スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
菊池 哲男(きくち てつお、1961年 - )は、日本の山岳… 菊池 哲男(きくち てつお、1961年 - )は、日本の山岳写真家。写真集を始め、山岳雑誌・写真雑誌への作品掲載や写真展を開催。ライターとしても執筆活動を行い、写真教室の講師やアウトドアメーカーのアドバイザーも務める。2001年には月刊誌『山と溪谷』の表紙撮影を年間通して担当した。 1961年、東京都生まれ。東京都立上野高等学校を経て、立教大学理学部物理学科を卒業。絵画を好きになった影響から14歳から独学で写真を学ぶ。20歳の頃から山岳写真に傾倒する。 カメラマン兼ライターとして雑誌の同行取材や個人の作家として撮りためた作品を『山と渓谷』、『岳人』などの山岳専門誌やカレンダー、ポスターなどに発表する。
荒木 経惟(あらき のぶよし、1940年〈昭和15年〉5月2… 荒木 経惟(あらき のぶよし、1940年〈昭和15年〉5月25日 - )は、日本の写真家、現代美術家。「アラーキー」の愛称で知られ、丸い縁の黒めがねをトレードマークとする。 父の長太郎は下駄職人で、アウトローというわけではなかったが若気の至りで刺青を入れていた。長太郎は近所でも有名なアマチュアカメラマンとしても活躍し、荒木がカメラマンになるきっかけを与えた。生家の近所に位置する「投げ込み寺」として有名な浄閑寺が、彼の死生観を決定付けたと語っている。 高校時代からカメラ雑誌やオートバイ雑誌への写真投稿を始め、本人曰く「大学の学費は全て写真投稿による賞金で賄った」という。大学は「写真をやっているところ」として日本大学芸術学部、写真短期大学(現・東京工芸大学)、千葉大の3つが候補に上がったが「国立なので学費が安い」ということで千葉大を選んだ。
野上 透(のがみ とおる、1935年〈昭和10年〉- 200… 野上 透(のがみ とおる、1935年〈昭和10年〉- 2002年〈平成14年〉)は、日本の写真家。本名は、根岸 秀廸(ねぎし ひでみち)。 1935年(昭和10年)、東京都台東区に生まれる。1958年(昭和33年)、日本大学芸術学部写真学科を卒業後、講談社へ入社。1964年(昭和39年)にフリーランスとなる。文士をはじめ、各界で活躍する人々の人物写真、報道写真、ルポルタージュ等を撮影。1977年(昭和52年)、第8回講談社出版文化賞を受賞。女子美術大学、NHK文化センターの講師を務める。2002年(平成14年)、死去。 作品は東京都写真美術館、JCIIフォトサロン、日本写真保存センター、日本大学芸術学部、横浜市民ギャラリーなどに収蔵されている。
桑原 甲子雄(くわばら きねお、1913年〈大正2年〉12月… 桑原 甲子雄(くわばら きねお、1913年〈大正2年〉12月9日 - 2007年〈平成19年〉12月10日)は、日本の写真家、写真評論家、編集者。 東京府東京市下谷車坂町(現東京都台東区東上野)に生まれる。濱谷浩とは幼なじみ。1926年に東京市立第二中学校(現都立上野高校)入学。1931年の卒業後、体をこわし進学を断念。家業の質屋を手伝うが商売が厭わしく、同じ町内に住んでいた濱谷の影響もあって、中古のベスト・ポケット・コダックを手に入れ写真を撮りはじめる。1934年にはライカI(C)型をフォーディス距離計付きで父親に200円で買ってもらい、アマチュア写真家として活発に活動を始め、1934年のうちに浅沼商会発行の写真雑誌『写真新報』主催、シュミット商会協賛のライカ作品公募コンクール第2回の特賞を獲得している。