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楠山 俊介(くすやま しゅんすけ、1954年(昭和29年)6… 楠山 俊介(くすやま しゅんすけ、1954年(昭和29年)6月4日 - )は、日本の政治家、歯科医師。 2012年から2016年まで、静岡県下田市長を1期務めた。また、2023年4月より下田市議会議員(1期目)を務める。 静岡県下田市出身。下田市立朝日小学校、下田市立下田中学校、静岡県立下田北高等学校、城西歯科大学(現・明海大学)歯学部卒業。1982年(昭和57年)3月、下田市吉佐美に歯科医院を開業する。並行して1993年(平成5年)、下田青年会議所理事長。1994年(平成6年)、下田を中心に南豆地域の活性化を目的とした任意団体「下田にぎわい社中(現:NPO法人下田にぎわい社中)」の設立に参画、2006年(平成18年)に同代表理事。
福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月… 福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月9日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官。元静岡県下田市長(1期)。 高知県土佐清水市出身。中学3年のときに下田市に移り住んだ。下田市立下田中学校卒業。1966年(昭和41年)3月、静岡県立下田北高等学校(現・静岡県立下田高等学校)卒業。1967年(昭和42年)3月、防衛大学校に入校。1971年(昭和46年)3月、同校を卒業。同年4月、陸上自衛隊に入隊。第1次カンボディアPKO国際平和協力隊長兼停戦監視員、普通科教導連隊長兼滝ヶ原駐屯地司令、防衛大学校教授などを歴任し、2003年(平成15年)8月、定年退官。退職時階級は陸将補。 2015年(平成27年)7月、NPO法人日本地雷処理・復興支援センター理事を任期満了退職。
池谷 淳(いけたに きよし、1932年〈昭和7年〉4月29日… 池谷 淳(いけたに きよし、1932年〈昭和7年〉4月29日 - 2021年〈令和3年〉6月4日)は、日本の政治家。実業家。元静岡県下田市長。 下田市出身。1951年(昭和26年)静岡県立下田北高等学校(現・静岡県立下田高等学校)卒業。1955年(昭和30年)中央大学法学部卒業。 1958年(昭和33年)味の素に入社。1961年(昭和36年)スーパー下田専務、1962年(昭和37年)三和観光常務、1965年(昭和40年)カネヤス商事代表取締役を歴任。1971年(昭和46年)4月より1984年(昭和59年)6月まで下田市議会議員を延べ4期13年つとめたのち、下田市長選挙に立候補し当選。1984年(昭和59年)7月より2000年(平成12年)7月まで、歴代の下田市長としてはもっとも長い4期16年をつとめた。
土屋 義彦(つちや よしひこ、1926年〈大正15年〉5月3… 土屋 義彦(つちや よしひこ、1926年〈大正15年〉5月31日 - 2008年〈平成20年〉10月5日)は、日本の政治家。 参議院議員(5期)、参議院議長(第17・18代)、環境庁長官(第11代)、埼玉県知事(第54・55・56代)、埼玉県議会議員(2期)、自由民主党最高顧問、自由民主党参議院議員会長を歴任した。 土屋家は大工を営んでおり、父・澄男は家業から技術を習得し、内務省技師として茨城県行方郡潮来町(現:潮来市)に赴任していた頃に義彦が生まれた。次弟は昭二(大正製薬会長)、三弟は祐三。 義彦が6歳の時に父が急性肺炎で死去。母・初江は義彦らを残して家を去ったため、義彦と祐三は東京府北豊島郡高田町(現:東京都豊島区高田)で大工を自営していた父方の祖父母である土屋仁作・たつも夫妻に引き取られた。