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野地 博行(のじ ひろゆき、1969年9月8日 - )は、日… 野地 博行(のじ ひろゆき、1969年9月8日 - )は、日本の生物物理学者。東京大学大学院工学系研究科 教授、東京大学新世代感染症センター メンバー。日本生物物理学会 会長。日本学術振興会賞、文部科学大臣表彰科学技術賞等受賞。 北海道生まれ。1988年埼玉県立春日部高等学校卒業。1993年東京工業大学生命理工学部生体機構学科卒業。1995年東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻修士課程修了。1997年東京工業大学大学院総合理工学研究科電子科学専攻博士課程修了、博士(理学)。1998年科学技術振興事業団CREST博士研究員。2000年科学技術振興事業団さきがけ研究員。2001年東京大学生産技術研究所助教授。
菅原 達也(すがわら たつや、1968年 - )は、日本の農… 菅原 達也(すがわら たつや、1968年 - )は、日本の農学者。京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻海洋生物生産学講座教授。 埼玉県出身。埼玉県立春日部高等学校を経て、1991年東北大学農学部食糧化学科卒業。1993年東北大学大学院農学研究科修士課程食糧化学専攻修了、修士(農学)。同年日本油脂入社。1997年退社。 2000年東北大学大学院農学研究科博士後期課程食糧化学専攻修了、博士(農学)、生物系特定産業技術研究推進機構派遣研究員。2002年科学技術特別研究員。2004年京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻助教授。 2013年京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻海洋生物生産学講座教授。
高須 順一(たかす じゅんいち、1959年〈昭和34年〉10… 高須 順一(たかす じゅんいち、1959年〈昭和34年〉10月9日 - )は、日本の法学者、最高裁判所判事(弁護士出身)。法政大学名誉教授。元法務省法制審議会民法(債権関係)部会幹事。元日本弁護士連合会司法制度調査会委員長。専門は民法、特に債権法。学位は博士(法学)(京都大学)。 東京都葛飾区生まれ。埼玉県立春日部高等学校を経て、1982年に法政大学法学部法律学科を卒業。大学在学中は民法学を専門としていた下森定教授(のちに第15代法政大学総長)のゼミナールに参加。なお、東京高等裁判所部総括判事の木納敏和はゼミの1年後輩にあたる。 1988年に弁護士登録(東京弁護士会)を行い、その2年後の1990年には法政大学法学部兼任講師を務めた。
大野 修作(おおの しゅうさく、1951年4月 - )は、日… 大野 修作(おおの しゅうさく、1951年4月 - )は、日本の漢文学・書道学者。元京都女子大学文学部教授。書法漢学研究会理事長。近畿漢詩連盟会長。 埼玉県生まれ。1970年埼玉県立春日部高等学校卒。京都大学文学部中国文学科卒、同大学院博士課程満期退学、2000年「書論を中心に見た中国文学芸術研究」で文学博士。鹿児島大学助教授、京都女子大学助教授、教授。退職して現職。
田口 文章(たぐち ふみあき、1937年5月18日 -201… 田口 文章(たぐち ふみあき、1937年5月18日 -2011年9月11日 )は、日本の生物学者。 埼玉県出身、埼玉県立春日部高校卒。1959年北里衛生科学専門学院卒業、1965年ペンシルベニア大学教養学部微生物学科卒業。北里大学衛生学部微生物学教室助手を経て、1977年に同大学衛生学部教授となった。アメリカ合衆国のウイスター研究所、フランスのパスツール研究所、ドイツのロベルト・コッホ研究所などへ留学し、1979年同大学院教授を併任。2003年より同名誉教授、微生物管理機構理事長となった。H2J株式会社取締役、特定非営利活動法人燃料電池・水素エネルギーネットワークの顧問などを勤める。 シロアリから分離させた水素生成菌やパンダの糞から分離した廃棄物処理菌など、地球環境へ配慮した微生物の有効利用研究の第一人者として知られ、2009年10月1日、同研究でイグノーベル賞・生物学賞を受賞した。
村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )… 村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )は、日本の古典中国文学者、早稲田大学名誉教授。日本詩経学会会長・日本中国学会顧問・斯文会参与。専門は中国古典学(特に詩経学)漢文学、江戸・明治漢学。
奥貫 一男(おくぬき かずお、1907年(明治40年)1月2… 奥貫 一男(おくぬき かずお、1907年(明治40年)1月25日 - 1999年(平成11年)5月29日)は、日本の生化学者。大阪大学名誉教授。位階は正四位。 埼玉県に生まれる。旧制埼玉県立粕壁中学校、旧制山形高等学校を経て、東京帝国大学理学部に入学。1929年(昭和4年)に卒業後は徳川生物学研究所に入所し同所の研究員として活動した。その後は柴田桂太が主催した岩田植物生理学研究所に入り、後にわかもと製薬創業者の長尾欽弥が設立した長尾研究所に転勤する。 第二次世界大戦後の1949年(昭和24年)には大阪大学の教授となり、同大学で教鞭を執る傍らでミトコンドリアの電子伝達系や生体の酸化還元反応等主に細胞呼吸の仕組みの研究に携わった。
金澤 理康(かなざわ まさやす、1903年(明治36年)3月… 金澤 理康(かなざわ まさやす、1903年(明治36年)3月28日 - 1948年(昭和23年)1月17日)は、日本の法学者。早稲田大学教授。専門は日本法制史、西洋法制史、英国法。 1903年3月28日、埼玉県北葛飾郡吉田村(現・幸手町)において、金澤理三郎・あゑの長男として生まれる。吉田小学校尋常科、粕壁中学校、第一早稲田高等学院文科を経て、1926年3月に早稲田大学法学部英法科を卒業する。 1926年4月から早稲田大学法学部大学院に進学して法制史を専攻し、早稲田大学法学部の助手となる。論文『明治初期に於ける消費貸借法の変遷』により学会デビューを果たす。同年、文官高等試験司法科に合格する。 1931年5月から早稲田大学在学研究員として、ルプレヒト・カール大学ハイデルベルク、フンボルト大学ベルリン、ロストック大学に留学し、西洋法制史を研究する。
金子 丑之助(かねこ うしのすけ、1903年(明治36年) … 金子 丑之助(かねこ うしのすけ、1903年(明治36年) - 1983年(昭和58年))は、日本の医学者、解剖学者。日本医科大学名誉教授、埼玉医科大学教授。解剖学の権威として知られた。1977年、勲三等瑞宝章受賞、松伏町初代名誉町民。 埼玉県北葛飾郡金杉村(現・松伏町)出身。埼玉県立粕壁中学校(現・埼玉県立春日部高等学校)を大正10年に卒業した後、日本医科大学に入学。1928年 日本医科大学専門部卒業。東京帝国大学解剖学教室に入室。1929年から1931年日本歯科医専教授。1929年昭和医専教授。1930年日本医科大学講師、1936年助教授。1944年教授。1971年定年退職。その後1975年-1978年に埼玉医科大学の教授も務めた。