スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
岩谷 十郎(いわたに じゅうろう、1961年1月3日 - )… 岩谷 十郎(いわたに じゅうろう、1961年1月3日 - )は、日本の法学者(日本法制史・法文化論)。慶應義塾大学教授・副学長。 1961年東京都生まれ。1977年慶應義塾普通部卒業。1980年慶應義塾高等学校卒業。1984年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1989年慶應義塾大学大学院法学研究科単位取得退学。学部・大学院を通じて向井健に師事。また森征一、霞信彦の指導を受ける。 1989年、慶應義塾大学法学部専任講師。1992年、同助教授。2001年、同教授。また、2012年に慶應義塾福澤研究センター所長(-2015年10月まで)、2015年から2021年まで慶應義塾大学法学部長・法学研究科委員長を務めた。
川島 幸希(かわしま こうき、1960年12月21日 - )… 川島 幸希(かわしま こうき、1960年12月21日 - )は、日本近代文学研究者、古書収集家。学校法人秀明学園理事長、秀明大学名誉学長。旧姓は引田。 東京都生まれ。父の実家は群馬県高崎市だった。慶應義塾高等学校を経て、東京大学文学部を卒業した。卒業後、約2年間中曽根康弘の秘書を務めた経験を持つ。 秀明学園中学校、高校の校長を経て秀明大学教授。2024年3月まで秀明大学学長。日本近代文学初版本の蒐集家で研究家。2019年の報道では、初版本蒐集はすでに「引退した」と述べている。 2021年12月に前橋文学館に萩原朔太郎の第一詩集『月に吠える』の初版無削除版を寄贈。2022年1月から同館で一般向けに公開された。
千住 明(せんじゅ あきら、1960年10月21日 - )は… 千住 明(せんじゅ あきら、1960年10月21日 - )は、日本の作曲家・編曲家・音楽プロデューサー。タレントとしても幅広く活躍している。血液型はAB型。
福田 和也(ふくだ かずや、1960年(昭和35年)10月9… 福田 和也(ふくだ かずや、1960年(昭和35年)10月9日 - )は、日本の文芸評論家。慶應義塾大学環境情報学部教授。株式会社BSフジ番組審議会委員。
松野 頼久(まつの よりひさ、1960年9月19日 - )は… 松野 頼久(まつの よりひさ、1960年9月19日 - )は、日本の政治家。民進党所属の衆議院議員(6期)、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員長。
梅田 望夫 (うめだ もちお、1960年8月30日 - )は… 梅田 望夫 (うめだ もちお、1960年8月30日 - )は、アメリカ合衆国を拠点に事業を行っている日本人IT企業経営コンサルタントである。 父は劇作家の梅田晴夫、妹は脚本家の梅田みか。1960年、東京都生まれ。1990年代後半よりアメリカ・シリコンバレーでIT事業に携わっており、日本のコンピュータ関連企業の起業家に対する支援や、マネジメント・コンサルティングを行っている。2006年には著書『ウェブ進化論』でパピルス賞を受賞した。ミューズ・アソシエイツ(カリフォルニア州ロスアルトス)社長。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学工学部電気工学科を卒業。有機化学者の友岡克彦は幼稚舎時代からの親友。
猿谷紀郎(さるや としろう、1960年7月26日 - )は、… 猿谷紀郎(さるや としろう、1960年7月26日 - )は、日本の作曲家。大阪教育大学准教授。 東京学芸大学教育学部附属世田谷中学校、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。 東京都出身。1982年、慶應義塾大学法学部卒業後、ジュリアード音楽院作曲科に。ヴィンセント・パーシケッティ、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ、オリヴァー・ナッセンに学ぶ。2000年、大阪教育大学音楽教育講座助教授(現・准教授)に就任。 八ヶ岳高原音楽祭では、武満徹が企画構成に関わっていた同音楽祭の音楽監督を1997年に務めた。また、ヘンツェのオペラ《午後の曳航》日本語版初演を監修し、この上演は2006年にザルツブルク音楽祭でも取り上げられた。
小倉 康嗣(おぐら こうじ、1960年5月28日 - )は、… 小倉 康嗣(おぐら こうじ、1960年5月28日 - )は、日本の実業家。元ヤマト運輸代表取締役社長。東京都出身。 父は宅急便の創設者である小倉昌男、父方の祖父は大和運輸(当時)創業者の小倉康臣。
小山 剛(こやま ごう、1960年4月18日 - )は、日本… 小山 剛(こやま ごう、1960年4月18日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、博士(法学)(慶應義塾大学・論文博士・2005年)(学位論文「基本権の内容形成―立法による憲法価値の実現」)。慶應義塾大学法学部教授。 門下生に上代 庸平(明治学院大学教授)、石塚 壮太郎(慶應義塾大学教授)らがいる。
水島 正幸(みずしま まさゆき、1960年3月8日 - )は… 水島 正幸(みずしま まさゆき、1960年3月8日 - )は、日本の実業家。博報堂DYホールディングス取締役会長兼博報堂取締役会長。 東京都出身。慶應義塾普通部・慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学法学部卒業。大学時代は水上スキー倶楽部(現・慶應義塾体育会水上スキー部)に所属。 1982年博報堂入社。2005年第六営業局長。2012年営業統括局長。2013年執行役員営業統括局長。2014年執行役員経営企画局長兼事業投資戦略室長。2015取締役執行役員経営企画局長兼事業投資戦略室長。2016年取締役常務執行役員営業統括局長。2017年4月代表取締役社長兼博報堂DYホールディングス取締役に就任。2019年代表取締役社長。
河森 正治(かわもり しょうじ、1960年2月20日 - )… 河森 正治(かわもり しょうじ、1960年2月20日 - )は、日本のメカニックデザイナー、アニメーション監督・演出家。富山県東礪波郡平村(現南砺市)生まれ。株式会社Vector Vision所属、株式会社サテライト特別顧問。 監督としての代表作は「マクロスシリーズ」「アクエリオンシリーズ」など。おもなメカニックデザインとしては「マクロスシリーズ」の可変戦闘機(バルキリー)や、「新世紀GPXサイバーフォーミュラシリーズ」のサイバーフォーミュラ、「エウレカセブンシリーズ」のLFO、ゲーム「アーマード・コアシリーズ」のアーマード・コアなどがある。 1980年代初頭のアニメブーム期に、アニメファン世代の大学生デザイナーとして頭角を現す。
中村 時広(なかむら ときひろ、1960年〈昭和35年〉1月… 中村 時広(なかむら ときひろ、1960年〈昭和35年〉1月25日 - )は、日本の政治家。愛媛県知事(公選第17・18・19・20代)。無所属。 松山市長(第27・28・29代)、衆議院議員(1期)、愛媛県議会議員(1期)を歴任。元松山市長の中村時雄は父。 愛媛県松山市生まれ。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1982年、三菱商事に入社し、燃料部に配属される。 1987年に愛媛県議会議員選挙で立候補し、初当選した。1990年に1期目の任期途中で愛媛県議を辞職し、第39回衆議院議員総選挙に旧愛媛1区(定数3)から無所属で立候補したが、得票数5位で落選した。
大堀 壽夫(おおほり としお、1960年- )は、日本の言語… 大堀 壽夫(おおほり としお、1960年- )は、日本の言語学者。 東京都出身。慶應義塾高等学校卒、1982年慶應義塾大学文学部英米文学専攻卒、1984年同大学院修士課程修了、1992年カリフォルニア大学バークレー校言語学科修了Ph.D.。1994年東京大学教養学部助教授、2007年同大学院総合文化研究科言語情報科学専攻准教授、2011年教授。2018年慶應義塾大学環境情報学部教授。2026年東京大学名誉教授。
小尾 晋之介(おび しんのすけ、1960年 - )は、日本の… 小尾 晋之介(おび しんのすけ、1960年 - )は、日本の流体工学者。慶應義塾大学理工学部教授。工学博士。 慶應義塾高等学校卒業(1979年)、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業(1983年)、慶應義塾大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了(1986年)。工学博士(1991年取得・エアランゲン大学)。慶應義塾大学理工学部機械工学科教授。国際センター所長。 研究分野は、乱流現象の予測、計測、制御を始めとした流体運動。希薄気体力学など、ナビエ–ストークス方程式では扱うことのできない問題にも研究対象を拡大している。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
松田 孝裕(まつだ たかひろ、1960年 - )は、投資家、… 松田 孝裕(まつだ たかひろ、1960年 - )は、投資家、 営業プロセス改革の提唱者、マーケッター。元ソフトブレーン株式会社(東証一部上場)代表取締役社長。富士通出身。富士通時代は39歳で営業部長就任。2003年ソフトブレーン株式会社入社、2004年取締役副社長、2005年代表取締役社長。趣味はゴルフ、テニス、マラソン、音楽鑑賞、楽器演奏等。コムチュアマーケティング株式会社代表取締役社長、株式会社エアウィーヴ代表取締役社長、ロフテー株式会社代表取締役社長、ティ・エムコンサルティング株式会社代表取締役社長株式会社バルクホールディングス取締役、サイバージム日本代表 慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校卒業後、1979年慶應義塾大学経済学部入学、1983年慶應義塾大学経済学部卒業、大学時代は、マンドリンクラブのコンサートマスターであり、100人のオーケストラとともに、国内・海外で数多くの演奏会で活躍する。
犬丸 治(いぬまる おさむ、1959年12月29日 - )は… 犬丸 治(いぬまる おさむ、1959年12月29日 - )は、日本の歌舞伎評論家。犬丸徹三の孫。 東京都生まれ。祖父は帝国ホテル社長の犬丸徹三、父は犬丸一郎。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、1982年慶應義塾大学経済学部卒業。 TBSに入社、ラジオニュース部から報道局社会部。社会部当時宮内庁詰め記者(宮内記者会)として、昭和天皇報道に携わる。 その後、テレビ営業・ネットワーク部・マーケティング部・経理部・宣伝部・審査部兼番組審議会事務局を経て、TBSテレビ編成考査局番組考査部・部長。そのかたわら歌舞伎研究者として活動する。日本ペンクラブ会員。
鈴木 雄大(すずき ゆうだい、1959年12月29日 - )… 鈴木 雄大(すずき ゆうだい、1959年12月29日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家。 東京都新宿区出身。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。 幼少時よりピアノを習い、中学高校時代にギターを習得。 18歳の頃に音楽劇団「ミスタースリムカンパニー」のバックバンドに参加、劇団がポリスターと契約していた縁で1980年、シングル「ゴーン・ザ・サマー」でデビューする。しかしこの時は本格的なソロ活動には至らなかった。 慶應義塾大学卒業後の1982年、都倉俊一のプロデュースで東芝EMIよりシングル「19,600,000の悲しい夜と眩しい夢」とアルバム「FRIDAY NIGHT」を発売、正式デビュー(当時の事務所は都倉の経営していた「エスワン・カンパニー」)。
合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )… 合田 直弘(ごうだ なおひろ、1959年12月27日 - )は、日本の海外競馬評論家、解説者、レーシングジャーナリスト。東京都出身。 父親が競馬好きだったため、小さいころから週末に競馬中継をよく見ていた。中学受験を経て慶應義塾普通部(中学校)に進学すると馬術部に入部し、乗馬を始める。そのころに行った千葉新田牧場(閉鎖)や那須野牧場などにいた競走馬、雑誌『優駿』の記事、FENの放送などによって日本国外の競馬に興味を持ち始める(なお、千葉新田牧場の代表を務めた新田幸次郎は馬術部の同級生)。 慶應義塾高等学校を経て、1982年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、テレビ東京に入社。『土曜競馬中継』などの制作を担当した。
鳥山 雄司(、1959年12月5日 - )は、神奈川県藤沢市… 鳥山 雄司(、1959年12月5日 - )は、神奈川県藤沢市出身のギタリスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。1981年にデビュー。代表曲はTBSが放送する世界遺産テーマ曲「The Song of Life」。音楽ユニット・Pyramidメンバーとしても活動。 1959年 - 神奈川県藤沢市にて誕生。父親はギタリストで、自身も幼い頃からジャズやハワイアンに親しむ。小学生時代には、声楽・ピアノ・スティール・ギターを本格的に勉強。後に編曲家となる清水信之とは同級生で、当時クラスの男子でピアノを習っていたのは彼ら2人だけだったようである。 1981年、慶應義塾大学在学中、セルフプロデュースによるアルバム『take a break』でCanyon Internationalからメジャー・デビュー。
細野 不二彦(ほその ふじひこ、1959年12月2日 - )… 細野 不二彦(ほその ふじひこ、1959年12月2日 - )は、日本の漫画家。東京都大田区出身。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。
原田 則彦(はらだ のりひこ、1959年11月5日 - )は… 原田 則彦(はらだ のりひこ、1959年11月5日 - )は、日本のカーデザイナー・工業デザイナー。イタリアのカロッツェリアザガート(SZデザイン)のチーフデザイナーであり、「Nori Harada(ノリ ハラダ)」の名で知られる。東京都出身、イタリア在住。 慶應義塾普通部・慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、1985年よりアメリカのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに留学し、カーデザインについて学ぶ。同校卒業後、書き溜めたスケッチを持ってイタリアに渡り、1989年にI.DE.Aに採用される。 その後、上司のエルコーレ・スパーダに誘われ、ザガート・デザインセンターへ移籍。
佐藤誠一(さとう せいいち、1959年(昭和34年)10月3… 佐藤誠一(さとう せいいち、1959年(昭和34年)10月31日 - )は、日本の実業家。東京都渋谷区出身。学位は経営学修士(MBA)(バブソン大学、1985年(昭和60年))。佐藤製薬株式会社代表取締役社長、日本OTC医薬品協会会長、日本医薬品直販メーカー協議会副会長、アジア太平洋セルフメディケーション協会(APSMI)副会長を務める。世界セルフメディケーション協会(WSMI)アジア太平洋地域担当副会長(2005年(平成17年)~2015年(平成27年))、アジア太平洋セルフメディケーション協会(APSMI)会長(2010年(平成22年)~2012年(平成24年))を歴任した。 佐藤製薬株式会社創業者の佐藤幸吉の息子である父・進、母・仁子のもとに、1959年(昭和34年)長男として生まれる。
美樹本 晴彦(みきもと はるひこ、1959年8月28日 - … 美樹本 晴彦(みきもと はるひこ、1959年8月28日 - )は、日本のイラストレーター、キャラクターデザイナー、漫画家、アニメーター。本名は佐藤 晴彦(さとう はるひこ)。東京都出身。
大野木 寛(おおのぎ ひろし、1959年8月23日 - )は… 大野木 寛(おおのぎ ひろし、1959年8月23日 - )は、日本の脚本家。主にアニメの脚本を手掛ける。本名は山田 呈人(やまだ あきひと)。筆名は指輪物語「王の帰還」より取られた(おうのきかん→おおのきかん→大野木寛)もの。 慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学文学部国文学科を卒業し、『超時空要塞マクロス』第16話「カンフー・ダンディ」でプロデビュー。美樹本晴彦や河森正治、細野不二彦とは高校からの同窓生。 SFロボットアニメを中心に執筆するが、一方で『あたしンち』・『ドラえもん』といった生活ギャグアニメも手がける。数々のテレビアニメの脚本を手掛け、『地球少女アルジュナ』や『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST」等をはじめとしたアニメでもシリーズ構成を務めている。
唐島 夏生(からしま なつお、1959年8月17日 - )は… 唐島 夏生(からしま なつお、1959年8月17日 - )は、日本の実業家。株式会社エフエム東京代表取締役社長執行役員、株式会社ジャパンエフエムネットワーク代表取締役社長、東京メトロポリタンテレビジョン株式会社取締役副会長。 この他、株式会社インプレスホールディングス相談役、株式会社エフエム大阪取締役相談役、公益社団法人ACジャパン理事などを務めている。 株式会社エフエム東京の元アナウンサーで同社代表取締役会長、株式会社インプレスホールディングス代表取締役社長、株式会社エフエム大阪代表取締役会長を歴任した。 東京都豊島区出身。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業。1982年、エフエム東京に報道部のアナウンサーとして入社。
大野 泰正(おおの やすただ、1959年(昭和34年)5月3… 大野 泰正(おおの やすただ、1959年(昭和34年)5月31日 - )は、日本の政治家。 元参議院議員(2期)。国土交通大臣政務官(第3次安倍第2次改造内閣)、参議院内閣委員長、岐阜県議会議員(3期)を歴任。ゴルフクラブ開発を手がける上総観光開発(東京都中央区銀座)の顧問も務める。運輸大臣、労働大臣を務めた大野明の次男。 岐阜県山県市生まれ(現住所は羽島市福寿町千代田1丁目)。幼稚舎から大学まで一貫して慶應義塾で学ぶ。1982年(昭和57年)、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、全日本空輸に入社。1990年(平成2年)、父が第2次海部内閣で運輸大臣として入閣すると、秘書官に就任。1995年(平成7年)、父が参議院に鞍替えした後は、公設第一秘書を務めた。
岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉… 岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉4月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、防衛大臣(第21・22・23代)、内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)、参議院議員(2期)、衆議院外務委員長、外務副大臣、防衛大臣政務官、自民党外交部会長、衆議院安全保障委員長、自由民主党山口県支部連合会会長、日華議員懇談会幹事長を歴任した。初入閣は防衛大臣となったが、「国防族というよりは外交族」と言われ、主として外交関係のポストで地歩を築いてきた。 実父は外務大臣・内閣官房長官を歴任した安倍晋太郎、実母は安倍洋子。実兄は元内閣総理大臣の安倍晋三、祖父の岸信介、大叔父の佐藤栄作はいずれも内閣総理大臣を務めている。
神保 彰(じんぼ あきら、1959年2月27日 - )は、日… 神保 彰(じんぼ あきら、1959年2月27日 - )は、日本のドラマー、作曲家、国立音楽大学客員教授。 東京都出身。血液型はA型。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部に進学。1980年、大学在学中だった二十歳のときに、フュージョン・バンドのカシオペアに加入してプロデビュー。以降、国内外のリスナー、アマチュア・ドラマーだけではなく、プロのドラマーからも常に注目を集める存在であり、2007年10月10日発売の『ニューズウィーク』誌 日本版(10月17日号)において「世界で尊敬される日本人100人」に選出されている。 音数が多くても一音一音をクリアに聞かせるそのテクニカルなドラム演奏は独りで叩いていないように思わせたことから、千手観音ともそれをもじって“十手観音”(命名者は当時同じカシオペアのメンバーだった向谷実)とも異名が付けられた。
熊倉 敬聡(くまくら たかあき、1959年 - )は、芸術文… 熊倉 敬聡(くまくら たかあき、1959年 - )は、芸術文化観光専門職大学芸術文化・観光学部教授。元慶應義塾大学理工学部教授、元京都芸術大学芸術学部教授。学術博士。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業(1984年)。パリ第7大学博士課程テクストと資料の科学研究科文学研究:テクストとイメージの歴史と記号学専攻修了(1991年)。慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程仏文学専攻修了(1992年)。 1980 年代は、フランス文学・思想、特に「ステファヌ・マラルメの〈経済学〉」を研究。 1990年代は、コンテンポラリー・アートやダンスに関する研究・評論、企画、実践等を行う。
八代 充史(やしろ あつし、1959年 - )は、日本の経営… 八代 充史(やしろ あつし、1959年 - )は、日本の経営学者。慶應義塾大学商学部教授。 神戸市生まれ、東京都育ち。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校、1982年慶應義塾大学経済学部卒業、1987年同大学院博士課程単位取得退学、1993年「大企業ホワイトカラーの企業内キャリア形成に関する実証的研究 ホワイトカラーの異動と昇進について」で商学博士の学位を取得。1987年日本労働研究機構勤務、1996年慶應義塾大学商学部助教授、2003年同教授。
五十嵐 文男(いがらし ふみお、1958年11月6日 - … 五十嵐 文男(いがらし ふみお、1958年11月6日 - )は、日本の男子フィギュアスケート選手(男子シングル)、フィギュアスケート解説者。1980年レークプラシッドオリンピック日本代表。1982年世界プロ選手権優勝。 東京都出身。慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。トーラー・クランストンの影響を受けた独創性あふれるプログラムを演じた。コーチでもあるフランク・キャロルのもと指導する。 1977年に大学を休学し渡米。1978年度に全日本選手権を制覇、その直後の世界選手権(カナダ、オタワ)に初出場した。自由演技では当時珍しかった3回転ルッツや3回転フリップ等、4種類の3回転ジャンプを織り込んだ演技を見せ、自由演技だけでは4位、総合でも7位となった。
和泉 宏隆(いずみ ひろたか、1958年9月28日 - 20… 和泉 宏隆(いずみ ひろたか、1958年9月28日 - 2021年4月26日)は、日本のジャズ・フュージョンピアニスト。フュージョンバンドT-SQUAREの元キーボーディスト。 東京都出身。慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。血液型はB型。在学中はジャズサークルライトミュージックソサエティに所属していた。 1982年にフュージョンバンドTHE SQUARE(現T-SQUARE)にキーボーディストとして加入、アルバム『脚線美の誘惑』で本格的にレコードデビューを果たした。1998年の退団まで16年間、ピアノ、シンセサイザー、作曲、編曲、ホーン・アレンジ、ストリングス・アレンジを担当、バンドサウンドの中核を担った。
友岡 賛(ともおか すすむ、1958年8月9日 - )は、日… 友岡 賛(ともおか すすむ、1958年8月9日 - )は、日本の会計学者。慶應義塾大学名誉教授。横浜商科大学商学部教授。学位は、博士(商学)(慶應義塾大学・2006年)(学位論文「会計プロフェッションの発展」)。専門は財務会計論、会計史。弟は有機化学者で九州大学先導物質化学研究所教授の友岡克彦。 慶應義塾大学病院にて出生。慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。2006年「会計プロフェッションの発展」で博士(商学)の学位を取得。1984年慶應義塾大学商学部助手、1989年助教授、1996年教授、2024年名誉教授。
木村 育生(きむら いくお、1958年7月8日 - )は、日… 木村 育生(きむら いくお、1958年7月8日 - )は、日本の実業家であり、株式会社インボイスの創業者、イコールパートナーズ株式会社、小僧寿しの代表取締役を経て、現在は自身が2014年に設立した株式会社クロスチェックの代表取締役を務める。 東京都出身。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学商学部を卒業。大学在学中にはバスケットボール部のコーチ業に没頭し留年を経験。その後、「就職したくない」という思いから大学卒業後の1982年に米国ミシガン州立大学へ留学。1984年にテキサス州ヒューストンの貿易会社に入社し、翌1985年に帰国。同年、株式会社I.Q.Oを設立して代表取締役に就任。その後、I.Q.Oはゼネラル通信工業株式会社を経て、2001年に株式会社インボイスへ社名変更、2002年に上場した。
江﨑 洋一郎(えさき よういちろう、1958年〈昭和33年〉… 江﨑 洋一郎(えさき よういちろう、1958年〈昭和33年〉4月20日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。 父は通産相などを務めた江﨑真澄元衆議院議員で、異母兄の江﨑鐵磨も自民党衆議院議員である。 1981年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業し、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。1986年から米国ブルッキングス研究所客員研究員を経て、1996年に落下傘ながら元蔵相藤井裕久から中選挙区時代の地盤の一部を譲り受け新進党公認で第41回衆議院議員総選挙に出馬するも、落選。2000年の第42回衆議院議員総選挙、民主党公認で神奈川12区から出馬し54,237票を獲得、前職桜井郁三(自民党)の50,814票を抑え、初当選した。
江崎 洋一郎(えさき よういちろう、1958年4月20日 -… 江崎 洋一郎(えさき よういちろう、1958年4月20日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。
池田 尊弘(いけだ たかひろ、1958年(昭和33年)4月1… 池田 尊弘(いけだ たかひろ、1958年(昭和33年)4月11日 - )は、日本の教育者。創価学園主事、創価学園副理事長。創価学会第3代会長の池田大作の三男。 東京都出身。創価学会インタナショナル会長の池田大作と池田香峯子の三男として生まれる。幼稚舎より慶應義塾に学ぶ。創価大学・慶應義塾大学卒業。大学を卒業後は関西創価小学校と創価学園に勤務した。 これまでに創価学会副男子部長、創価学会副青年部長、創価学会副総合青年部長を経て創価学会副会長に就任。また創価学会副総東京長、創価学会関西方面副方面長、関西21世紀交響楽団顧問、創友会運営委員などを歴任した。
松沢 成文(まつざわ しげふみ、1958年4月2日 ‐ )は… 松沢 成文(まつざわ しげふみ、1958年4月2日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(1期)。
徳川 斉正(とくがわ なりまさ、1958年(昭和33年)3月… 徳川 斉正(とくがわ なりまさ、1958年(昭和33年)3月29日 - )は、水戸徳川家第15代当主。東京海上日動火災保険株式会社常勤顧問、公益財団法人徳川ミュージアム理事長、一般社団法人漢字文化振興協会会長。 第14代当主・徳川圀斉の長男。慶應義塾幼稚舎から慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、1980年(昭和55年)に慶應義塾大学商学部を卒業し、東京海上火災保険株式会社(後の東京海上日動火災保険)に入社。執行役員総務部長を務めた。同社に勤務しつつ、財団法人水府明徳会(後の徳川ミュージアム)会長理事のほか、大能林業有限会社代表取締役社長、水戸藩開藩400年記念事業推進委員会会長、公益財団法人水戸育英会総裁、公益財団法人三徳庵理事、公益財団法人山階鳥類研究所理事、水戸ホーリーホック後援会長などを務める。
千住 博(せんじゅ ひろし、1958年1月7日 - )は、日… 千住 博(せんじゅ ひろし、1958年1月7日 - )は、日本画家。東京都生まれ。
阿内 正弘(あうち まさひろ、1958年 - 2001年9月… 阿内 正弘(あうち まさひろ、1958年 - 2001年9月24日)は、日本の哲学研究者。元淑徳大学教授。 東京都大田区出身。世田谷区立用賀小学校、用賀中学校卒業。小学生の頃から天才肌で、株式に興味を持ち、後に母が自費出版した「正弘の日記」に、その細かな毎日の株式情報をすでに詳細に明記している。1977年慶應義塾高校、1981年慶應義塾大学経済学部卒業、1989年筑波大学大学院人文学類哲学専攻博士課程修了、文学博士号取得。淑徳大学助教授、教授。 大のタイガースファン。お酒が大好きで、幾度か急性アルコール中毒で救急車のお世話になったことがある。鉄道を趣味とし全国の鉄道を制覇。二度目の制覇のため上越線に乗車中、持病が悪化したため急逝した。
岡原 正幸(おかはら まさゆき、1957年12月30日 - … 岡原 正幸(おかはら まさゆき、1957年12月30日 - )は、日本の社会学者。慶應義塾大学文学部教授。 東京都杉並区出身。慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校卒業。1980年慶應義塾大学経済学部卒業。1987年同社会学研究科博士課程単位取得満期退学。 1989年慶大文学部助手、1994年助教授、2007年准教授、2008年教授 。
冨田 勝(とみた まさる、1957年12月28日 - )は、… 冨田 勝(とみた まさる、1957年12月28日 - )は、日本の生命科学者、計算機科学者。慶應義塾大学環境情報学部教授、慶應義塾大学医学部兼担教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所所長。ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(株)創業者・取締役。Ph.D.(情報科学)、工学博士、医学博士。父は作曲家の冨田勲。
芳原 世幸(よしはら としゆき、1957年12月4日 - )… 芳原 世幸(よしはら としゆき、1957年12月4日 - )は、日本の実業家。元株式会社KADOKAWA上級顧問。 東京都港区出身。慶應義塾高等学校を経て、1980年3月、慶應義塾大学法学部卒業。1980年4月、リクルートに入社。1984年に車雑誌『カーセンサー』の創刊に携わり、その後、同誌編集長や海外旅行情報誌『エイビーロード』、結婚情報誌『ゼクシィ』、本の情報誌『ダ・ヴィンチ』、音楽情報誌『ザッピイ』、50代からの暮らし応援マガジン『コレカラ』などの編集長、発行人、メディアファクトリー社長を歴任。 2022年9月、元電通の高橋治之が再逮捕された一連の東京五輪汚職事件に関連してKADOKAWA側の芳原ら3人も逮捕された。
石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月… 石原 伸晃(いしはら のぶてる、1957年〈昭和32年〉4月19日 - )は、日本の政治家、ジャーナリスト、コラムニスト、タレント。 衆議院議員(10期)、近未来政治研究会(石原派)会長、自民党外交調査会長代行、規制改革担当大臣(第1次小泉内閣・第1次小泉第1次改造内閣)、国土交通大臣(第3・4代)、自民党金融調査会長、衆議院法務委員長、自民党政務調査会長(第49代)、自民党幹事長(第45代)、環境大臣(第19代)、内閣府特命担当大臣(原子力防災・経済財政政策)、自民党たばこ議員連盟副会長、自民党外交再生戦略会議議長、内閣官房参与(観光立国その他特命担当)、自由民主党東京都支部連合会最高顧問等を歴任。
片山 龍太郎(かたやま りゅうたろう、1957年4月5日 -… 片山 龍太郎(かたやま りゅうたろう、1957年4月5日 - )は、日本の実業家。 片山豊・慶子の子として東京都で生まれた。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学経済学部卒業、慶應義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了、ハーバード・ビジネス・スクール経営学修士。 1994年7月マルマン代表取締役社長就任、同社を再建して上場に導く。2003年7月産業再生機構執行役員マネージングディレクターに就任、カネボウ、マツヤデンキ等を責任者として担当、再生に成功。2006年10月ジュリアーニ・パートナーズ在日代表、2010年9月ウィズ・パートナーズ 創設に参画、同社エグゼクティブアドバイザー、2012年1月クリスティーズ Global Senior Vice President兼クリスティーズジャパン代表取締役社長。
深野 弘行(ふかの ひろゆき、1957年1月30日 - )は… 深野 弘行(ふかの ひろゆき、1957年1月30日 - )は、日本の官僚。元特許庁長官。
石原 俊(いしはら しゅん、1957年 - )は、東京都出身… 石原 俊(いしはら しゅん、1957年 - )は、東京都出身の日本のオーディオ評論家。父は実業家の石原俊明。 慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。フリー編集者を経て、オーディオ評論、音楽評論、翻訳等を手がける。 以前はリファレンスシステムとしてハイエンド機器を愛用していたが、近年は誰もが購入できるような現実な価格帯のシステムを愛用し、自身の評論へ生かしている。 オーディオのほか、時計やカメラなど機械全般に造詣が深く、趣味に留まらないその知識は評論にも反映されている。 また、アルファベータが刊行していたクラシックジャーナル誌では初代主筆を務めた経歴も持ち、クラシック音楽にも深く精通しているなど音楽評論家としても活躍する側面を持つ。
斎藤 慶典(さいとう よしみち、1957年 ‐ )は、日本の… 斎藤 慶典(さいとう よしみち、1957年 ‐ )は、日本の哲学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は現象学、西洋近現代哲学。 慶應義塾大学文学部教授、慶應義塾中等部部長を歴任。愛称は名前を音読みした「けいてん」。 神奈川県生まれ。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校を経て、1980年慶應義塾大学文学部卒業、1987年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1995年中央学院大学助教授、1996年慶應義塾大学文学部助教授、2000年「時間・存在・他者 -現象学の根本問題」で慶應義塾大学より博士(哲学)の学位を取得。2001年慶應義塾大学文学部教授。2023年慶應義塾大学名誉教授。
三毛 兼承(みけ かねつぐ、1956年〈昭和31年〉11月4… 三毛 兼承(みけ かねつぐ、1956年〈昭和31年〉11月4日 - )は、日本の実業家。株式会社三菱UFJ銀行 特別顧問、一般社団法人不動産証券化協会副会長。東京都出身。学位は経済学士(慶應義塾大学・1979年)、経営学修士(ペンシルベニア大学・1987年)。 慶應義塾幼稚舎、慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を卒業。 大学卒業後の1979年に三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行。国内4拠点、海外2拠点の営業現場を経験した後、総合企画室室長やシステム統合推進部部長を担う。2009年に常務執行役員、2013年に専務執行役員、2016年に代表取締役副頭取に就任。この間、旧東京三菱銀行と旧UFJ銀行のシステム統合やアユタヤ銀行買収後における統合作業を担務する。