スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高田 明浩(たかだ あきひろ、2002年6月20日 - )は… 高田 明浩(たかだ あきひろ、2002年6月20日 - )は、日本将棋連盟の棋士。森信雄七段門下。棋士番号は328。 岐阜県各務原市出身。岐阜県立各務原高等学校卒業。 小学生3年の時に、家に将棋教室の先生が来てくれたのがきっかけで将棋を始める。3年の冬には東海研修会に入会。 2014年、第39回小学生将棋名人戦準優勝。同年夏に新進棋士奨励会に入会する。この頃ある研究会で藤井聡太と指すことになり、右玉戦法で藤井を圧倒したため、以後しばらくは右玉戦法を主力としていた。 三段へ昇段後、2期目の第68回三段リーグ(2020年度後期)で13勝5敗となり、長沼洋(1986年四段昇段)以来35年ぶりに岐阜県出身の将棋棋士となった(なお、岐阜県出身の女流棋士には山口仁子梨・山口稀良莉姉妹がいる)。
谷 順成(たに じゅんせい、1994年8月4日 - )は、岐… 谷 順成(たに じゅんせい、1994年8月4日 - )は、岐阜県出身の自転車競技(ロードレース)選手で宇都宮ブリッツェンに所属。関西大学出身。 順成という名前は、母親が京都の湯豆腐店「南禅寺順正」の湯豆腐ファンなので、名前は「じゅんせい」とし、漢字は名字の谷と組み合わせて感じが良い順成とした。岐阜市に生まれ、小学校4年生のときに6年生のバレーボールチームに入り県大会優勝。小学校5年生からはサッカーを始めた。中学校では全国ベスト8までになったが、岐阜県立各務原高等学校では県大会決勝戦で破れて全国大会は行けなかった。関西大学に進学し、1年の秋頃に大学内の書店でなんとなく手にとったサクリファイスを読み、ロードレースの世界を知り、関西大学に自転車部があったことも有り、大学生2年生からロードレースを始める。
松田 英樹(まつだ ひでき、1981年9月2日 - )は、岐… 松田 英樹(まつだ ひでき、1981年9月2日 - )は、岐阜県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、FW。 FC琉球移籍後は中心選手として活動していたが、2012年シーズンはバセドウ病発祥のために出場機会がなかった。同年限りでの現役引退を表明。
小井土 正亮(こいど まさあき、1978年4月9日 - )は… 小井土 正亮(こいど まさあき、1978年4月9日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 小学校時代よりサッカーを始め、岐阜県立各務原高校から筑波大学体育専門学群に進学。蹴球部に入部して、3年次の第48回全日本大学サッカー選手権大会および4年次の第49回全日本大学サッカー選手権大会で2年連続準優勝を経験した。 2001年に大学を卒業し筑波大学大学院に通いながら、水戸ホーリーホックに入団して6試合に出場した。1年で現役を引退して、2002年の大学院修士2年次より蹴球部のヘッドコーチに就任した。 大学院修了後の2004年に柏レイソルのテクニカルスタッフ、2005年から2010年まで清水エスパルスのアシスタントコーチを歴任。
伊藤 伸久(いとう のぶひさ、1958年11月25日 - )… 伊藤 伸久(いとう のぶひさ、1958年11月25日 - )は、岐阜放送の報道部ニュースデスク、元アナウンサー・岐阜新聞解説委員・ひだ高山総局長。身長171cm、血液型O型。2012年3月15日より東京支社長を務めていた。 岐阜県各務原市出身。岐阜県立各務原高等学校卒業。明治大学卒業後、1981年に岐阜放送に入社した。 中学から大学までずっと落語クラブ、落語研究会に所属。明治大学の落研では、3年先輩に後にコント赤信号を結成する渡辺正行、小宮孝泰がいた。1987年の夏には、オールナイトで放送された特別番組『夏の友』のパーソナリティを担当。 岐阜新聞東京支社長就任後、2012年高校野球選手権岐阜大会の準決勝2試合と決勝のラジオ実況を担当した(5年ぶりとなる)。