サイドバック、やストッパーなど)。 1995年、埼玉県立大宮東高等学校からサンフレッチェ広島に入団。出場機会がないまま1996年に当時JFL所属の鳥栖フューチャーズに移籍、翌1997年にサガン鳥栖へと移る。 1998年、名古屋グランパスエイトに移籍。2000年からレギュラーとして定着し、登録はミッドフィールダーながらも多くはセンターバックやサイドバックとして出場。ディフェンダーとしては恵まれた体格ではなかったが、優れた戦術眼と粘り強い守備を武器に活躍した。
玉田 真人(たまだ まさと、1976年8月25日 - )は、… 玉田 真人(たまだ まさと、1976年8月25日 - )は、埼玉県川口市出身のサッカー選手、指導者。ポジションはゴールキーパー。
大澤 奈留美(おおさわ なるみ、1976年5月22日 - )… 大澤 奈留美(おおさわ なるみ、1976年5月22日 - )は、日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。菊池康郎門下。 埼玉県さいたま市(旧大宮市)出身。父は碁会所を営んでいた影響で、6歳から囲碁を学び始める。妹の大澤摩耶や上田崇史と同じ碁会所で打つ。佐藤幹雄の子供囲碁教室の入門。7歳でアマ初段、9歳でアマ5段、アマチュア向け秀行塾に参加。緑星囲碁学園に小学5年から通い実力をつける。10歳で初代埼玉女流アマ名人、翌年も優勝して2連覇。1988年8月、大宮市立蓮沼小学校6年で、第9回少年少女囲碁大会に埼玉県代表で出場し6位入賞。 1989年、日本棋院院生となる。さいたま市立大砂土中学校、埼玉県立大宮東高等学校卒。
増田 功作(ますだ こうさく、1976年4月30日 - )は… 増田 功作(ますだ こうさく、1976年4月30日 - )は、埼玉県春日部市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダーが主。 高校卒業後、Jクラブに内定していたが取消となり、ボリビアやブラジルでプレー。帰国後の1998年にヴェルディ川崎へ加入。翌1999年横浜FCに移籍し、6年間プレーした。その後はFC町田ゼルビアを最後に現役を引退。 引退後は指導者の道へ進み、2005年にMASUサッカースクールを創設し、スクールマスターとしてジュニア世代を指導。2010年1月、横浜FCのトップチームのコーチに就任。 2018年、日本サッカー協会公認S級コーチライセンスを取得。
平尾 博嗣(ひらお ひろし、本名:平尾 博司(読み同じ)、1… 平尾 博嗣(ひらお ひろし、本名:平尾 博司(読み同じ)、1975年12月31日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市緑区)出身の元プロ野球選手(内野手)、元コーチ。右投右打。プロ入団時から2001年までと、コーチ時代は本名を登録名にしていた。 埼玉県立大宮東高等学校時代は通算68本塁打を放った。2年夏の県大会では1試合3本塁打の県内タイ記録、2年秋は県大会優勝で関東大会は準々決勝で市立船橋高の小笠原孝に完投負け。1993年春の第65回選抜高等学校野球大会ではトップバッターに起用され、初戦で先頭打者本塁打を放ちチームに勢いをつけ、またセンス溢れる走塁でチームの準優勝に貢献した。さらに春の県大会も制すると、関東大会では準決勝で矢野英司(横浜高)が9回まで無失点を続けるなかでサヨナラ本塁打を放ち、決勝戦でも本塁打を記録して優勝。
桜井 直人(さくらい なおと、1975年9月2日 - )は、… 桜井 直人(さくらい なおと、1975年9月2日 - )は、埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 浦和レッズ時代はサテライト暮らしの不遇な日々を送っていたが、1999年途中にヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)へレンタル移籍後に本領を発揮してレギュラーの座を獲得。翌2000年からはV川崎へ完全移籍となった。2005年に地元の大宮アルディージャに移籍。同年にはレッズでチームメイトだった永井雄一郎共に、ジーコ・ジャパンのトレーニングキャンプに選出されるも、メンバーとしては残れなかったため、公式試合には出場していない。2007年以降出場機会が激減。
松田 悦典(まつだ よしのり、1974年8月14日 - )は… 松田 悦典(まつだ よしのり、1974年8月14日 - )は、埼玉県三郷市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。浦和レッズへ加入後、サガン鳥栖へ移籍。サガン鳥栖では「松田考功」の登録名だった。引退後わらびFit整骨院を開業し、パーソナルジムなど複数のビジネスを展開。FC琉球ビーチサッカーチームで2021年選手復帰。南葛SCコーチ、Jr.街クラブコーチをし、現在はプロ選手からジュニア選手まで幅広く個別パーソナルを担当している。 中学時代、読売クラブ(現東京ヴェルディ)に所属しユース大会、高円宮杯を連覇。大宮東高校1年からレギュラーとして活躍し埼玉県選手権決勝ではロングシュートを決める。
北川 博敏(きたがわ ひろとし、1972年5月27日 - )… 北川 博敏(きたがわ ひろとし、1972年5月27日 - )は、兵庫県伊丹市出身の元プロ野球選手(内野手、捕手)、コーチ。 現役時代には、阪神タイガース、大阪近鉄バファローズ、オリックス・バファローズでプレー。大阪近鉄時代の2001年、パ・リーグ公式戦対オリックス・ブルーウェーブ戦にて代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打を放ったことで知られる。 2012年に現役を引退してからは、オリックスで一軍・二軍打撃コーチや事業本部企画事業部プロジェクトマネジャー(PM)を務めた。2017年から2019年まで東京ヤクルトスワローズの二軍打撃コーチを担当した後に、2020年から打撃コーチとして阪神に復帰。 出生から小学6年生の時まで伊丹市内で過ごした後に、中学1年生から埼玉県志木市へ転居。
佐藤 敦(さとう つとむ、1968年11月5日 - )は、日… 佐藤 敦(さとう つとむ、1968年11月5日 - )は、日本の元サッカー選手。現役時代のポジションはフォワード。 埼玉県立大宮東高等学校では2年時と3年時に高校選手権に出場。1学年上に田北雄気がいる。 法政大学を経て1991年2月、日本サッカーリーグ1部の三菱自動車工業サッカー部に加入。同年4月14日に行われたJSL1部第19節、ヤンマーディーゼル戦でデビューをした。翌シーズンはリーグ戦出場の機会はなく、JSL1部の通算成績はこの1試合のみとなった。 1992年、浦和レッドダイヤモンズへ移行後もチームに在籍したがトップチームでの出場機会はなく、サテライトリーグで7試合に出場した。1993年1月、ジャパンフットボールリーグの西濃運輸へ移籍。
荒川 哲男(あらかわ てつお、1968年4月27日 - )は… 荒川 哲男(あらかわ てつお、1968年4月27日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 大宮東高では、高校通算本塁打42本を記録する。明大への進学が濃厚といわれていたが、1986年のプロ野球ドラフト会議で明大OB・星野仙一監督が就任した中日ドラゴンズから4位指名を受け入団する。高校同期の芹澤裕二もドラフト外で入団している。尚、翌年も上原晃が同様に明大進学と言われながら指名、入団し、2年後には大宮東の後輩でスラッガーとして注目されながら進学濃厚とされた山口幸司も中日入りしている。 プロ1年目の1987年は、入団直後に山崎武司とともにロサンゼルス・ドジャース傘下のガルフ・コーストリーグのチームへ野球留学をした。
芹澤 裕二(せりざわ ゆうじ、1968年4月12日 - )は… 芹澤 裕二(せりざわ ゆうじ、1968年4月12日 - )は、埼玉県川越市出身の元プロ野球選手(捕手)、コーチ。 川越市立芳野中学校卒業後の1984年に大宮東高校へ進学し、捕手として攻守に活躍。高校通算本塁打15本を記録し、1986年オフにドラフト外で中日ドラゴンズへ入団。高校のチームメイトでスラッガーとして期待された荒川哲男と同期入団となったほか、同じ高卒捕手の山﨑武司・長谷部裕もいた。一軍出場が無いまま、晩年は主にブルペンを担当して1996年限りで現役を引退。 引退後は中日で二軍バッテリーコーチ(1997年)→一軍バッテリーコーチ(1998年 - 2003年)→ブルペン捕手(2004年)を歴任し、コーチ時代は星野仙一・山田久志ら2人の監督に仕え、1999年のリーグ優勝に貢献。
福島 明弘(ふくしま あきひろ、1967年9月20日 - )… 福島 明弘(ふくしま あきひろ、1967年9月20日 - )は、埼玉県出身の元プロ野球選手(投手)。現在は福嶋 明弘(読み同じ)名義で千葉ロッテマリーンズで打撃投手を務めている。 大宮東高では水沢正浩との2本柱、1985年のドラフト3位指名を受け、近鉄バファローズに入団。1989年はルーキーリーグ・ソルトレイクシティ・トラッパーズに野球留学した。 一軍出場のないまま、1993年に現役引退。千葉ロッテマリーンズの打撃投手に転身した。 1998年、名字を福嶋に改姓した。 2020年9月8日、本拠地での対北海道日本ハムファイターズ13回戦において、香月一也とのトレードで入団したばかりの澤村拓一が、移籍後初登板にユニフォームが間に合わなかったため、福嶋のユニフォームを借りてマウンドに上がった。
田北 雄気(たきた ゆうき、1967年5月16日 - )は、… 田北 雄気(たきた ゆうき、1967年5月16日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。埼玉県浦和市(現 さいたま市浦和区)出身。ポジションはゴールキーパーを務め、Jリーグの浦和レッドダイヤモンズで活躍した。 1995年までは当時浦和の正GKだった土田尚史やミロの控えに甘んじていたが、1996年シーズンは土田の故障により全試合に出場、リーグ戦30試合にフルタイム出場して、1枚も警告を受けず、またチームのリーグ最小失点に貢献した。1997年以降は土田と正GKのポジションを争い続けた。 1996年11月9日の横浜フリューゲルス戦では味方が得たペナルティーキックでキッカーを務めゴールを記録、これはJリーグ史上初のGKによる得点である。
水沢 正浩(みずさわ まさひろ、1967年5月6日 - )は… 水沢 正浩(みずさわ まさひろ、1967年5月6日 - )は、埼玉県上尾市出身の元プロ野球選手(投手)。 上尾市立原市中学校では県大会準優勝、大宮東高では、エースとして2年春に県大会優勝して夏は県大会ベスト4。同期の投手に福島明弘、1学年下に荒川哲男、芹沢裕二がいた。 1985年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズから5位指名され入団。 プロ2年目の1987年に一軍初登板するが、一軍での登板はこの1試合だけに留まり1991年限りで現役を引退した。
奥原 希望 は、日本のプロフェッショナル・バドミントン選手。… 奥原 希望 は、日本のプロフェッショナル・バドミントン選手。東京都バドミントン協会所属。2011年12月21日付けでバドミントン日本代表ナショナルチームに選出されている。2015年に日本人選手で初めてBWFスーパーシリーズファイナルズ女子シングルスで優勝し、2016年リオデジャネイロオリンピックで日本人選手で初めてシングルスでのオリンピックメダル獲得(銅メダル)、2017年に日本人選手で初めて世界選手権女子シングルスで優勝した。BWF世界ランキング最高位は1位(2019年10月29日)。2013年4月に日本ユニシスへ入社し、2018年に退職した。