スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
立花 稜也(たちばな りょうや、1996年4月4日 - )は… 立花 稜也(たちばな りょうや、1996年4月4日 - )は、岐阜県出身のプロサッカー選手。ポジションはDF。 岐阜県立岐阜工業高等学校出身で、全国高等学校サッカー選手権大会には2年次の2013年と3年次の2014年の2回出場。 しかし卒業時にJリーグクラブからのオファーは無く、海外に挑戦することを決める。 2015年にトライアルを経て、モンテネグロのFKツェティニェに加入するも、当初はトップチームの試合に絡めずユースチームでの起用にとどまる。翌年にドルガ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガ(2部)に所属するトップチームでプレーする。 2017年に同じくドルガ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガ所属のFKオトラント=オリンピックに完全移籍した。
山﨑 貴雅(やまざき たかまさ、1992年3月17日 - )… 山﨑 貴雅(やまざき たかまさ、1992年3月17日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 岐阜県立岐阜工業高等学校から専修大学に進学。2014年に東海社会人サッカーリーグ1部のFC刈谷に加入。2015年より水戸ホーリーホックに移籍した。同年7月に鹿児島ユナイテッドFCに育成型期限付き移籍。 2016年、ヴァンラーレ八戸に期限付き移籍し、シーズン終了後に完全移籍した。 2018年、北信越フットボールリーグ1部のサウルコス福井に移籍。7月に現役を引退。
益山 司(ますやま つかさ、1990年1月25日 - )は、… 益山 司(ますやま つかさ、1990年1月25日 - )は、岐阜県美濃加茂市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 2008年、ジェフユナイテッド千葉に入団。阿部勇樹、水野晃樹、青木孝太らが着けた背番号”29”を与えられ、ポスト阿部としての成長を期待されていたが、当人の目標は今野泰幸である。 2010年8月、出場機会を求めるために大分トリニータに期限付き移籍し、11試合出場。2011年は千葉へ復帰したが、出場機会に恵まれず天皇杯は1試合のみで留まった。 2012年、松本山雅FCに期限付き移籍。栃木SC戦で移籍後初出場を果たしたが、同年シーズン終了後、期限付き移籍期間満了で松本山雅FCを退団。
後藤 裕司(ごとう ゆうじ、1985年8月20日 - )は、… 後藤 裕司(ごとう ゆうじ、1985年8月20日 - )は、岐阜県出身のサッカー選手(ミッドフィルダー)。 高校選手権で活躍し、そのプレーは、セルジオ越後から「中村俊輔を彷彿とさせる」と絶賛される。だが、横浜F・マリノス加入直後から、怪我に悩まされつづけた。 2007年シーズンより地元のFC岐阜に移籍し、12月より同チームのBチームに所属。その後は2009年より岐阜県リーグのNK可児から愛知県リーグのSince'92でプレイを続けている。
林 俊介(はやし しゅんすけ、1985年7月25日 - )は… 林 俊介(はやし しゅんすけ、1985年7月25日 - )は、岐阜県出身の元サッカー選手。ポジションはMF。
片桐 淳至(かたぎり あつし、1983年8月1日 - )は、… 片桐 淳至(かたぎり あつし、1983年8月1日 - )は、岐阜県出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。 第80回全国高等学校サッカー選手権大会で得点王を獲得し、2002年、岐阜工業高校から名古屋グランパスエイトに入団したが、名古屋では出場機会に恵まれず、2004年はアルゼンチンのクラブを名古屋からのレンタル移籍で渡り歩く。2005年に名古屋に復帰するも出番は無く、シーズン途中にJFLのFCホリコシへレンタル移籍。ホリコシではシーズン途中の加入ながらJリーグと海外リーグを経験した即戦力として重宝され、リーグ戦では10試合に出場し4得点を挙げた。 2006年から、名古屋から東海1部リーグのFC岐阜へ完全移籍。
土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は… 土屋 貴啓(つちや たかひろ、1983年7月11日 - )は、岐阜県岐阜市出身のサッカー選手。
荻 晃太(おぎ こうた、1983年5月5日 - )は、岐阜県… 荻 晃太(おぎ こうた、1983年5月5日 - )は、岐阜県美濃市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはゴールキーパー(GK)。 小学校4年生(10歳)の時にサッカーを始める。中学生の頃からGKに専念するようになった。1999年に岐阜工業高校に進学し、3年時の全国高校選手権では準優勝を果たした。同期は片桐淳至、岩田卓也など。 2002年にヴィッセル神戸に入団。掛川誠が正GKを務めており、しばらく出場機会に恵まれなかったが、チームのJ2降格が決定した2005年J1最終節にリーグ戦初出場。掛川が退団した2006年から正GKに抜擢され、スチュワート・バクスター監督がリベロのようだと評した守備範囲の広さを武器に活躍。
岩田 卓也(いわた たくや、1983年4月22日 - )は愛… 岩田 卓也(いわた たくや、1983年4月22日 - )は愛知県一宮市出身のサッカー選手。 岐阜県立岐阜工業高校時代には第80回全国高等学校サッカー選手権大会に出場。片桐淳至・荻晃太と同級生。浜松大学を経て、2006年にFC岐阜に入団。2007年からはFC岐阜SECONDに登録変更され、2009年までプレイした。 2010年からはオーストラリアに渡り、日中は寿司屋で業務をしながらサッカーを続けた。2011年に所属したエッジヒル・ユナイテッドFCではすべてのタイトルを獲得。2011年10月にオーストラリア・Aリーグのゴールドコースト・ユナイテッドFCに練習参加するも、チーム財政難があり、契約には至らず。
髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - … 髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 大学卒業後2003年にジュビロ磐田に加入。しかし、アルノ・ヴァンズワムの前に出場機会をなかなか得られず、さらに2005年には日本代表の川口能活が加入したこともあり、同年からは期限付き移籍でコンサドーレ札幌に在籍。この年は10試合に出場した。 しかし、林卓人の牙城を崩すには至らず、2006年に移籍期間が終了すると磐田から契約非更新とされたため、2007年の当初は練習生として札幌に加入していたが、後に正式契約を勝ち獲った。しかし同年に左足甲を骨折した影響もあってレンタル移籍から復帰した高木貴弘にポジションを譲り、2008年までの2年間は公式戦出場はなかった。
髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - … 髙原 寿康(たかはら としやす、1980年10月18日 - )は、岐阜市出身のサッカー選手。左利き(投げ・蹴り)のGK。
梅田 高志(うめだ たかし、1976年5月30日 - )は、… 梅田 高志(うめだ たかし、1976年5月30日 - )は、岐阜県各務原市出身のサッカー指導者・元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 高校卒業後の1995年にジャパンフットボールリーグの西濃運輸サッカー部に入団するが、1997年に同サッカー部が廃部したため、1998年からは大分トリニティ(現:大分トリニータ)に移籍。2000年、2001年には加地亮などとポジションを争ったことで出場機会を減らしたが、2003年のJ1昇格後も主力として活躍。2007年時点で大分では最も在籍年数が多かった。 2008年は、地元・岐阜県を本拠地とするFC岐阜に期限付き移籍。39試合に出場し、Jリーグ初年度のチームを支えた。
下川 健一(しもかわ けんいち、1970年5月14日 - )… 下川 健一(しもかわ けんいち、1970年5月14日 - )は、岐阜県出身の元サッカー選手。ポジションはGK。元日本代表。 岐阜工業高校時代から将来を嘱望され、1989年に古河電気工業サッカー部に入部。すぐさまレギュラーの座を掴み日本サッカーリーグ新人王を受賞すると、Jリーグ開幕後のジェフユナイテッド市原でも1993年と1997年の一時期(前者は怪我、後者は白井淳にポジションを奪われていたため)を除き、長年にわたり守護神としてゴールマウスを守り続けた。 U-20日本代表、U-23日本代表など各年代の代表を経験。バルセロナ五輪(U-23)のアジア予選ではフル出場している。日本代表への初召集は1990年のアジア大会。