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富屋 誠一郎(とみや せいいちろう、1958年3月1日 - … 富屋 誠一郎(とみや せいいちろう、1958年3月1日 - )は、日本の財務官僚。財務省理財局次長や大阪国税局長、国土交通省政策統括官等を経て、SBJ銀行代表取締役社長。 愛知県出身。愛知県立瑞陵高等学校から東京大学文科一類に入学。1981年 東京大学法学部第3類(政治コース)卒業、大蔵省入省。大臣官房文書課配属。大蔵省主計局総務課調査主任。大蔵省主計局総務課企画係長。1986年7月 高山税務署長。1987年7月 大蔵省銀行局総務課長補佐。1993年 大蔵省主計局主計局補佐(運輸第一、二、三係)。1998年5月6日 外務省在スペイン大使館参事官。2001年7月 人事院事務総局勤務条件局給与第二課長。
中村 利雄(なかむら としお、1946年7月22日 - )は… 中村 利雄(なかむら としお、1946年7月22日 - )は、日本の元経産官僚。中小企業庁長官、2005年日本国際博覧会協会事務総長、日本商工会議所専務理事、イベント学会会長などを歴任。 愛知県名古屋市出身。1965年、愛知県立瑞陵高等学校卒業。1970年に名古屋大学法学部法律学科を卒業し、同年通商産業省に入省。米国シカゴや鹿児島県庁での勤務等を経て、1995年大臣官房会計課長。1996年資源エネルギー庁石炭部長、1997年中小企業庁次長、1998年大臣官房総務審議官(現・総括審議官)、1999年貿易局長。2000年中小企業庁長官に就任し、2001年7月経済産業省を退官した。通産省及び経産省において、名古屋大学出身者が局長ポストに就いたのは、中村が初めてである。
今井 久(いまい ひさし、1902年(明治35年)7月24日… 今井 久(いまい ひさし、1902年(明治35年)7月24日 - 1980年(昭和55年)7月25日)は、日本の内務・警察・防衛官僚。官選茨城県知事、防衛事務次官。 東京府出身。専売局官吏・今井譲の二男として生まれる。旧制愛知県立第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)、第八高等学校を卒業。1924年11月、高等試験行政科試験に合格。1925年3月、東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業。同年4月、内務省に入省し岡山県属となり内務部社会課兼地方課勤務となる。同年12月、休職して入営し、1926年11月、陸軍二等計手となり復職。 1927年3月、地方警視・宮崎県警察部警務課長兼保安課長に就任。以後、神奈川県警察部警務課長、石川県工場監督官、大阪府警察部警務課長、警視庁警視・警務部警務課長、佐賀県書記官・警察部長を歴任。
相馬 敏夫(そうま としお、1898年(明治31年)7月6日… 相馬 敏夫(そうま としお、1898年(明治31年)7月6日 - 1980年(昭和55年)2月24日)は、日本の大蔵官僚、実業家。官選栃木県知事、明治製糖社長。旧姓・上平。 長野県下伊那郡飯田町(現・飯田市)出身。上平猶一の三男として生まれる。旧制長野県飯田中学校(現・長野県飯田高等学校)から旧制愛知県立第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)へ転校し、旧制第八高等学校を経て東京帝国大学法学部に進学。1921年11月、高等試験行政科試験に合格。1922年、東京帝大法学部法律学科(独法)を卒業。大蔵省に入省し理財局属となる。1923年、相馬半治の養子となる。 以後、大蔵省銀行局勤務、英仏駐在・財務書記、横須賀税務署長、永代橋税務署長、東京地方専売局事業課長、専売局販売部販売課長、大蔵書記官・上海財務官事務所勤務、専売局参事官・長官官房総務課長、大蔵書記官・河内総領事、専売局煙草事業部長、大蔵省監理局長、東京都参事官などを歴任。