阿以田 治修(あいだ じしゅう、1894年(明治27年)11… 阿以田 治修(あいだ じしゅう、1894年(明治27年)11月16日 - 1971年(昭和46年)2月15日)は、大正-昭和期の日本の洋画家。本名は会田 治修 。 東京府生まれ。私立郁文館卒。 自身のアトリエで洋画を描き始め、1914年(大正3年)太平洋洋画会研究所に入り、満谷国四郎に師事。1919年(大正8年)二科会に初入選を果たし、1922年(大正11年)からヨーロッパへ留学。フランスでロジェ・ビシエールに学んだほかイタリアやスペインにも渡った。 帰国後、1925年(大正14年)の第6回帝展に「読書するイボンヌ」を出品し、入選。さらに、1926年より第7回から9回までの帝展にて「髪」、「画房小閑」、「部屋つづき」が3年連続で特選に選ばれた。
