スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
羽田 圭介(はだ けいすけ、1985年〈昭和60年〉10月1… 羽田 圭介(はだ けいすけ、1985年〈昭和60年〉10月19日 - )は、日本の小説家。東京都生まれ。明治大学商学部卒業。 幼少時に交通事故に遭い自動車に轢かれたが、奇跡的に命が助かったという経験を持つ。高校時代は毎日放課後に40km、自転車で走りトレーニングをしていた。自転車で北海道まで走破したこともある。将来の夢として自転車の実業団選手を目指しており、ツール・ド・フランスに出場する事を真剣に考えていた。 明治大学付属明治高等学校在学中の2003年、高校生と中学生の兄弟が憎み合い、「家庭内ストーキング」を繰り返すさまを独特の表現で描いた「黒冷水」で第40回文藝賞を受賞。17歳での文藝賞受賞は堀田あけみ、綿矢りさと並んで当時3人目で、当時最年少だった。
近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )… 近藤 唯之(こんどう ただゆき、1930年5月10日 - )は、日本のスポーツライター、コラムニスト、ノンフィクション作家、野球評論家。 左官職人の長男として東京都の本郷に出生、6歳から野球を始めた。旧制明治中学校では硬式野球部に所属し島岡吉郎監督の指導を受けるも、右肺の弱さから試合出場経験はなし。その後、明治大学法学部へ進学。島岡の薦めにより野球のプレーは諦め、書く方にまわろうとグラウンドに顔を出して野球観戦をした。卒業後の1953年4月に報知新聞社に入社し、同新聞(現:スポーツ報知)のスポーツ記者となる。1956年に朝刊の発行を始めた東京新聞にスカウトされて移籍。毎日の戦評と野球コラム「金曜放談」を署名入りで執筆。
日影 丈吉(ひかげ じょうきち、1908年6月12日 - 1… 日影 丈吉(ひかげ じょうきち、1908年6月12日 - 1991年9月22日)は、日本の小説家、推理作家、翻訳家。東京府東京市深川区(現在の東京都江東区)出身。本名は片岡十一。幻想的な作風で、代表作として長篇小説「真赤な子犬」「内部の真実」「応家の人々」、短篇小説「猫の泉」「吸血鬼」、探偵右京慎策の活躍するハイカラ右京シリーズなど。 1908年(明治41年)に東京府東京市深川区深川木場町(現在の東京都江東区木場一丁目)で、魚問屋の父と魚小売商の母の間に第三子として生まれる。4歳の時に父が亡くなり、その魚問屋のあった日本橋に移る。1917年に深川に戻り、神田の明治中学に入学、中学時代は金剛社の探偵小説の叢書を愛読し、『童話』誌に投稿して入選したこともあった。
荒木 巍(あらき たかし、1905年10月6日 - 1950… 荒木 巍(あらき たかし、1905年10月6日 - 1950年6月4日)は、日本の作家。本名・下村是隆(ぜりゅう)。他の筆名に下村 恭介。 東京府東京市浅草区浅草永住町(現在の東京都台東区元浅草)生まれ。東京帝国大学支那文学科卒業。 1933年「その一つのもの」が『改造』の懸賞に当選。同年高見順らと『日暦』を創刊、1936年武田麟太郎主宰の『人民文庫』の創刊に参加した。
山手 樹一郎(やまて きいちろう、1899年〈明治32年〉2… 山手 樹一郎(やまて きいちろう、1899年〈明治32年〉2月11日 - 1978年〈昭和53年〉3月16日)は、日本の小説家。栃木県出身。初め編集者として活動し、時代小説作家に転身。明朗爽快な作風で支持を得た。 栃木県那須郡黒磯町生まれ。父親が鉄道員として黒磯駅に勤務していた当時に生まれた。本名は井口長次。旧制明治中学校卒業。 小学新報社『少女号』の編集者を経て、博文館に入社。『講談雑誌』編集長、『少年少女譚海』編集長をつとめる。1932年頃より兼業作家となり、1939年より専業作家。前後して長谷川伸の門下。翌年より新聞連載した「桃太郎侍」で人気を得る。1944年、「獄中記」「檻送記」「蟄居記」の三部作(のち『崋山と長英』として出版)で第4回野間文芸奨励賞を受賞。