スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
鈴木 奈央(すずき なお、1997年2月9日 - )は、静岡… 鈴木 奈央(すずき なお、1997年2月9日 - )は、静岡県富士市出身の女子競輪選手、元自転車競技選手。登録地は静岡県、ホームバンクは静岡競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第110期生。師匠は深澤伸介(76期)。 小学校3年生の時に兄・康平(123期)の影響で自転車に乗り始め、星陵高等学校進学後に本格的に自転車競技を始める。中長距離種目を中心に活躍し、地元静岡県の伊豆ベロドロームで開催される東京オリンピック出場を目指す強化指定選手に選ばれた。 2014年5月のアジア・ジュニア自転車競技選手権大会のスクラッチで優勝。翌2015年2月のアジア・ジュニア自転車競技選手権大会では、ケイリン・チームパシュート・スクラッチで優勝した。
渡邉 雄太(わたなべ ゆうた、1994年12月1日 - )は… 渡邉 雄太(わたなべ ゆうた、1994年12月1日 - )は、静岡県富士市出身の競輪選手。日本競輪学校第105期生。日本競輪選手会静岡支部所属。師匠は同じく競輪選手で叔父の渡邉晴智(73期)。弟は直弥(113期)。 星陵高等学校時代の2012年、ぎふ清流国体の少年男子スプリント(岐阜競輪場)で優勝。当時の同級生に鈴木康平(123期)がいる。 競輪学校時代の在校競走成績は13位(14勝)。 2014年7月2日、函館競輪場でデビューし初勝利を挙げた。また、二日後の同年7月4日の同場において、デビュー場所完全優勝を達成。 2016年12月29日、GIIヤンググランプリ(立川競輪場) 優勝。 2019年、3月のGII第3回ウィナーズカップで決勝9着。
池野 啓介(いけの けいすけ、1979年11月30日 - )… 池野 啓介(いけの けいすけ、1979年11月30日 - )は、日本の経営者。株式会社イケノコーポレーション代表取締役および合同会社イケリーマート代表。 静岡県富士宮市出身。学校法人静岡理工科大学星陵高等学校卒業、日本大学工学部卒業。 日本大学卒業後、システム会社などで総合的なIT技術を習得。 2002年4月 - 株式会社ティー・エフ・シー入社 (現、富士通エフアイピーシステムズ)。 2004年5月 - 有限会社ケー・エス・ユー入社。2006年1月 - GMOサンプランニング株式会社入社。2007年1月 - 株式会社まぐクリック入社 (現、GMOアドパートナーズ)。2012年2月 - 株式会社イケノコーポレーション設立。
渡邉 晴智(わたなべ はるとも、1973年7月30日 - )… 渡邉 晴智(わたなべ はるとも、1973年7月30日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会静岡支部所属。静岡県富士市出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第73期生で、同期には村上義弘らがいる。師匠は村松清一。 長男の雅也(117期・静岡)、長女(雅也の姉)の栞奈(122期・静岡)も競輪選手。ほかに次女がいる。娘婿(栞奈の夫)も競輪選手である野崎翼(121期・岐阜)。 弟子には栞奈・雅也のほか、甥である渡邉雄太(105期・静岡)・直弥(113期・静岡)らがいる。 星陵高等学校在学中から自転車競技を行い、競輪学校に入学。デビュー戦は1994年4月8日の千葉競輪場で迎え5着だったが、この開催では優勝を果たし、また優勝したレースが初勝利ともなった。
斉藤 肇(さいとう はじめ、1973年7月22日 - )は、… 斉藤 肇(さいとう はじめ、1973年7月22日 - )は、静岡県富士宮市出身の元プロ野球選手(投手、右投左打)・野球指導者。 富士宮市の星陵高では2年秋に県大会ベスト8、通算44試合で407奪三振。1991年のプロ野球ドラフト会議で横浜大洋ホエールズと広島東洋カープから4位指名を受け、抽選により横浜に入団。 早くからファームでは先発として投げていたが、安定した成績が残せずその後は中継ぎでの登板が増え、9年間で227試合に登板したが、一軍での登板はないまま2000年オフに戦力外通告を受け退団。二軍における227試合登板は、金剛弘樹(中日)の282試合登板に次ぐ2位記録である。また227試合はイースタン・リーグの1位記録であり、一軍登板経験がない投手として1位記録でもある。