表 悠斗(おもて ゆうと、2007年6月4日 - )は、関西… 表 悠斗(おもて ゆうと、2007年6月4日 - )は、関西棋院所属の囲碁棋士。四段。兵庫県西宮市出身、西宮市立香櫨園小学校、西宮市立浜脇中学校卒業。吉川一四段・小松大樹四段門下。 小学1年生の時に、アマ有段者の祖母に教わって囲碁を始めた。2016年、小学3年生時の第37回少年少女囲碁大会で全国大会に進出(予選リーグで敗退)。この後、棋士を目指したいと宣言するも、その道の険しさから、当初は祖母も難色を示した。しかし、翌2017年の第38回大会では全国大会で6位入賞。家族を説得し、小学4年生で関西棋院の院生となる。2021年、1-2月の入段試験リーグで7勝5敗の成績を残し、9勝3敗の三島響とともに試験に合格。
上野 梨紗(うえの りさ、2006年6月24日 - )は、日… 上野 梨紗(うえの りさ、2006年6月24日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。四段。藤澤一就八段門下。 東京都中野区出身。同じく囲碁棋士の上野愛咲美は実姉。 姉・愛咲美の影響を受けて4歳のころから囲碁を始め、藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室に通う。 小学2年生のときに日本棋院の院生となり、2017年7月にタイで開催された第34回ワールドユース囲碁選手権ジュニアクラス(12歳以下)では3位入賞。 2019年、女流棋士採用試験本戦を7勝1敗の成績で突破、4月に入段。女流棋士の12歳9か月での入段は、仲邑菫(2019年、10歳0か月)・藤沢里菜(2011年、11歳6か月)に次ぐ3番目の年少記録(当時)。
大須賀 聖良(おおすか せいら、2004年(平成16年)1月… 大須賀 聖良(おおすか せいら、2004年(平成16年)1月20日 - 2025年(令和7年)6月7日)は日本の囲碁棋士。三段。日本棋院東京本院所属。洪清泉門下。 埼玉県さいたま市大宮区出身。母の大須賀摩耶(大澤摩耶)は女流アマ王者で囲碁のインストラクター、伯母は大澤奈留美。大叔父は埼玉県長瀞町町長の大澤芳夫。名前の聖良の由来は母が『小公女セーラ』が好きだったことから。4歳頃で囲碁を覚え、祖父の大澤完治が緑星囲碁学園さいたま新都心校代表であったことからそこで学び、幼少期は保育所代わりでもあった。だが好きというわけではなく、完治も聖良は囲碁がそれほどやるつもりがないようだから、好きな絵でもやらせればと摩耶に言っていた。
高田 明浩(たかだ あきひろ、2002年6月20日 - )は… 高田 明浩(たかだ あきひろ、2002年6月20日 - )は、日本将棋連盟の棋士。森信雄七段門下。棋士番号は328。 岐阜県各務原市出身。岐阜県立各務原高等学校卒業。 小学生3年の時に、家に将棋教室の先生が来てくれたのがきっかけで将棋を始める。3年の冬には東海研修会に入会。 2014年、第39回小学生将棋名人戦準優勝。同年夏に新進棋士奨励会に入会する。この頃ある研究会で藤井聡太と指すことになり、右玉戦法で藤井を圧倒したため、以後しばらくは右玉戦法を主力としていた。 三段へ昇段後、2期目の第68回三段リーグ(2020年度後期)で13勝5敗となり、長沼洋(1986年四段昇段)以来35年ぶりに岐阜県出身の将棋棋士となった(なお、岐阜県出身の女流棋士には山口仁子梨・山口稀良莉姉妹がいる)。
関 航太郎(せき こうたろう、2001年11月28日 - )… 関 航太郎(せき こうたろう、2001年11月28日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。東京都出身、藤澤一就八段門下。主な実績に、第47・48期天元位、第70期NHK杯選手権者、第45期新人王など。 祖父からの手ほどきを受けて囲碁を始め、まだ初心者であった5歳の頃から藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室に通い出す。小学3年生時に日本棋院院生になる。2013年には、第30回世界青少年囲碁選手権大会の少年の部(12歳以下)に出場し優勝。同大会での日本勢の優勝はこれが初めてであった。2016年の冬季棋士採用試験では11勝4敗の成績を残し、芝野龍之介(12勝3敗)の次点で試験に合格。2017年4月、15歳で入段。
大竹 優(おおたけ ゆう、2001年11月14日 - )は、… 大竹 優(おおたけ ゆう、2001年11月14日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。吉岡薫九段門下。長野県飯山市出身。 小学校入学前に公民館で囲碁体験教室に参加して興味を持ち、近所の人に教わったりして腕を上げた。小学4年で少年少女囲碁大会 県代表選抜大会の小学生の部Aクラスで優勝。小学5年の春、日本棋院中部総本部の院生になって、吉岡薫の門下に入る。 2015年、中部総本部棋士採用試験 本戦で8勝2敗で1位となり、2016年1月1日入段。 2017年、二段に昇段。 2018年、天元戦の本戦に出場するも、一回戦で呉柏毅に敗れる。 2019年、三段に昇段。碁聖戦の本戦に出場するも、一回戦で志田達哉に敗れる。
上野 愛咲美(うえの あさみ、2001年10月26日 - )… 上野 愛咲美(うえの あさみ、2001年10月26日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士である。六段。東京都中野区出身。藤澤一就八段門下。N高等学校卒業。 国際女流棋戦での2度の優勝、最年少での女流グランドスラムなどのほか、男性を含む全棋士出場のタイトル戦の決勝に女流棋士として史上初めて進出(第28期竜星戦準優勝)、本因坊戦(第80期)で七大タイトル本戦ベスト4進出(女流棋士初)、男女混合の若手棋戦である若鯉戦で連覇(第16・17期)、同じく男女混合の若手棋戦である新人王戦(第48期)で女性初の優勝など、女流棋士の枠にとどまらず多数の実績を持つ。 女流棋聖のタイトルを獲得した上野梨紗(2019年4月入段)は実妹。
加藤 千笑(かとう ちえ、2001年9月13日 - )は、日… 加藤 千笑(かとう ちえ、2001年9月13日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。四段。岐阜県岐阜市出身、羽根直樹九段門下。NHK学園高校出身。日本女子囲碁リーグではチーム名古屋所属。 生まれつき手足の成長が遅く、骨も弱くなる骨形成不全症という難病を抱えており、車いすでの生活を続けている。 幼稚園の頃、図書館から入門書を借りてきた父親に勧められ、囲碁を始めた。岐阜市内の囲碁教室で囲碁を学び、2013年、小学6年生のときに出場した第34回少年少女囲碁大会で、女子としては14年ぶりとなる優勝を果たす(前回の女子の優勝は1999年の向井千瑛)。優勝後、6年生で日本棋院中部総本部の院生となる。
伊 了(い りょう、2001年8月15日 - )は、日本の囲… 伊 了(い りょう、2001年8月15日 - )は、日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属、五段。東京都荒川区出身。 2001年に東京都で生まれる。日本棋院の棋士採用試験に合格し、2017年夏季入段(2018年度採用)。 洪道場の紹介では、自身の棋風を「夢見がちな棋風」としている。 この項目は、囲碁の棋士(アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
広瀬 優一(ひろせ ゆういち、2001年8月9日 - )は、… 広瀬 優一(ひろせ ゆういち、2001年8月9日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。七段。東京都出身、藤澤一就八段門下。主な実績に、新人王1期、若鯉杯1回、名人戦リーグ1期など。 幼少期を広島県で過ごし、保育園年長の頃に保育園で囲碁を教えてくれる人物に出会い、囲碁を始めた。父親の転勤に伴って東京都に引っ越し、小学1年生の5月に藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室へ通い出す。小学3年生で日本棋院東京本院の院生となり、5年生の時に藤澤主宰の天豊道場の内弟子となって本格的にプロ入りを意識。中学2年生時の2015年11月、冬季棋士採用試験本戦で12勝3敗の1位となり、プロ入りを決めた。2016年4月、14歳で入段。
田中 康湧(たなか こうゆう、2001年6月14日 - )は… 田中 康湧(たなか こうゆう、2001年6月14日 - )は、関西棋院所属の囲碁棋士、古谷裕門下生。兵庫県相生市出身。 6歳で囲碁を覚え小学校3年から隣の市(赤穂市)の碁会所に通う。第33回少年少女囲碁大会の兵庫県大会で準優勝。全国大会では予選2勝1敗で決勝トーナメントに進めず。 2011年9月、関西棋院高等部に入部。2013年4月、関西棋院の院生となる。 2017年7月、高校1年生でプロ棋士の認定を受ける。同年8月、16歳で入段。 2020年2月二段。8月、第7回グロービス杯世界囲碁U-20日本代表6名として世界大会出場。 2021年5月、第46期棋聖戦Cリーグ入り。 2022年1月三段。4月、第70回NHK杯テレビ囲碁トーナメント初出場。
大西 竜平(おおにし りゅうへい、2000年3月14日 - … 大西 竜平(おおにし りゅうへい、2000年3月14日 - )は日本の囲碁棋士。日本棋院東京本院所属。東京都狛江市出身。 主な実績に第41期新人王戦優勝、本因坊戦リーグ1期など。 小学1年生のときに祖父から教わって囲碁を始め、3年生からは緑星学園で囲碁を学んだ。2010年4月、5年生でソウルに留学し、囲碁道場・許壮会道場で勉強し始める。日本に帰国したのは1年に2回ぐらいだった。初めの1年間は許壮会道場の指導模範の洪章植七段の家で居候していた。韓国では毎日午前9時から午後9時まで1日10時間ぐらい囲碁の勉強をしていた。また 韓鐘振九段特に熱心に教えてもらった。韓国語は、留学してから半年ほどしたらふつうに会話できるようになったという。
芝野 虎丸(しばの とらまる、1999年(平成11年)11月… 芝野 虎丸(しばの とらまる、1999年(平成11年)11月9日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。九段。神奈川県相模原市出身。洪道場出身。兄は同じ囲碁棋士の芝野龍之介。 史上初の10代名人、10代九段。入段から史上最短での全棋士参加棋戦優勝、九段昇段、史上最年少での七大タイトル獲得、名人位獲得、九段昇段、三冠獲得、本因坊戦リーグ入り など多数の最短・最年少記録を有する。 一力遼、許家元と並び「令和三羽烏」と呼称されている。他の2人が1997年生まれで同い年なのに対し、芝野だけが1999年生まれで2歳年下になる。 『ヒカルの碁』のファンだった親の影響により、5、6歳ぐらいのときに囲碁を始める。
服部 慎一郎(はっとり しんいちろう、1999年8月2日 -… 服部 慎一郎(はっとり しんいちろう、1999年8月2日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。中田章道七段門下。棋士番号は322。 富山県富山市出身。 小学校3年生の夏に担任の先生から日本シリーズこども大会の案内を貰い、新潟県で開催された大会に参加した際の対局で負けたことが悔しく、より強くなろうと思い本格的に将棋を始める。小学校4年生まで魚津市立道下小学校に通い、道下公民館(現・道下コミュニティセンター)の主催する将棋サークルに通っていた縁で、同施設ではInstagramやX(旧Twitter)を利用して服部を応援する投稿を行っている。 小学5年生の時、関西研修会に入会。 富山市立南部中学校1年時に全国中学生選抜将棋選手権大会で富山県代表として全国大会に出場し2年時の2013年に奨励会へ入会。
芝野 龍之介(しばの りゅうのすけ、1997年12月2日 -… 芝野 龍之介(しばの りゅうのすけ、1997年12月2日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁のプロ棋士、エンジニア。神奈川県相模原市出身。洪道場出身。東京理科大学卒業。弟は同じ囲碁棋士の芝野虎丸。 1997年12月2日、神奈川県相模原市に生まれる。6歳の時に囲碁を始める。東京大学教育学部附属中等教育学校に入学。13歳の時に試験を経て日本棋院の院生となる。 2016年、東京理科大学経営学部に入学。同年度、東京本院冬季棋士採用試験本選で1位となり、2017年4月1日付でプロデビュー(入段)。 2021年4月、株式会社ミリオンダウトに就職。プロ棋士と二足のわらじをはく。2023年7月14日、実弟の芝野虎丸と共同でYoutubeチャンネルを開設。
一力 遼(いちりき りょう、1997年6月10日 - )は、… 一力 遼(いちりき りょう、1997年6月10日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。宮城県仙台市青葉区出身。宋光復九段門下。
井田 明宏(いだ あきひろ、1996年12月6日 - )は、… 井田 明宏(いだ あきひろ、1996年12月6日 - )は、日本将棋連盟の棋士。小林健二九段門下。棋士番号は327。京都府京都市出身。 将棋と出会ったのは、父の転勤で山口県周南市にいた小学1年の夏休みの時。「新聞の将棋欄で興味を持ち、父にルールを教わった」と語っている。小学4年で「プロ棋士になりたい」と思い、研修会に入会。小学5年から、師匠となる小林健二の教室で腕を磨く。その後、「奨励会試験や4級の時に苦労した」が、2020年度下半期の第68回三段リーグで1位となり、24歳で四段昇段を果たす(同時昇段は高田明浩)。 2021年、第11期加古川青流戦で決勝三番勝負に進出するも、服部慎一郎に1勝2敗で敗れ、準優勝となった。
近藤 誠也(こんどう せいや、1996年7月25日 - )は… 近藤 誠也(こんどう せいや、1996年7月25日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。所司和晴七段門下。棋士番号は303。千葉県八千代市出身。 5歳の頃に祖父に将棋を教わったことをきっかけに、将棋を覚える。小学1年の秋から、所司和晴が席主を務める将棋教室に通い始め、4歳年上の石井健太郎と共に研究に励み、小学3年生の頃からアマチュアの将棋大会で活躍し始めた。 2007年9月に、6級で奨励会に入会、14歳で二段に昇段してから三段昇段に2年を費やした以外は順調に昇段し、2013年度後期(第54回)より三段リーグに参加。当初2期は勝ち越しもままならなかったものの、2014年度後期(第56回)では他力ながらも四段昇段の可能性を残した状態で最終日を迎えた。
冨田 誠也(とみた せいや、1996年2月13日 - )は、… 冨田 誠也(とみた せいや、1996年2月13日 - )は、日本将棋連盟の棋士。棋士番号は325.小林健二門下。兵庫県三田市出身·在住。 三田市立長坂中学校、兵庫県立有馬高等学校を経て、立命館大学経営学部卒業。 2020年より出身地の三田市で「冨田誠也杯」を主催。2025年よりさんだアンバサダーに就任。 主に四間飛車や中飛車を得意とする振り飛車党。相振り飛車も得意とするが、対局相手が振り飛車党の場合、稀に居飛車を指すこともある。 5歳のときに父に将棋を教わる。三田市立本庄小学校6年時の2007年9月に奨励会へ入会。2013年4月(17歳)より三段リーグに参加。「20歳までに(四段に)上がれると思っていた。
木部 夏生(きべ なつき、1995年8月11日 - )は、日… 木部 夏生(きべ なつき、1995年8月11日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。群馬県太田市出身。藤澤一就八段門下、三段。 ヒカルの碁の影響で地元の囲碁教室に通い、10歳で日本棋院の院生になる。 2012年の女流棋士特別採用試験では本戦で8勝1敗の成績を残し、岩田紗絵加(のちに関西棋院で入段)と同率で並んだものの、序列により試験合格。4月1日、16歳で入段。 2016年、勝ち星対象棋戦通算30勝を挙げて二段に昇段した。 2022年、勝ち星対象棋戦通算40勝を挙げて三段に昇段した。 2025年の女流名人戦博多カマチ杯で初のリーグ入り。 小学1年の頃よりヒカルの碁の影響で地元の囲碁教室に通い囲碁を覚える。
本木 克弥(もとき かつや、1995年8月2日 - )は 、… 本木 克弥(もとき かつや、1995年8月2日 - )は 、囲碁の棋士。段位は九段。群馬県藤岡市出身。日本棋院東京本院所属。藤澤一就八段門下。 主な実績に、本因坊戦挑戦(2017年第72期)、若鯉杯1期(2014年第9回)、本因坊戦リーグ5期・名人戦リーグ3期など。 1995年8月2日群馬県生まれ。小学校1年生の時に、囲碁ファンの祖父から『ヒカルの碁』のアニメを勧められ、囲碁に興味を持つ。ヒカルの碁のゲームでルールを覚え、2年生の頃にアマチュア初段前後の棋力となる。その後、同郷の木部夏生の影響も受けて、4年生の時に藤澤一就が主宰する新宿こども囲碁教室に通い始める。5年生時に日本棋院の院生となる。
梶浦 宏孝(かじうら ひろたか、1995年7月6日 - )は… 梶浦 宏孝(かじうら ひろたか、1995年7月6日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。鈴木大介九段門下。棋士番号は301。東京都新宿区出身。 5歳程度で父親に将棋を教えられた。 2008年、鈴木大介門下で奨励会6級で入会。入門当時は振り飛車党だったが、1級から初段に上がる頃に居飛車党に転向。順調に昇級を重ね2012年後期の第52回三段リーグから三段リーグ入り。 初参加の52回は5勝13敗と最下位に終わり、次回53回も同じく5勝13敗で後ろから2番目と低迷する。54回は他力ながら昇段の可能性のある状況で最終日を迎えたが、同星の星野良生と宮本広志に順位差で頭ハネとなり、昇段次々点に留まった。 55回は、2位という好順位から最終日を11勝5敗の4番手で迎える。
青嶋 未来(あおしま みらい、1995年2月27日 - )は… 青嶋 未来(あおしま みらい、1995年2月27日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。安恵照剛門下。棋士番号は300。静岡県三島市出身、東京都港区在住、港区立神応小学校、麻布中高校卒。
伊田 篤史(いだ あつし、1994年3月15日 - )は、日… 伊田 篤史(いだ あつし、1994年3月15日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士、九段。三重県鈴鹿市出身。馬場滋九段門下。夫人は万波奈穂。 第20代十段位(53期)。2016年十段保持中は井山裕太七冠への最後の砦となった。 アマ五段の父親の影響を受け、双子の弟とともに幼少の頃から囲碁に興じ、伊田は小学3年の時に漫画「ヒカルの碁」を読むようになったのを機にプロ入りを決意した。2004年、鈴鹿市立白子小学校4年で少年少女囲碁大会に出場し、1勝をあげるも富士田明彦に敗れる。2005年同5年で少年少女囲碁大会に出場し、6位入賞。2006年同6年で少年少女囲碁大会に出場し、トーナメント本戦まで勝ち上がるも、後に院生となる3位入賞者に敗れる。
八代 弥(やしろ わたる、1994年3月3日 - )は、日本… 八代 弥(やしろ わたる、1994年3月3日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。青野照市九段門下。棋士番号は287。静岡県賀茂郡東伊豆町出身。 将棋を覚えたのは小学校1年生の頃。ちょうど東伊豆町から隣の伊東市に引っ越すタイミングで、中学校教師である父から教わった。4年生になって伊東の支部の小さな道場に行くようになり、5年生のときに奨励会を受験するも不合格。師匠の勧めもあり研修会へ入会。月に2回ほど東京に通った。 2005年9月、6級で奨励会に入会。後にプロ棋士となる会員としては珍しく、入会後間もなく成績不振により“B”と言われる降級点を喫し、7級降級の危機に瀕するなどで、最初の昇級に1年を費やした。
高野 智史(たかの さとし、1993年10月27日 - )は… 高野 智史(たかの さとし、1993年10月27日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。木村一基門下。棋士番号は302。埼玉県富士見市出身。 5歳の頃に父親に将棋を教わったことをきっかけに、将棋を覚える。次第に熱中し、NHK杯テレビ将棋トーナメントを毎週録画するようになり、いつしかクラスメートと将棋を指しても物足りなさを感じるほどに棋力は上達し、近所の将棋教室に通うようになって、さらに上達した。 2007年4月に、6級で奨励会に入会、15歳で初段、16歳で二段に昇段するまではすこぶる順調だったものの、そこで足踏みをし、3度も初段降段の危機に瀕し、結局三段昇段に3年8ヶ月を費やした。奨励会最後の関門である三段リーグには、2013年度後期(第54回)より参加。
三枚堂 達也(さんまいどう たつや、1993年7月14日 -… 三枚堂 達也(さんまいどう たつや、1993年7月14日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。内藤國雄九段門下。棋士番号は294。千葉県浦安市出身。都立白鴎高等学校卒業。
西山 静佳(にしやま しずか、1992年7月9日 - )は大… 西山 静佳(にしやま しずか、1992年7月9日 - )は大阪府大阪狭山市出身の囲碁棋士。関西棋院所属、横田茂昭門下。将棋女流棋士の西山朋佳は実妹。血液型はB型。 母親がピアノ講師で自らもピアノ講師になろうと考え練習に励んでいたが、小学校4年生の時事故で手の指を骨折し断念。小学校5年生の時母親が購入した漫画『ヒカルの碁』を読んだ事をきっかけに囲碁を始める。日本棋院関西総本部の入門教室、関西棋院囲碁学園(現子ども囲碁道場)を経て囲碁学園時代の恩師であった横田茂昭に弟子入り、中学校2年生の時関西棋院の院生となったが、母親への反発から囲碁の勉強をさぼるようになり、院生としても8級から昇級できない日々が続いた。
金沢 真(かなざわ まこと、1992年5月24日 - )は、… 金沢 真(かなざわ まこと、1992年5月24日 - )は、日本棋院関西総本部所属の元囲碁棋士、七段(引退に伴い八段)。神奈川県平塚市出身。藤沢秀行名誉棋聖門下。 父は毎日新聞社記者にして、全日本学生本因坊戦4連覇・日本アマ囲碁最強戦を制するなどのアマチュア強豪の金沢盛栄。叔父の金沢東栄もアマチュア強豪。兄の金沢栄介もアマチュア強豪。祖父の影響で小学1年から囲碁をはじめ藤沢秀行の教室に通う。第29回神奈川県社会福祉作文コンクールでテレビ神奈川社長賞を獲得するなど、文筆においても父譲りの才を見せている。 2002年、平塚市立なでしこ小学校4年時少年少女囲碁大会全国大会に出場。3回戦で敗れる。 2003年、同5年時少年少女囲碁大会全国大会に出場。
石井 健太郎(いしい けんたろう、1992年4月13日 - … 石井 健太郎(いしい けんたろう、1992年4月13日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。所司和晴七段門下。棋士番号は293。千葉県千葉市出身。千葉日本大学第一小学校、千葉日本大学第一中学校・高等学校、日本大学経済学部産業経営学科出身。 祖父に将棋盤を貰ったことをきっかけに、将棋に興味を持ち始め、所司には奨励会入会前(幼稚園時代)から将棋教室で教わったという。2003年、第28回小学生将棋名人戦に千葉県代表として出場。 2004年9月29日に6級で奨励会に入会。初段まで順調に昇級及び昇段を続け、初段から二段に1年2ヶ月、二段から三段に1年8ヶ月とややもたついたものの、2010年3月(高校2年生当時)に三段リーグへの参加権を獲得した。
黒沢 怜生(くろさわ れお、1992年3月7日 - )は、日… 黒沢 怜生(くろさわ れお、1992年3月7日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士。高橋道雄九段門下。棋士番号は298。埼玉県熊谷市出身。妻は女流棋士の和田あき、同じく女流棋士の和田はなは義妹。 小学1年次に、児童館で教えられたことが将棋を覚えたきっかけ。翌年には埼玉県小学生準名人を獲得するほど上達する。 2001年、熊谷市立東小学校4年の第26回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し準優勝する。この模様はNHK教育テレビで放送された。2002年、熊谷市立東小学校5年の第27回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出し4強で敗れる。この模様は前述同様NHK教育テレビで放送された。
富士田 明彦(ふじた あきひこ、1991年11月8日 - )… 富士田 明彦(ふじた あきひこ、1991年11月8日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。八段。高林拓二七段門下。北海道帯広市出身。 囲碁愛好家の父の影響を受け、小学3年の頃囲碁を覚え、その後碁会所で実力をつける。同じ北海道出身で1学年上の鈴木伸二、同学年の伊藤優詩とは数々の試合で対戦している。特に伊藤とは親交があり、師匠高林を伊藤に紹介した。 2002年、帯広市立啓北小学校5年時に第23回少年少女囲碁大会全国大会に出場するも、3回戦で敗れる。 2003年、同6年時第24回少年少女囲碁大会全国大会に出場。後にプロとなる金沢真・伊田篤史を下すも優勝者に敗れ8位。また、第7回全日本こども囲碁大会では決勝戦で安達利昌に敗れ準優勝。
伊藤優詩(いとう まさし、1991年7月22日 - )は、日… 伊藤優詩(いとう まさし、1991年7月22日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。高林拓二七段門下。北海道江別市出身。 囲碁のルールを覚えたのは小学校1年生の時。ルールは覚えたが全く囲碁の面白さが理解できずに、興味が無いまま4年間が経過する。2歳下の弟から影響を受け、小学校5年生の時にやっと囲碁の面白さを理解する事となる。2008年に入段を果たす。 2014年、第40期天元戦で自身初の七大棋戦本戦進出、ベスト16。2015年、第40期棋聖戦でCリーグ入りし残留。2016年、第41期棋聖戦でCリーグ陥落。 日本棋院の伊藤優詩紹介ページ この項目は、囲碁の棋士(アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。
兆 乾(ちょう ちぇん、1991年7月2日 - )は、日本棋… 兆 乾(ちょう ちぇん、1991年7月2日 - )は、日本棋院所属の囲碁女流棋士。兵庫県・西宮市出身。石井邦生九段門下、三段。 6歳から囲碁愛好家の父の影響で、囲碁をはじめ山下順源の教室に通う。2000年、伊丹市立有岡小学校3年で出場した少年少女囲碁大会で志田達哉に敗れるも6位入賞、翌2001年、西宮市立小松小学校4年で少年少女囲碁全国大会に出場し、田尻悠人らを下し、決勝で内田修平に敗れるも準優勝。同年山下の没後、石井邦生に師事し、苑田勇一の勉強会にも通い実力をつける。小学6年より外来として女流特別棋士採用試験を受け、中学2年時は万波奈穂(8戦全勝)の次席(6勝2敗)で惜しくも入段できず、中学3年時に同採用試験決勝を5勝1敗で入段を果たす。
常石隆志(つねいし たかし、1991年5月14日 - )は、… 常石隆志(つねいし たかし、1991年5月14日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。五段。神奈川県三浦市出身、小林孝之三段(本院準棋士)門下。 小学5年で漫画「ヒカルの碁」のアニメをきっかけに囲碁を知り、中山弘氏が開く子供囲碁教室に通い始める。中学1年からプロを目指して日本棋院の院生となった。年齢制限のため2008年11月で院生を辞める。。 2009年7月、第4回朝日アマチュア囲碁名人戦三番勝負において、アマ名人の尹春浩(ユン・チュンホ、当時28歳)に2連勝してアマ名人位獲得。2010年7月第5回朝日アマチュア囲碁名人戦でも、挑戦者の河成奉(ハ・ソンボン、当時28歳)を2勝1敗で破り、アマ名人を防衛。
安達 利昌(あだち としまさ、1991年4月15日 - )は… 安達 利昌(あだち としまさ、1991年4月15日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。七段。小松英樹九段門下。東京都荒川区出身。 囲碁愛好家で写真家の父から、保育園時代に囲碁を教えられ、兄と共に覚える。 1999年、東京都台東区立金曽木小学校2年時に、少年少女囲碁大会に出場し、後の院生に敗れて8位。 2000年、同3年時に、少年少女囲碁大会に出場し、途中敗退。四都市対抗少年少女囲碁団体戦の代表に内田修平と共に選ばれるも全敗。 2001年、同4年時に、少年少女囲碁大会に出場し、初戦敗退。同年より、緑星囲碁学園へ通い始める。 2003年、同6年時に、少年少女囲碁大会に出場し、5位入賞。 2004年、荒川区立諏訪台中1年時に、全日本こども囲碁大会とジュニア本因坊戦で優勝。
志田 達哉(しだ たつや、1990年12月6日 - )は、日… 志田 達哉(しだ たつや、1990年12月6日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。福井県あわら市出身。 主な実績に、2023年第6回SGW杯中庸戦優勝、名人戦リーグ3期、本因坊戦リーグ1期、第20期阿含・桐山杯準優勝、第65回NHK杯準優勝など。日本棋院初の1990年代生まれの入段者。 小学1,2年生の頃に祖父から教わって囲碁を始めた。1999年、金津町立金津東小学校3年時に第20回少年少女囲碁大会全国大会に進出したが、優勝する向井千瑛に初戦で当たり敗退。2000年、同4年時の第21回大会では兆乾らを下し3位に入賞。その後、日本棋院中部総本部の院生となる。 中学1年生の時に父とともに愛知県名古屋市に移住。
鈴木 伸二(すずき しんじ、1990年11月3日 - )は、… 鈴木 伸二(すずき しんじ、1990年11月3日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。八段。岩田一九段門下。北海道江別市出身。 囲碁を覚えたのは小学校高学年と、プロとなるには遅かった。同郷で同期入段の1学年下伊藤優詩とは、囲碁教室などで共に学んだ仲。 2003年、江別市立江別第三中学校1年時に、少年少女囲碁大会中学生の部に出場し、5回戦で優勝者に敗れる。翌2004年の同大会では、安達利昌に勝利するなど勝ち上がり、決勝まで進むも連覇を達成する前年の優勝者に敗れ、準優勝に終わる。この後、周囲の紹介により岩田一門下となり、上京し日本棋院院生となる。 2005年の冬季棋士採用試験では、本戦で9勝6敗の4位で入段ならず。
堀本 満成(ほりもと みつなり、1989年10月23日 - … 堀本 満成(ほりもと みつなり、1989年10月23日 - )は、日本棋院関西総本部所属の囲碁の棋士。四段。山口県柳井市出身。大淵盛人門下。 囲碁を覚えたのは、小学5年の頃とプロ棋士になるには遅めであった。妹も全日本女子学生本因坊、全国高校囲碁選手権大会での優勝や全国高等学校総合文化祭囲碁部門の団体戦で2連覇のメンバーなどの実績のある強豪。 2001年8月、囲碁を覚えて1年足らずで第22回少年少女囲碁大会全国大会に山口県代表で出場。2回戦でのちにプロ入りする兆乾に敗れた。優勝はのちに同期となる内田修平。 その後、大淵盛人の誘いを受け内弟子となり、神奈川県津久井郡相模湖町へ転居。同時に日本棋院東京本院の院生となる。
内田 修平(うちだ しゅうへい、1989年9月8日 - )は… 内田 修平(うちだ しゅうへい、1989年9月8日 - )は、日本の囲碁棋士。八段。山梨県甲府市出身、大淵盛人九段門下。日本棋院東京本院所属。2005年、15歳で入段。主な実績に、新人王戦優勝(2008年)、若鯉戦優勝2回(2009年・2011年)、名人戦リーグ2期など。 1994年、5歳より囲碁を始める。1998年、甲府市立北新小学校3年で、少年少女囲碁大会に出場し、優勝する井山裕太に敗れる。同小4年で、少年少女囲碁大会に出場し、初戦の下坂美織に敗れる。大淵盛人の通い弟子となる。同小5年で、少年少女囲碁大会に出場し、後に院生となる準優勝者に敗れる。同小6年で、少年少女囲碁大会全国大会優勝(準優勝は兆乾)。
井山 裕太(いやま ゆうた、1989年〈平成元年〉5月24日… 井山 裕太(いやま ゆうた、1989年〈平成元年〉5月24日 - )は、日本棋院関西総本部所属の囲碁棋士。九段。大阪府東大阪市出身。石井邦生九段門下。名誉棋聖・名誉王座・名誉天元・名誉碁聖の名誉称号資格保持者(年齢未達)、二十六世本因坊。号は本因坊文裕(ほんいんぼう もんゆう)。 囲碁界史上初の七冠独占(2度)及び年間グランドスラム(その年の七大タイトルをすべて独占)達成。囲碁棋士の獲得タイトル数ランキング歴代1位、七大タイトル獲得数歴代1位、七大タイトル連続在位期間歴代1位など、その圧倒的な強さから「魔王」の異名でも呼ばれている。 世界戦ではLG杯世界棋王戦準優勝、テレビ囲碁アジア選手権戦で優勝を果たしている。
下坂 美織(しもさか みおり、1987年7月7日 - )は、… 下坂 美織(しもさか みおり、1987年7月7日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁女流棋士。北海道帯広市出身。
髙津 昌昭(たかつ まさあき、1986年9月5日 - )は、… 髙津 昌昭(たかつ まさあき、1986年9月5日 - )は、一般財団法人関西棋院所属の囲碁棋士。長野県長野市出身。立命館大学法学部卒業。 小学校1年の時実家の敷地内にある囲碁道場で祖母の知己から囲碁を教わる。第18回全国少年少女囲碁大会、小学生の部で7位。中学校1年生より中学校3年生まで院生。高校生時代、全国高校囲碁選手権大会で27-29回優勝。大学時代、全日本学生本因坊決定戦優勝(2回生)全日本学生囲碁王座戦優勝(3回生)全日本大学囲碁選手権(52・53回)立命館大学主将として優勝。 2011年2月一般財団法人関西棋院入段。令和2年7月2段。
三谷 哲也(みたに てつや、1985年8月25日 - )は、… 三谷 哲也(みたに てつや、1985年8月25日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。群馬県伊勢崎市出身。 四人兄弟の末っ子に育つ。アマチュア有段者の父と兄が囲碁を打っているのに興味を持ち、小学1年で囲碁を覚える。囲碁を覚えて一年に満たない1993年伊勢崎市立名和小学校2年時に、少年少女囲碁大会群馬県代表となる。その後連続し4年生まで代表となる。小学4年時に、趙治勲から手紙で趙が主催する合宿に誘われ合宿に参加。その合宿中に内弟子になるよう奨められる。母は中学生になってからでもよいのでは無いかと反対したが、1996年の小学5年より趙の内弟子となり千葉県千葉市に転居。しかし内弟子生活に馴染めず、半年で退去。
新垣 望(あらがき のぞみ、1985年 - )は、日本の囲碁… 新垣 望(あらがき のぞみ、1985年 - )は、日本の囲碁インストラクターである。 日本棋院東京本院所属の新垣武九段の次女として1985年に東京に生まれ、5歳から囲碁を始めた。また、藤村女子中学校・高等学校在学中には囲碁部に所属した。 1999年、日本棋院院生となり、2003年に卒業した。スカイパーフェクTV!・囲碁将棋チャンネルには2004年から記録係として出演、翌2005年からは聞き手として出演した。 新垣の実姉である新垣未希も囲碁インストラクターであり、共同でブログ『未希&望の囲碁Blog』を公開していたこともあるほか、 スカパーHDの番組、『街角囲碁教室 -新垣姉妹と楽しく学ぼう』には姉妹で出演している。
長島 梢恵(ながしま こずえ、1984年10月3日 - )は… 長島 梢恵(ながしま こずえ、1984年10月3日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁女流棋士。三段。旧姓は向井(むかい)。東京都板橋区出身。本田幸子七段門下。
上地 宏樹(かみじ ひろき、1984年5月13日 - )は、… 上地 宏樹(かみじ ひろき、1984年5月13日 - )は、日本棋院中部総本部所属の囲碁棋士。二段。愛知県豊田市出身。 2025年現在は愛知県名古屋市在住。 元々は幼稚園に通う頃から将棋をしていたが、小学3年生の頃、父親が職場の同僚と囲碁を打つようになり、その父親から教わる形で囲碁を始めた。小学5年生の頃に出場した「とよた囲碁まつり」や少年少女囲碁大会の愛知県大会で優勝したことをきっかけに、プロを意識するようになった。なお、上地に囲碁を教えた父親自身の上達も早く、現在はアマチュア六段の腕前である。 なお、上記のとよた囲碁まつりで上地に指導碁を打ったのは奥村靖であるが、上地曰く「奥村先生は優しく、褒めてくれた」と回顧している。
万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、… 万波 佳奈(まんなみ かな、1983年6月16日 - )は、日本の女流棋士(囲碁)である。日本棋院東京本院所属。女流棋聖2期。 実妹で同じく棋士である万波奈穂(こちらは兵庫県出身)とともに、姉妹棋士としても知られる。 1983年(昭和58年)、埼玉県浦和市(当時)生まれ。その後2度転居し、兵庫県を経て、東京・世田谷で育ち、東京都立新宿山吹高等学校を卒業。大枝雄介 九段門下。 NHKの囲碁番組で司会を務めるなど人気を集めていたが、女流棋聖のタイトルを2期獲得している他、世界戦でも活躍して実力的にも一線級の女流棋士であることを証明している。 若者を対象とした、囲碁普及プロジェクトIGO AMIGOの代表を務めるなど、普及活動に力を入れている。
新垣 未希(あらがき みき、1983年 - )は、日本の囲碁… 新垣 未希(あらがき みき、1983年 - )は、日本の囲碁インストラクターである。 日本棋院東京本院所属の新垣武九段の長女として1983年に東京都に生まれ、7歳から囲碁を始めた。 藤村女子中学校・高等学校在学中には囲碁部に所属し、全国高校囲碁選手権大会の個人戦(女子の部)では1998年に行われた第22回大会で優勝、翌年の第23回大会では準優勝し、更に2000年の第24回大会では再び優勝した。また、個人戦で準優勝であった1999年の第23回大会では、団体戦で優勝している。 高校卒業後に進学した早稲田大学教育学部では社会学を専攻するとともに早稲田大学囲碁会に所属、第37回全日本女子学生囲碁選手権で優勝、さらに2002年(平成14年)の春季関東学生囲碁リーグ戦女子I部(団体戦)でも優勝している。
辰己 茜(たつみ あかね、旧姓 : 石井(いしい)、1982… 辰己 茜(たつみ あかね、旧姓 : 石井(いしい)、1982年8月2日 - )は、関西棋院所属の囲碁女流棋士。段位は四段。埼玉県出身。 囲碁愛好家で高校教師の父に教えられ、物心がつく前から囲碁を始める。父は、その後2002年より囲碁教室を経営している。小学2年生から緑星囲碁学園に通い、実力をつける。 1993年、上尾市立中央小学校5年で第14回全国少年少女囲碁大会4位入賞。翌1994年、6年生で出場した第15回全国少年少女囲碁大会では決勝戦で大橋拓文を下し優勝。初の女子の優勝者となる(2018年現在、小学校の部の女子の優勝は、辰己と万波佳奈(1995年)・向井千瑛(1999年)・加藤千笑(2013年)の4名のみ)。