スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月… 篠原 尚之(しのはら なおゆき、1953年(昭和28年)2月8日 - )は、日本の元財務官僚。元国際通貨基金副専務理事。 山梨県出身。甲府第一高校、東京大学経済学部卒業。小宮隆太郎のゼミで国際金融などを学ぶ。 1975年に大蔵省入省。2007年から2年間、財務官を務め、G7財務大臣中央銀行総裁会議の議長国(2008年)として、またリーマン・ショック(2008年9月)への対応などに当たった。2009年2月14日、中川昭一財務大臣兼金融担当大臣(肩書きは当時、以下同)のローマで行われたG7の財務大臣・中央銀行総裁会議後の朦朧記者会見時に同席していた。 財務省退官の後、2010年から5年間、IMF(国際通貨基金)副専務理事として欧州債務危機等に対応した。
鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、… 鈴木 康雄(すずき やすお、1950年4月23日 - )は、日本の総務(旧郵政)官僚。総務省情報通信政策局長や、総務審議官(郵政・通信担当)、第8代総務事務次官、総務省顧問等を経て、日本郵政取締役兼代表執行役上級副社長を務めた。 山梨県出身。山梨県立甲府第一高等学校、東北大学法学部法律学科を経て、1973年郵政省に入省。東大の入試が中止になった年に東北大法学部に進学し、官界では東大卒が当たり前の中、郵政や通信分野で頭角を現し、『郵政のエリート』として一目を置かれる存在になった。"尊大な物言い"とマスコミ嫌いは有名で、次官室のドアに『取材お断り』と書かれた紙を貼ったこともあった。2009年総務事務次官となり、退官後は損害保険ジャパン顧問を経て2013年日本郵政に副社長として入社。
井上 幸彦(いのうえ ゆきひこ、1937年(昭和12年)11… 井上 幸彦(いのうえ ゆきひこ、1937年(昭和12年)11月4日 - )は、日本の警察官僚。第80代警視総監。オウム真理教事件の捜査で名を馳せる。日韓合同開催ワールドカップなど国内の重要イベントでは警備を通して危機管理強化に貢献した。退官後、政治家への転身を目指し、2003年(平成15年)2月2日に行われた山梨県知事選挙に立候補したが、山本栄彦甲府市長に敗れて約46,000票差で落選した。栄典は瑞宝重光章。 1995年、突如発生した地下鉄サリン事件に見舞われ、警視庁は日本犯罪史上最悪のテロ事件に対応する使命を急遽担うこととなる。一般市民を狙った無差別化学テロという未曾有の凶悪犯罪に対し、井上自身も時の警視総監として警視庁の陣頭指揮を執る立場となった。
松野 春樹(まつの はるき、1937年1月24日 - 200… 松野 春樹(まつの はるき、1937年1月24日 - 2008年7月3日)は、山梨県出身の元郵政官僚、元郵政事務次官。 山梨県立甲府第一高等学校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後、1960年に郵政省に入省。1977年郵政局輸送課長。1979年人事局管理課長、1981年大臣官房経理部主計課長、1983年大臣官房秘書課長、1985年6月電気通信局電気通信事業部長、1988年6月大臣官房長、1989年6月簡易保険局長、1990年6月貯金局長、1992年7月通信政策局長、1993年7月電気通信局長、1994年7月より郵政事務次官を務めた。叙位叙勲は、従三位瑞宝中綬章。 郵政省退官後は、財団法人日本データ通信協会理事長、郵便貯金振興会理事長などを務め、2000年よりNTT代表取締役副社長。
依田 智治(よだ ともはる、1932年〈昭和7年〉3月31日… 依田 智治(よだ ともはる、1932年〈昭和7年〉3月31日 - 2026年〈令和8年〉2月27日)は、山梨県出身の元警察官僚、元参議院議員。元防衛事務次官。 ※参照:依田智治『依田智治の主張』(朝雲新聞社、2004年)
吉田 冨士雄(よしだ ふじお、大正13年(1924年)7月5… 吉田 冨士雄(よしだ ふじお、大正13年(1924年)7月5日 - 平成2年(1990年)7月28日)は、山梨県出身の大蔵官僚、サントリー株式会社副社長。 東京府豊多摩郡中野町(現在の東京都中野区)で、父吉田健(つよし)、母欣子の長男として生まれる。父親の転勤により小学校5年までを新潟県師範学校附属小学校、小学校6年まで鳥取県師範学校附属小学校、旧制中学校2年まで鳥取二中(現在の鳥取県立鳥取東高等学校)に通学。その後、甲府の父親の生家に帰り甲府中学(現在の山梨県立甲府第一高等学校)を経て、昭和18年(1943年)9月に第一高等学校文科丙類を卒業。東京帝国大学法学部に入学。 短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。
菅野 義丸(かんの よしまる、1904年〈明治37年〉6月1… 菅野 義丸(かんの よしまる、1904年〈明治37年〉6月14日 - 1979年〈昭和54年〉5月7日)は、日本の鉄道官僚、実業家。内閣官房副長官、国際電信電話社長。旧姓は長田。 山梨県東八代郡上曽根村(現甲府市)の長田家に生まれ、その後、菅野家に婿入りして本籍を福島県に移す。山梨県立甲府中学校(現山梨県立甲府第一高等学校)を経て、検定試験に合格して、1931年3月、東京帝国大学法学部法律学科を卒業。1930年10月、高等試験行政科試験に合格。1931年、鉄道省に入省し仙台鉄道局書記となる。 以後、鉄道省事務官、鉄道局副参事、国際観光局事務官、大阪鉄道局運輸部長、同業務部長、運輸省大臣官房文書課長、日本国有鉄道職員局長などを歴任。
石原 秀昭(いしはら ひであき)は、日本の元郵政・総務官僚。… 石原 秀昭(いしはら ひであき)は、日本の元郵政・総務官僚。総務省大臣官房技術総括審議官等を経て、日本無線協会理事長。 1966年山梨県立甲府第一高等学校卒業。1970年山梨大学工学部電子工学科卒業、郵政省入省。1989年郵政省電気通信局電波部監視管理課長。1991年郵政省放送行政局技術課長。1993年宇宙開発事業団計画管理部主任開発部次長。1995年郵政省北海道郵政監察局長。1996年郵政省北海道電気通信監理局長。1998年郵政省近畿電気通信監理局長。1999年郵政省電気通信局電波部長。2001年総務省総合通信基盤局電波部長。同年総務省大臣官房技術総括審議官。退官後、日本無線協会理事長、日本アマチュア無線振興協会評議員。