スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松山 真之(まつやま まさゆき、2000年8月18日 - )… 松山 真之(まつやま まさゆき、2000年8月18日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学校1年生の時に野球を始め、中学校では軟式野球部に所属した。 高校は東京都立第四商業高等学校に進学。夏の西東京大会では3年連続初戦敗退するなど、全国大会への出場はなかった。 高校卒業後は就職予定であったが、就職活動に失敗したため、BCリーグのトライアウトを受験。富山GRNサンダーバーズに合格し、入団した。背番号は19。 富山では中継ぎを中心として23試合に登板し、0勝2敗1セーブ、防御率4.74を記録。高校時代のストレートの最速は138km/hであったが、富山では最速147km/hを記録した。
六代目 古今亭 志ん橋(ここんてい しんきょう、1944年8… 六代目 古今亭 志ん橋(ここんてい しんきょう、1944年8月17日 - 2023年10月8日)は、東京都墨田区江東橋出身の落語家。本名∶小椋 幸彦。落語協会所属。出囃子は「大拍子」。 東京都立第四商業高等学校卒業後ガソリンスタンドに勤務。 1969年1月、三代目古今亭志ん朝に入門。1972年10月に前座となる、前座名「古今亭志ん太」。 1975年5月、蝶花楼花蝶、立川談生、林家源平、立川小談志と共に二ツ目昇進。 1982年12月に初代古今亭志ん五、七代目三遊亭圓好、四代目吉原朝馬、春風亭一朝、三代目三遊亭小金馬、柳家せん八、立川談生、立川左談次、六代目立川ぜん馬と共に真打昇進。六代目古今亭志ん橋を襲名。
森田 次夫(もりた つぐお、1937年4月11日 - 202… 森田 次夫(もりた つぐお、1937年4月11日 - 2020年4月2日)は、日本の政治家、元参議院議員(1期)。 東京都出身。1956年東京都立第四商業高等学校卒。1957年日本遺族会に入り、同事務局長を経て、1994年専務理事になる。1998年の第18回参議院議員通常選挙で自民党から比例区に立候補して当選。2000年日本遺族会副会長に就任。2002年の第1次小泉第1次改造内閣で厚生労働政務官に就任。2004年の第20回参議院議員通常選挙に立候補せず政界から引退。2006年に靖国神社総代に就任。 2012年から日本遺族会の会長代行を務めた。 2020年4月2日、膵臓がんのため、東京都内で死去。
関根 信昭(せきね のぶあき、1934年〈昭和9年〉1月1日… 関根 信昭(せきね のぶあき、1934年〈昭和9年〉1月1日 - 2021年〈令和3年〉11月20日)は、日本の声優、俳優。東京府(現・東京都)出身。81プロデュース最終所属。 東京都立第四商業高等学校出身で高校の演劇部の後輩には富田耕生、古川登志夫がいる。 母校に通って来て、セット、小道具などの作り方を熱心に指導していた。 NHKの俳優養成所の研究生を経て、東京放送劇団5期生。 初仕事は刑事物のドラマの脱獄した犯人役の足だった。 1966年5月から日本点字図書館の朗読奉仕者をしていた。 同放送劇団解散後、関根が図書館の朗読奉仕者をしていたことを知っていた人物から「こういう仕事なんだが、やってくれないだろうか」と打診が来たのが副音声だった。
樫尾 幸雄(かしお ゆきお、1930年(昭和5年)11月29… 樫尾 幸雄(かしお ゆきお、1930年(昭和5年)11月29日 - )は、日本の実業家。カシオ計算機創業メンバーの「樫尾四兄弟」の一人(末弟)。四兄弟の役割分担では主に生産面を統括し、カシオミニのヒットに貢献。カシオ計算機副社長、特別顧問を歴任した。 東京都出身。東京都立第四商業学校を経て、1949年に日本大学専門部機械科を卒業。1957年、カシオ計算機兄弟とともに創業メンバーとなる。 カシオ計算機では、カシオの名を広めた世界初の個人向け電卓であるカシオミニの生産、デジタル式腕時計のG-SHOCKやデジタルカメラを一般化させたQV-10の生産にも関与し、カシオ計算機を世界的メーカーに育て上げる一翼を担った。
富田 耕生 は、日本の声優、俳優。生前はぷろだくしょんバオバ… 富田 耕生 は、日本の声優、俳優。生前はぷろだくしょんバオバブに所属。1969年頃までは本名で活動していた。
小原 博(こはら ひろし、(1946年 - )は、日本の経営… 小原 博(こはら ひろし、(1946年 - )は、日本の経営学者・マーケティング学者。拓殖大学名誉教授。博士(商学)。マーケティング史学会初代会長、日本商業学会名誉会員。 マーケティング史、マーケティング学説史等、マーケティングに関する歴史的研究のリーダーの一人。 東京都板橋区生まれ。東京都立第四商業高等学校、拓殖大学商学部経営学科卒業。同大学院商学研究科、博士課程単位取得満期退学(中西寅雄の最後の門下)。拓殖大学商学部教授、商学部経営学科長、経営経理研究所長、図書館長、大学院商学研究科委員長、拓殖大学評議員を歴任。その間、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、慶應義塾大学商学部講師(マーケティング史担当)、神奈川大学経済学部講師(マーケティング担当)なども務めた。