スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高島 紳司(たかしま しんじ、2000年10月13日 - )… 高島 紳司(たかしま しんじ、2000年10月13日 - )は、日本の男子バスケットボール選手である。ポジションはシューティングガード。宇都宮ブレックス所属。 大阪府東大阪市出身。 北陸高校から大東文化大学に進み、年代別日本代表を経験。 大学2年次と3年次には大阪エヴェッサの特別指定選手として登録された。 4年次には宇都宮ブレックスに特別指定選手として登録される。
岡田 泰希(おかだ たいき、1999年7月28日 - )は、… 岡田 泰希(おかだ たいき、1999年7月28日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはガード。B.LEAGUEの滋賀レイクスターズ所属。 北陸高校では2年時にウィンターカップベスト8を経験。 明星大学では1年次に関東大学リーグ2部で3ポイント王を獲得し、1年から3年まで愛媛オレンジバイキングスで特別指定選手としてプレー。 2021年12月、仙台89ERSに特別指定選手登録。 2022年5月、仙台89ERSとプロ契約。 2024年5月31日に滋賀レイクスターズと契約を結んだ。
二上 耀(ふたがみ ひかる、1999年4月13日 - )は、… 二上 耀(ふたがみ ひかる、1999年4月13日 - )は、福井県福井市出身のプロバスケットボール選手。B.LEAGUE・千葉ジェッツふなばし所属。ポジションはシューティングガード。 北陸高校から筑波大学に進み、4年時の全日本大学選手権で筑波大学を3位に導き、優秀選手賞を獲得した。 2021年12月14日、千葉ジェッツと特別指定選手契約。 Bリーグ 2021-22で11試合に出場し、平均1.7得点を記録した。 Bリーグ 2022-23で20試合に出場し、平均2.7得点を記録した。 Bリーグ 2023-24で11試合に出場し、平均5.1得点を記録した。2023年12月4日の島根スサノオマジック戦で左膝前十字靭帯断裂・内側側副靱帯損傷・外側半月板損傷などの重傷を負って、シーズン中の復帰は絶望的となった。
大﨑 翔太(おおさき しょうた、1998年1月23日 - )… 大﨑 翔太(おおさき しょうた、1998年1月23日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはスモールフォワード。B3.LEAGUEの立川ダイス所属。 島根県浜田市出身。3人兄弟の長男(妹と弟がいる)。妹は女子バレーボール選手の大﨑琴未。地元でバスケットを指導していた父の影響で小学校3年生からミニバスケットボールを始めた。 中学3年の最後の試合で、当時島根スサノオマジックに所属していた山本エドワードに声をかけられ、北陸高校へ進学。高校からポジションがセンターからフォワードに変わり、チームの主力として活躍、全国ベスト4に。中央大学では3年生の時に2部へ降格したが、翌年には再び1部へと昇格を実現させた。
中村 ジャズ(なかむら ジャズ、1997年6月18日 - )… 中村 ジャズ(なかむら ジャズ、1997年6月18日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード。琉球ゴールデンキングス所属。現在は練習生。 北陸高校卒業後、体育教諭を目指し、国士舘大学に進学。大学4年次に教員免許を取得したものの、一度立ち止まって「自分は何をしたいのか」と考え直したところ、あらためて「バスケをやりたい」という思いが込み上げてきた。当初は海外への留学を考えたが、知人の誘いを受けてBリーグのトライアウトに参加した。そして2020年2月6日、大学に在籍しながら特別指定選手として東京エクセレンスに選手登録された。 2022年7月26日、茨城ロボッツに練習生として加入した。
松山 駿(まつやま しゅん、1996年9月27日 - )は、… 松山 駿(まつやま しゅん、1996年9月27日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。B.LEAGUE・越谷アルファーズに所属。ポジションはポイントガードおよびシューティングガード。福井県出身。 福井県の北陸高等学校を卒業後、富山大学に進学。大学在学中の2018-19シーズンに、B1リーグの富山グラウジーズに特別指定選手として加入し、Bリーグデビューを果たす。 2019-20シーズンにはファイティングイーグルス名古屋(B2)へ移籍。2021-22シーズンより越谷アルファーズに加入し、以降チームの主力として活躍している。 2024-25シーズンにはB1昇格を果たした越谷アルファーズにおいて、49試合中43試合に先発出場。
柿内 輝心(かきうち きしん、1995年10月21日 - )… 柿内 輝心(かきうち きしん、1995年10月21日 - )は、熊本県和水町出身の元プロバスケットボール選手。キャリアの全期間を通じて熊本ヴォルターズに在籍していた。ポジションはポイントガード。 1995年に生まれる。北陸高等学校卒業後、中央大学に進学。 2016-17シーズン、中央大学3年次に熊本ヴォルターズと特別指定選手契約を締結。 2017-18シーズン、中央大学4年次に熊本ヴォルターズと特別指定選手契約を締結。 2018-19シーズン、熊本ヴォルターズと新規選手契約を締結。シーズン中57試合に出場。総プレイタイム717.02分。 2019-20シーズン、熊本ヴォルターズと契約継続。アーリーカップやシーズン開幕後、得点やアシストなどで活躍し、目覚ましい成長ぶりを見せていたが、2019年9月28日、第2節広島ドラゴンフライズ戦Game1において、右膝前十字靭帯損傷・内側側副靭帯損傷・内側半月板損傷という重傷を負った。
山岡 陸(やまおか りく、1995年8月8日 - )は、大阪… 山岡 陸(やまおか りく、1995年8月8日 - )は、大阪府・大阪市出身のプロバスケットボール選手である。身長177cm、体重68kg、ポジションはシューティングガード。愛称は「KEY(キー)」と呼ばれている。プロバスケットボールチームトライフープ岡山5人制チーム創設時の初代契約選手の1人。 北陸高等学校に進学。2012年ウインターカップでは全国4強入りを果たす。柿内輝心世代。 北陸高等学校卒業後、芦屋大学へ入学。西宮ストークスの育成選手として兵庫インパルスに入団。2シーズンキャプテンを務める。 2018年、大学を卒業後プロチームのトライアウトを受ける。トライアウトに合格。 岡山県のプロバスケットボールチームであるトライフープ岡山と契約。
松本健児リオン(まつもとけんじリオン、1994年〈平成6年〉… 松本健児リオン(まつもとけんじリオン、1994年〈平成6年〉5月30日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。神奈川県横須賀市出身。ポジションはポイントガード兼シューティングガード。B.LEAGUE・長崎ヴェルカに所属している。 アメリカ人の父と日本人の母の元に生まれた。姉の影響で小学4年からバスケットボールを始める。 強豪北陸高等学校に進むも出場機会に恵まれなかったが、推薦を受けて進学した名古屋経済大学で頭角を現し、それまで未出場だったインカレに出場。キャプテンを務めた4年生時は6位の成績を残した。 そんな中、西宮ストークスから声がかかり、2016-17シーズン特別指定選手として登録。しかし出場は2試合にとどまる。
満田 丈太郎(みつだ じょうたろう、1994年〈平成6年〉4… 満田 丈太郎(みつだ じょうたろう、1994年〈平成6年〉4月18日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。神奈川県出身。ポジションはシューティングガード兼スモールフォワード。B2リーグ・福井ブローウィンズ所属。 横浜市立大道中学校、北陸高校を経て筑波大学に進学。同大学4年次の2017年1月に特別指定選手として横浜ビー・コルセアーズに加入、ルーキーイヤーとなる2017-2018シーズンにおいて、58試合中42試合にスタメン出場を果たし、計378得点(1試合平均6.5得点)117リバウンド(同2.0リバウンド)111アシスト(同2.0アシスト)をマークした。2018年に名古屋ダイヤモンドドルフィンズへ、2020年に京都ハンナリーズに移籍。
坂東 拓(ばんどう たく、男性、1992年5月23日 - )… 坂東 拓(ばんどう たく、男性、1992年5月23日 - )は、香川県高松市出身の元バスケットボール選手。身長183cm、体重80kgで、ポジションはシューティングガード。 U-15、U-18日本代表経験を持ち、筑波大学在籍中の2013年にはU-24日本代表にとしてユニバーシアードに出場した。 高松市の円座ミニバスに所属し、全国ミニバスケットボール大会で準優勝。 香東中学校時代に出場した全国中学校バスケットボール大会でベスト16に進出。1試合53得点の記録を作り、得点王となった。 高校は北陸高校に進学し、第41回全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会で優勝した。 2010年には筑波大学に進学、3年次となる2013年にはユニバーシアード代表に選出される。
野本 建吾(のもと けんご、1992年4月25日 - )は、… 野本 建吾(のもと けんご、1992年4月25日 - )は、兵庫県出身のバスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。身長200cm、体重99kg。 B.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースに所属している。 2013年・2015年にはユニバーシアード日本代表、2014年・2016年には日本代表、2017年にはU-24日本代表に選ばれた。 兵庫県尼崎市出身。尼崎市立小園小学校4年生の時に、父の勧めでバスケットボールを始める。地元の中学校に進んだが、1年次の6月にはバスケットボールの強豪として知られていた北陸高校の付属中学校に転校する。 そのまま北陸高校に進学し、1年次より同級生の坂東拓とともにベンチメンバーに入る。
藤永 佳昭(ふじなが よしあき、1992年〈平成4年〉4月1… 藤永 佳昭(ふじなが よしあき、1992年〈平成4年〉4月10日 - )は、日本のプロバスケットボール選手である。兵庫県神戸市出身。ポジションはポイントガード。 北陸高校から東海大学に進学。卒業後、アースフレンズ東京Zに入団。2016年、名古屋ダイヤモンドドルフィンズに移籍。2018年、千葉ジェッツに移籍。 2022年オフ、アルバルク東京に移籍。 2023年、秋田ノーザンハピネッツに移籍。秋田では怪我のため出場機会がわずかであった。 2024年、富山グラウジーズに移籍。
前田 健滋朗(まえだ けんじろう、1990年10月18日)は… 前田 健滋朗(まえだ けんじろう、1990年10月18日)は、日本のプロバスケットボール指導者。大阪府大阪市出身。Bリーグ・滋賀レイクスでヘッドコーチを務めている。 学生時代は東洋大学で主将を務めるなどしたのち、卒業後選手としては引退しコーチングの活動をはじめる。コーチングについて学ぶために大学院へ進学。選手のプレー内容に関する統計数値の研究を行い、修士論文は「バスケットボール競技における勝敗要因に関する研究」という内容だった。 2015年から3年間、トヨタ自動車アルバルクにてアシスタントコーチ/スカウティングコーチを務める。 2018年から2019年、オーストラリアのメルボルン・ユナイテッドにてアシスタントコーチ。
多嶋 朝飛(たじま あさひ、1988年〈昭和63年〉10月8… 多嶋 朝飛(たじま あさひ、1988年〈昭和63年〉10月8日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手である。北海道帯広市出身。ポジションはポイントガード。B3リーグ・さいたまブロンコスに所属している。 帯広大空中学校、北陸高校を経て、東海大学に進み、4年次に関東大学リーグ優勝選手賞・MIP獲得。[要出典] 卒業後、リンク栃木と育成契約を結び、シーズン開幕直後にコールアップ(JBL登録)される。しかし、再び降格。 2013年、地元のレバンガ北海道に移籍。 2021年、茨城ロボッツに移籍。 2023年、大阪エヴェッサに移籍。 2024年、仙台89ERSに移籍。 2025年、さいたまブロンコスに移籍。
篠山 竜青(しのやま りゅうせい、1988年〈昭和63年〉7… 篠山 竜青(しのやま りゅうせい、1988年〈昭和63年〉7月20日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。神奈川県出身。ポジションはポイントガード。Bリーグ・川崎ブレイブサンダースに所属している。身長178cm、体重75kg。左利き。 横浜市青葉区で活動するミニバスチーム榎が丘ファイターズに小学3年生から所属。横浜市立旭中学校から北陸高等学校に進学し、その後日本大学に進んだ。3年次には2011年ユニバーシアード日本代表に選出された。 大学卒業後の2011年より東芝ブレイブサンダースに加入し、同年のユニバーシアードにおいても日本代表に選出される。 2023年1月14日のBリーグオールスターゲーム2023ではわずか3得点ながらMVPを受賞した。
井手 勇次(いで ゆうじ、1988年6月8日 - )は、日本… 井手 勇次(いで ゆうじ、1988年6月8日 - )は、日本の元男子プロバスケットボール選手である。埼玉県上尾市出身。ポジションはシューティングガード。 小学生の頃、両親がコーチを務めていた関係で、上尾あずまミニバスケットボールクラブでバスケを始め、埼玉県大会で優勝。瓦葺中学校から東和大昌平高校に進学後、転校した北陸高校では3年生時の2006年に全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)で優勝、国民体育大会バスケットボール競技で3位、全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会(ウィンターカップ)で準優勝などの実績を残した。 早稲田大学を卒業後の2011年にリンク栃木ブレックスとデベロップメント契約を結び、TGI D-RISEに1シーズン所属。
山本 エドワード(やまもと エドワード、1986年〈昭和61… 山本 エドワード(やまもと エドワード、1986年〈昭和61年〉12月2日 - )は、日本のプロバスケットボール選手。フィリピン生まれ、鳥取県出身。ポジションはポイントガード/シューティングガード。2024シーズンよりSBLのアクアテックに所属している。 フィリピンカローカン市に出生、両親ともフィリピン人。7歳のときに鳥取県に移住する。米子市立後藤ヶ丘中学校を経て、北陸高校3年生時の2004年、第35回ウインターカップで準優勝。2005年、大東文化大学に進学。 大学卒業後、bjリーグトライアウトを受験したが選手契約に至らず、2010年のbjリーグドラフト会議にて島根スサノオマジックに育成ドラフト7位指名されて入団し、チーム創設メンバーの一人となる。
石崎 巧(いしざき たくみ、1984年7月6日 - )は、福… 石崎 巧(いしざき たくみ、1984年7月6日 - )は、福井県福井市出身の元プロバスケットボール選手である。ポジションはポイントガード、シューティングガード。188 cm、85 kg。 2000年に北陸高校に進学。3年生時の2002年茨城インターハイで優勝。[要出典]。ウィンターカップでは竹内兄弟擁する洛南高校に僅差で敗れたものの準優勝。2003年、東海大学に進み、同期の竹内譲次らとともに全日本大学バスケットボール選手権大会連覇を達成。[要出典] 2007年、東芝に入社。2009年にバスケットボール男子日本代表に選出される。ルーキーシーズンより主力として34試合に出場。オールスターにも2季連続で選出されている。
山田 真輝(やまだ まさき、1984年2月16日 - )は、… 山田 真輝(やまだ まさき、1984年2月16日 - )は、日本のバスケットボール選手である。ポジションはフォワード。 福井県出身。北陸高校でインターハイベスト4、ウインターカップ3位、国体ベスト4を経験。2002年に金沢大学に進学し、全日本大学バスケットボール選手権大会に2度出場。2002年から2005年まで4年連続で北信越学生選抜チームに選出された。 大学卒業後の2006年より石川ブルースパークスに所属。JBL2 2009-10シーズンにベスト5に選出された。2013年7月、bjリーグの浜松・東三河フェニックスに移籍。背番号6。2013-14シーズンの1シーズン所属したのち、同シーズン終了をもって引退した。
五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日… 五十嵐 圭(いがらし けい、1980年5月7日 - )は、日本の男子プロバスケットボール選手。ニックネームは「ケイ」。新潟県上越市出身。2013年10月1日付で芸能事務所セント・フォースのアスリート部門「ゾーン」と契約。血液型はA型。 真行寺幼稚園、上越市立春日新田小学校、上越市立直江津東中学校、北陸高等学校、中央大学文学部卒業。[要出典] 中央大学在籍時、インターカレッジ(全日本大学バスケットボール選手権大会)で1年生の時に3位、3年生の時に準優勝を経験。[要出典]2003年、日立サンロッカーズに入団。背番号は7。日本代表にも選出される。2006年にはバスケットボール世界選手権に出場した。 2009年、トヨタ自動車アルバルクに移籍。
陳 海沫(ちん はいも、1979年2月13日 - )は、中国… 陳 海沫(ちん はいも、1979年2月13日 - )は、中国・上海出身のプロバスケットボール選手である。193cm、80kg。ポジションはスモールフォワード。 上海市南洋模范中学校に在学中の14歳の時にバスケットボールを始める。北陸高校でのバスケ留学のために来日、後に大東文化大学に進学し、全国大会で活躍。 卒業後は日本クラブバスケットボール連盟の鹿児島教員クラブでプレー。 2004年6月16日付けで日本国籍を取得。 同年、オーエスジーフェニックス(現、三遠ネオフェニックス)に日本人選手として入団。チームの主力として活躍し、オールスターのメンバーにも選ばれている。 2008-2009年シーズンは浜松のエクシパンションドラフトにおけるプロテクトを受け、bjリーグの浜松・東三河フェニックスの一員としてプレーすることが決まった。
宋 燕忻(そう えんきん、1976年4月13日 - )は、中… 宋 燕忻(そう えんきん、1976年4月13日 - )は、中国北京出身の元バスケットボール選手。1992年来日。配偶者あり。 ポジションはフォワード/センター。 東芝ブレイブサンダースに所属していた。背番号33→6(07年度より)。200cm、100kg。B型。 北陸高校、大東文化大学卒。2012年引退。
庄司和広(しょうじ かずひろ、1974年〈昭和49年〉4月2… 庄司和広(しょうじ かずひろ、1974年〈昭和49年〉4月26日 - )は、日本の元プロバスケットボール選手。埼玉県北葛飾郡杉戸町出身。現役時代のポジションはスモールフォワード。元バスケットボール男子日本代表。引退後はB.LEAGUEの新潟、愛媛、富山でヘッドコーチを務めている。 中学1年生の時、バスケットボールを始める。その後、北陸高校から拓殖大学に進学。在学中の1996年にはヤングメンアジア選手権に出場する全日本のメンバーとなる。 卒業後の1997年には住友金属工業に入社したが、バスケットボール部が廃部になったため、翌1998年トヨタ自動車に移籍。 1999年、大和証券に移籍。新潟アルビレックスでもプレーを続け、日本リーグMVPとベスト5を2年連続受賞、2001-02シーズンはスティール及びフリースロー成功率のタイトルも獲得。
田名部 淳一(たなぶ じゅんいち、1974年4月24日 - … 田名部 淳一(たなぶ じゅんいち、1974年4月24日 - )は、青森県出身の元プロバスケットボール選手である。 北陸高から中央大学を経て、東芝に入社。 2000年、日本初のプロバスケットボールチーム、新潟アルビレックスBBに移籍。
納谷 幸二(なや こうじ、1973年8月25日 - )は、埼… 納谷 幸二(なや こうじ、1973年8月25日 - )は、埼玉県出身でアイシンシーホースなどに所属していた元バスケットボール選手。現役時代のポジションはG/F。 所沢市立牛沼小学校、所沢市立東中学校、北陸高校、拓殖大学を経て、1996年にトヨタ自動車に入社。日本代表としても活躍した。 2005年にアイシンシーホースへ移籍し、2008年に現役を引退した。 現役最後の試合となったファイナルでは残り8秒から出場し、シュートを決めた。 2008年より、岡山商科大学と附属高校の男子バスケットボール部監督に就任した。
出口 実(でぐち みのる、1972年7月4日 - )は、兵庫… 出口 実(でぐち みのる、1972年7月4日 - )は、兵庫県出身の元バスケットボール選手である。ポジションはパワーフォワード。 北陸高校では1年次に3年生でキャプテンであった佐古賢一らとともにインターハイ優勝を経験し、さらに名古屋で開催されたアジアジュニア選手権日本代表に選ばれ、優勝に貢献。 その後、筑波大学に進学し在学中は2年から日本学生選抜に選出される。 社会人では河内敏光率いる三井生命に入社し2年目からは日本代表のスターターとして活躍。 高校時代から長身ながら柔らかいプレイと正確なミドルショットを得意とし、日本代表では3Pも放つ走れる大型長身フォワードとして活躍した。 1997年東アジア大会に出場。
東野 智弥(ひがしの ともや、1970年9月9日 - )は、… 東野 智弥(ひがしの ともや、1970年9月9日 - )は、石川県出身の元バスケットボール選手、バスケットボール指導者、経営者である。ニックネームは「クラッシャー」。現役時代のポジションはシューティングガード。 北陸高校では、佐古賢一、高柳信也、塩屋清文らとともに全国大会優勝に貢献。 その後、早稲田大学を経て、1993年にアンフィニ東京(さいたまブロンコスの前身)に入社、全日本実業団選手権準優勝に貢献。 3シーズンプレーした後退社し渡米。半年の語学留学を経て、ルイス&クラーク大学でアシスタントコーチに就任。2シーズン目には、カンファレンスチャンピオン・全米NAIAトーナメントベスト8となる。 1998年10月に帰国し、三井生命ファルコンズのアシスタントコーチに就任。
塩屋 清文(しおや きよふみ、1970年7月31日 - )は… 塩屋 清文(しおや きよふみ、1970年7月31日 - )は、山口県出身の元バスケットボール選手である。現役時代のポジションはパワーフォワード。 北陸高校3年時にインターハイ優勝と全日本ジュニアを経験。 日本大学でも4年時に同期の折茂武彦らとともにインカレ優勝を経験。 卒業後、東芝、ゼクセル、アイシン精機、いすゞ自動車、横浜ギガキャッツでプレー。全日本メンバーとしてシドニー五輪アジア予選にも出場した。 引退後は健康美容関係の通信販売業((株)ワンネス代表取締役会長、2005年設立、福岡市)を営んでいる。
佐古 賢一(さこ けんいち、1970年(昭和45年)7月17… 佐古 賢一(さこ けんいち、1970年(昭和45年)7月17日 - )は、日本の元男子プロバスケットボール選手、指導者。現役時代の公式的なプロフィール上では神奈川県横浜市戸塚区出身。 現役時代のポジションはポイントガード。そのプレイの正確さ・卓越さから「ミスター・バスケットボール」と呼ばれた。 生まれは山口県岩国市。祖母が広島県大竹市出身で、両親が岩国市出身。息子は山梨学院高校で夏の甲子園に出場し、神奈川大学硬式野球部に在籍していた。2021‐2023はレバンガ北海道にHCとして所属。2023‐24はシーホース三河にてシニアプロデューサーとして在籍をしている。デンソーアイリス所属の佐古瑠美は姪。
脇 将典(わき まさのり、1970年4月27日 - )は、千… 脇 将典(わき まさのり、1970年4月27日 - )は、千葉県出身の元バスケットボール選手である。現役時代のポジションはフォワード。 北陸高校から専修大学を経て、トヨタ自動車に入社。 1995年には福岡ユニバーシアードの準優勝メンバーとして名を連ねる。 熊本県スポーツ振興事業団職員に転じ、国体にも出場した。 娘の脇梨奈乃、息子の脇真大もバスケットボール選手。