スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
日置 貴之(ひおき たかゆき、1987年1月1日 - )は、… 日置 貴之(ひおき たかゆき、1987年1月1日 - )は、日本の演劇研究者。明治大学情報コミュニケーション学部准教授。専門は幕末・明治期を中心とした日本演劇。 2020年東京オリンピック開閉会式のエグゼクティブプロデューサーを務めた日置貴之は同姓同名の別人。 東京都生まれ。武蔵高等学校中学校、早稲田大学第一文学部総合人文学科演劇映像専修卒業。2014年、東京大学大学院人文社会系研究科日本文化研究専攻日本語日本文学研究分野博士課程修了、「明治維新期歌舞伎研究 :江戸からの継承と断絶」で博士(文学)の学位を取得。 2013年、第3回日本学術振興会育志賞を受賞。2016年に刊行した『変貌する時代のなかの歌舞伎 - 幕末・明治期歌舞伎史』で、2017年に第49回河竹賞奨励賞(日本演劇学会)、第15回林屋辰三郎藝能史研究奨励賞(藝能史研究会)を受賞。
高野 光平(こうの こうへい、1972年3月14日 - )は… 高野 光平(こうの こうへい、1972年3月14日 - )は、日本の文化・メディア研究者、茨城大学人文社会科学部教授。 東京大学文学部卒業後、電通勤務を経て、東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻博士課程修了。同研究科助手、茨城大学人文学部講師、同准教授を経て現職。専門はメディア史、戦後日本文化史、文化資源学。 2020年から2024年まで文化資源学会会長。 外部リンク(researchmap)を参照
王寺 賢太(おうじ けんた、1970年 - )は、日本のフラ… 王寺 賢太(おうじ けんた、1970年 - )は、日本のフランス文学・思想研究者、東京大学教授。専門は、ルソー、モンテスキュー、ディドロなどの18世紀フランス思想。また、アルチュセール、フーコーなどの20世紀思想についても論じる。 ドイツ連邦共和国(西ドイツ)デュッセルドルフ生まれ、北九州市八幡に育つ。父親は新日本製鐵(現:日本製鉄)の元副社長である王寺睦滿。武蔵高等学校卒、1992年東京大学文学部仏語仏文学専修課程卒業。1993年ストラスブール第2大学大学院修士課程(近代文学)入学。1995年パリ第7大学高等研究課程修了。1996年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。2000年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。
北川 達夫(きたがわ たつお、1966年 - )は、日本の元… 北川 達夫(きたがわ たつお、1966年 - )は、日本の元外交官、研究者。 OECD生徒の学習到達度調査(PISA)2009読解力調査国内専門委員。日本教育大学院大学客員教授。星槎大学客員教授。横浜国立大学大学院理工学府非常勤講師。(公財)文字・活字文化推進機構調査研究委員。 武蔵中学校・高等学校を経て早稲田大学法学部卒業後、ヘルシンキ大学歴史言語学部・発達教育学部等に留学。その後外務省に入省。 1991-98年在フィンランド日本国大使館在勤・在エストニア日本国大使館兼勤を経て退官。
関口 智嗣(せきぐち さとし、1959年 - )は並列処理研… 関口 智嗣(せきぐち さとし、1959年 - )は並列処理研究者。 1978年私立武蔵高校卒業。1982年東京大学理学部情報科学科卒業。1984年筑波大学大学院修士課程理工学研究科修了。2011年東京大学大学院情報理工学研究科博士後期課程修了。博士(情報理工学)。博士論文名 「科学技術計算用高次グリッドミドルウェア研究」。 産業技術総合研究所グリッド研究センター長、情報技術研究部門長を経て、理事。 グリッド協議会会長。情報処理学会理事。市村賞、文部科学大臣表彰、情報処理学会論文賞受賞。 主な業績は、データ駆動型スーパーコンピュータSIGMA-1、データフローC、ネットワーク数値情報ライブラリ (Ninf)、地球観測グリッド(GEO Grid)。
荻野 弘之(おぎの ひろゆき、1957年 - )は、日本の哲… 荻野 弘之(おぎの ひろゆき、1957年 - )は、日本の哲学研究者、上智大学文学部教授。西洋古代哲学、教父哲学専攻。 東京生まれ。1981年東京大学文学部哲学科卒業、1985年同大学院博士課程中退。1985年東京大学教養学部助手、1988年東京女子大学専任講師、1991年助教授、上智大学文学部哲学科助教授、1999年教授。上智大学中世思想研究所長。英国オクスフォード大学客員研究員。
浅見 和彦(あさみ かずひこ、1947年11月4日 - )は… 浅見 和彦(あさみ かずひこ、1947年11月4日 - )は、日本の中世日本文学研究者。成蹊大学名誉教授。中世文学専攻。地域文化論、環境日本学についても提唱している。 東京都出身。東京大学文学部国文科卒、同大学院博士課程満期退学。武蔵高等学校教諭を経て、1976年、成蹊大学文学部日本文学科専任講師。助教授、教授。2013年退職。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )… 小島 孝之(こじま たかゆき、1943年10月16日 - )は、中世日本文学研究者。文学博士(東京大学・論文博士・1999年)(学位論文『中世説話集の研究』)。東京大学名誉教授。 東京都立川市生まれ。1972年、東京大学文学部国語国文学専修卒業、1975年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、1977年、同大学大学院博士課程中退。 1975年、武蔵高等学校教諭、1977年、実践女子大学専任講師、1980年、立教大学文学部助教授、1987年同大学教授を経て、1994年、東京大学文学部教授。1999年『中世説話集の研究』で文学博士(東京大学)の学位を取得。2006年、定年退職、名誉教授。同年4月、成城大学文芸学部教授。
渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日… 渡部芳紀(わたべ よしのり、1940年9月12日- )は、日本文学研究者、中央大学名誉教授。宮沢賢治、太宰治、石川啄木など日本近代文学を専門とする。2020年瑞宝中綬章受章。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、1971年同大学院人文科学研究科博士課程満期退学。1967年武蔵高等学校教諭、1971年立正大学教養部専任講師、1975年助教授、1976年中央大学文学部助教授、1984年教授。1986年日本近代文学会評議員。2011年定年退任、名誉教授。退任後は岩手県下閉伊郡山田町に移住した。2020年春、瑞宝中綬章受章。 妻の渡部紀子は芹沢光治良の研究者。
原島 文雄(はらしま ふみお、1940年2月3日 - )は、… 原島 文雄(はらしま ふみお、1940年2月3日 - )は、電気工学、制御工学、ロボット工学を専門とする日本の教育研究者。東京大学工学博士。東京大学生産技術研究所で所長を務め、東京都立科学技術大学、東京電機大学、首都大学東京では学長を務めた。学会活動では多くの国際会議を主導し、IEEE総務副会長、電気学会会長なども歴任。複数の「Harashima Award」に名を残す。 東京大学、東京都立科学技術大学、東京電機大学の名誉教授、2015年瑞宝重光章受勲。 原島は1967年頃からパワーエレクトロニクスや制御工学、メカトロニクスに関する研究を実施、学生の興味から1980年頃よりロボット工学にも発展する。
桜井 毅(さくらい つよし、1931年7月13日 - )は、… 桜井 毅(さくらい つよし、1931年7月13日 - )は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。武蔵大学名誉教授。経済学博士。「櫻井毅」とも表記することがある。 1931年7月13日生まれ、東京市(現・東京都)出身。武蔵中学校・高等学校、武蔵大学経済学部卒業。東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。1961年、武蔵大学助手。1967年、博士論文「生産価格論研究」により、東京大学から経済学博士の学位を受ける。1968年、武蔵大学経済学部教授。1992年、武蔵大学長に就任し2000年まで勤めた。2000年、同大学名誉教授の称号を受ける。 日本の代表的なマルクス経済学者である宇野弘蔵に師事し、桜井の生産価格の理論は、宇野経済学の原理論と呼ばれる分野に大きな影響を与えた。
祖父江 昭二(そふえ しょうじ、1927年9月3日 - 20… 祖父江 昭二(そふえ しょうじ、1927年9月3日 - 2012年1月15日)は、日本近代文学・演劇の研究者。 兵庫県出身、愛知県名古屋市で育つ。武蔵高等学校卒、1952年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1957年同大学文学部大学院(旧制)修了。1960-1965年東京都立戸山高等学校講師。和光大学助教授、教授を務め、1997年定年となり名誉教授。劇団民藝顧問。
関 楠生(せき くすお、1924年7月15日 - 2014年… 関 楠生(せき くすお、1924年7月15日 - 2014年7月3日)は、日本のドイツ文学者、超常現象研究者。東京大学・獨協大学名誉教授。正四位、瑞宝中綬章。 1924年、ドイツ文学者・関泰祐の任地であった静岡県で生まれた。旧制武蔵高等学校を経て、東京大学独文科に進学。1946年に卒業。 卒業後は教員となり、松本高等学校講師、水戸高等学校教授を務めた。1950年、千葉大学助教授に就いた。1952年、東京学芸大学助教授に転じた。1954年より1955年まで、ドイツ・ミュンヘン大学に留学し、帰国後の1956年に武蔵中学校・高等学校講師となった(1965年まで)。 1959年、東京大学教養学部助教授に就いた。