内村 良一(うちむら りょういち、1980年〈昭和55年〉4… 内村 良一(うちむら りょういち、1980年〈昭和55年〉4月21日 - )は、北海道出身の日本の剣道家(教士七段)・剣道日本代表候補・警視庁警察官。現在、警視庁教養課所属、警部補 【通算11回出場 優勝:3回 準優勝:5回 第3位:1回 ベスト8:1回】 (全国警察剣道選手権大会と全日本剣道選手権大会を同じ年に制した選手は、中村太郎(神奈川県警)〈'55〉・中村毅(警視庁)〈'70〉・宮崎正裕(神奈川県警)〈'91・'96・'99〉・内村良一(警視庁)〈'06〉・高鍋進(神奈川県警)〈'10〉・西村英久(熊本県警)<'17>のみ。)
小関 太郎(こせき たろう、1976年5月29日 - )は、… 小関 太郎(こせき たろう、1976年5月29日 - )は、日本の警視庁警察官。千葉県市原市出身。現在警視庁警備部第三機動隊所属、巡査部長。千葉県習志野市立習志野高等学校から、東海大学体育学部武道学科へ進学。剣道(錬士)六段。
原田 悟(はらだ さとる、1973年 - )は、日本の剣道家… 原田 悟(はらだ さとる、1973年 - )は、日本の剣道家(教士八段)・警視庁警察官・元剣道日本代表。福島県伊達市出身。現在警務部教養課剣道指導室師範・警部 全日本剣道選手権大会には、奉職直後の1996年から出場し、優勝1回・準優勝2回・三位3回の実績を残した。特に2005年大会では、9年越しの悲願であった初優勝をもぎ取り、称賛を浴びた。2009年からは完全に指導者の立場になった。実弟は原田賢治(福島県警察所属)。2005年・2006年・2008年・2009年の全日本剣道選手権大会には、兄弟で出場した。 ・優勝:1996年・2002年-2003年 ・2006年台湾大会:個人戦ベスト8
森田 正敏(もりた まさとし、1969年2月27日- )は… 森田 正敏(もりた まさとし、1969年2月27日- )は、日本の警察庁技官。警察庁長官官房技術企画課長。 愛知県春日井市出身。愛知県立高蔵寺高等学校を経て、東京理科大学理学部を卒業後、1993年 (平成5年)、警察庁に入庁。専門は数学。高校の数学教師になることを目指して大学に入ったものの、途中で国家公務員に志望を変えたという。 入庁後、警察庁警備局警備課係長、タイ王国警察庁派遣、長崎県警察本部交通部交通規制課長、内閣官房内閣情報調査室参事官補佐、警察庁情報通信局情報管理課理事官、新潟県警察本部警務部長兼新潟市警察部長、警察庁交通局交通規制課交通管制技術室長、関東管区警察局茨城県情報通信部長などを歴任。
飯濱 誠(いいはま まこと、1966年〈昭和41年〉4月9日… 飯濱 誠(いいはま まこと、1966年〈昭和41年〉4月9日 - )は、日本の警察庁技官。 東京都出身。東京都立科学技術大学工学部を卒業。1990年(平成2年)4月、警察庁に入庁。入庁後、情報システムの整備などの業務にあたり、警視庁生活安全部ハイテク犯罪対策総合センター副所長、長野県警察本部警務部長、警察庁情報通信局情報通信企画課通信運用室長などを歴任。 2019年(平成31年)3月15日、警察庁情報通信局情報技術解析課長兼警備局付に就任。 2021年(令和3年)3月31日、警察庁情報通信局通信施設課長に就任。 2022年(令和4年)4月1日、警察庁長官官房通信基盤課長に就任。 2023年(令和5年)4月3日、警視監に任命。
大橋 一夫(おおはし かずお、1965年〈昭和40年〉8月2… 大橋 一夫(おおはし かずお、1965年〈昭和40年〉8月28日 - )は、日本の警察庁技官。 石川県出身。1990年(平成2年)、金沢大学大学院を修了。同年4月、警察庁に入庁。入庁後、滋賀県警察本部警務部情報管理課長、警察庁情報通信局情報通信企画課課長補佐、同局情報管理課課長補佐などを経て、2009年(平成21年)7月、青森県警察本部警務部長に就任。在任中、東日本大震災の発災に際して被災地支援にあたった。その後、情報通信局情報通信企画課理事官兼生活安全局情報技術犯罪対策課理事官、情報通信局情報管理課理事官、刑事局指紋鑑識官兼刑事企画課付兼捜査支援分析管理官付兼組織犯罪対策部国際捜査管理官付、警察大学校サイバーセキュリティ対策研究・研修センター所長、情報通信局情報技術解析課長、情報通信局情報管理課長、奈良県警察本部長、情報通信局情報通信企画課長、サイバー警察局サイバー企画課長などを歴任。
河原 淳平(かわはら じゅんぺい、1964年3月3日 - )… 河原 淳平(かわはら じゅんぺい、1964年3月3日 - )は、日本の警察庁技官。石川県警察本部長を経て、警察庁長官官房サイバーセキュリティ・情報化審議官、警察庁情報通信局長、警察庁サイバー警察局長。 兵庫県出身。1988年上智大学大学院理工学研究科修了、警察庁入庁。2014年警察庁情報通信局情報通信企画課通信運用室長。同年警察庁警備局警備企画課サイバー攻撃対策官兼警備局調査官。2016年警察庁情報通信局情報技術解析課長。2017年警察庁長官官房付。同年から石川県警察本部長を務め、交通死亡事故の抑止策などを進めた。2019年警察庁生活安全局情報技術犯罪対策課長。同年警察庁長官官房サイバーセキュリティ・情報化審議官。
島﨑 俊隆(しまざき としたか、1963年〈昭和38年〉9月… 島﨑 俊隆(しまざき としたか、1963年〈昭和38年〉9月15日 - )は、日本の警察庁技官。 神奈川県出身。東京大学大学院工学系研究科修了。1988年(昭和63年)4月、警察庁に入庁。警察通信の高度化、警察業務の情報化、コンピュータ犯罪の取り締まりに関心を持ったことが入庁の動機となり、当時通商産業省と郵政省も視野に入れていたが、結果的に出向で両省とも勤務する機会を得たと述懐している。 入庁後、通商産業省機械情報産業局情報処理システム開発課、中部管区警察局岐阜県通信部無線通信課長、郵政省電気通信局電波環境課課長補佐を経て、2001年(平成13年)2月、外務省在インド日本国大使館一等書記官に就任。
彦坂 正人(ひこさか まさと、1958年11月15日 - )… 彦坂 正人(ひこさか まさと、1958年11月15日 - )は、日本の警察庁技官、警察官。島根県警察本部長、九州管区警察局総務監察部長等を経て、警察庁情報通信局長。 愛知県出身。1983年名古屋大学工学部卒業、警察庁入庁、関東管区警察局神奈川県通信部配属。1984年関東管区警察局通信部。1985年警察庁長官官房会計課。1986年警察庁北海道警察通信部無線通信課係長。1988年警察庁通信局無線通信課主査。1991年関西国際空港総務部保安企画課課長代理。1994年愛知県警察本部交通部交通管制課調査官。1996年警察庁情報通信局通信施設課課長補佐。1998年神奈川県警察本部総務部情報管理課長。2000年警察庁情報通信局情報通信企画課理事官。
大亀 徹(おおかめ とおる、1951年10月 - )は、日本… 大亀 徹(おおかめ とおる、1951年10月 - )は、日本の元警視庁警察官。 現在は、サンデー毎日の全国高校別大学合格ランキングを毎年購入し、大学受験雑誌、大学学部別偏差値ランキングを把握し、母校明治大学の教職員、大学関係者、在校生の不甲斐無さを叱咤激励している。 1951年(昭和26年)10月、広島県尾道市に生まれる。1969年(昭和44年)3月、広島県立尾道北高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、明治大学農学部農業経済学科卒業。同年3月、警視庁に入り巡査拝命 (麹町署・第八機動隊) 。 上級職等の官僚機構に関する知識がなく、警視庁入庁後に公務員の身分制の壁に強いショックを受け、気力、体力もない東京大学法学部卒のキャリア官僚に伍する方法として、1978年4月、明治大学二部法学部法律学科に学士入学する。
西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1… 西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1日 - )は、日本の警察・防衛官僚、弁護士(笠原総合法律事務所、登録番号:44254)。防衛庁運用局長、防衛庁人事教育局長、防衛省官房長などを経て、2009年(平成21年)から2011年(平成23年)8月まで、内閣官房副長官補。 大阪府出身。1972年(昭和47年)京都大学法学部を卒業して、警察庁に入庁する。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平沢 勝栄(平澤 勝榮、ひらさわ かつえい、1945年〈昭和… 平沢 勝栄(平澤 勝榮、ひらさわ かつえい、1945年〈昭和20年〉9月4日 - )は、日本の政治家、警察・防衛官僚。自由民主党所属の衆議院議員(11期)。 復興大臣(第11代)、自由民主党広報本部長、内閣官房長官秘書官、ワールドスケートジャパン会長などを歴任。 岐阜県大野郡白川村生まれ。生家は国の重要文化財に指定されている「旧大戸家住宅」(現在は下呂市の下呂温泉合掌村に移築されている)。のちに父親の仕事の都合により福島県に転居。福島県立福島高等学校、東京大学法学部卒業。同級生に白川勝彦、早川忠孝がいる。なお、大学時代に安倍晋三の家庭教師を約2年間務めていた。 1968年、東大法学部を卒業し警察庁に入庁。
佐々 淳行(さっさ あつゆき、1930年〈昭和5年〉12月1… 佐々 淳行(さっさ あつゆき、1930年〈昭和5年〉12月11日 - 2018年〈平成30年〉10月10日)は、日本の警察・防衛官僚。危機管理評論家。 成蹊高等学校(旧制23回)、東京大学法学部卒業後、国家地方警察本部(現・警察庁)に入庁。目黒警察署をふりだしに「東大安田講堂事件」「連合赤軍あさま山荘事件」などで警備幕僚長として危機管理に携わる。1986年からは初代内閣官房安全保障室長を務め、昭和天皇の大喪の礼を最後に退官。 その後、文筆、講演、テレビ出演と幅広く活躍。「危機管理」という言葉のワードメーカー。1993年、『東大落城』で文芸春秋読者賞を受賞。 熊本県出身の政治学者で、朝日新聞論説委員、参議院議員などを務めた佐々弘雄の次男として、東京市麻布区(現・東京都港区)に生まれる。
森島 健男(もりしま たてお、1922年 (大正11年) 1… 森島 健男(もりしま たてお、1922年 (大正11年) 1月1日 - 2020年 (令和2年) 8月16日)は、日本の剣道家、元警視庁警察官。称号は剣道範士、警視庁剣道名誉師範。段位は元九段(2000年 (平成12年) 返上)。 熊本県上益城郡益城町出身。旧制中学校で武道専門学校(4期)出身の水野尾清から剣道を学び始める。水野は、試合ばかりやっていると将来伸びないとして基本稽古を重視したため、試合は1回戦で負けていたという。 1939年(昭和14年)、国士舘専門学校国語漢文剣道科に入学し、斎村五郎、小川忠太郎に師事する。1943年(昭和18年)に卒業。 1945年(昭和20年)、陸軍に召集される。
久保 卓也(くぼ たくや、1921年12月31日 - 198… 久保 卓也(くぼ たくや、1921年12月31日 - 1980年12月7日)は日本の警察・防衛官僚。元防衛事務次官。
丸山 昂(まるやま こう、1920年〈大正9年〉5月17日 … 丸山 昂(まるやま こう、1920年〈大正9年〉5月17日 - 2011年〈平成23年〉2月1日)は、日本の内務・警察・防衛官僚。 東京府出身。東京帝国大学法学部卒業。 1944年(昭和19年)、高等試験(旧国家公務員上級職試験)に合格。昭和19年2月、海軍兵科予備学生(第四期)任命、同年12月海軍少尉任官、海防艦「宇久」配乗となり、終戦まで海上護衛戦に従事。1946年(昭和21年)、内務省入省。警視庁においては外事課長や方面本部長、その後山梨県警本部長を務め、警察庁では長官官房会計課長や警備局参事官、官房長などを歴任。 1972年(昭和47年)のあさま山荘事件では、現場を所轄する長野県警察本部に警察庁から派遣された「幕僚団」の長を務めた(佐々淳行『連合赤軍「あさま山荘」事件』 (文藝春秋、1996年。
内海 倫(うつみ ひとし、1917年〈大正6年〉4月1日 -… 内海 倫(うつみ ひとし、1917年〈大正6年〉4月1日 - 2012年〈平成24年〉8月3日)は、日本の内務・警察・防衛官僚。位階は従三位。防衛事務次官。人事院総裁。 姫路高校文科甲類を経て東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、1941年(昭和16年)に内務省に入省。同期に高橋幹夫、柴田護、熊崎正夫、島田豊などがいる。内務省16年入省組は、後に「素心会」というOB団体を立ち上げている。 短期現役海軍主計科士官(6期)を志願し、1941年4月、海軍経理学校に入校し海軍主計中尉に任官。同年8月、経理学校を卒業。1942年(昭和17年)11月、主計大尉に進み敗戦を迎えた。同年9月、海軍主計少佐となり予備役に編入。
海原 治(かいはら おさむ、1917年2月3日 - 2006… 海原 治(かいはら おさむ、1917年2月3日 - 2006年10月21日)は、日本の内務・警察・防衛官僚、軍事評論家。大阪府出身。本籍は徳島県。 第一東京市立中学校・第一高等学校を経て、1939年に東京帝国大学法学部を卒業し、内務省入省。入省同期に後藤田正晴がいた。内務省大臣官房文書課勤務を経て、1940年1月に高知県事務官を発令。太平洋戦争勃発と前後して、1940年2月、陸軍第11師団歩兵第43連隊(徳島)に入営、経理部幹部候補生になり、第11師団経理勤務班隊長の陸軍主計大尉として終戦を迎える。 終戦によって第11師団は兵器を県に引渡し、県が占領軍へと引き渡すことになっていたが、目録を作成して引き渡す第11師団の経理勤務班の隊長でありながら、それを受け取る高知県事務官でもあったので同師団でもっとも早い召集解除となった。
後藤田 正晴(ごとうだ まさはる、1914年8月9日 - 2… 後藤田 正晴(ごとうだ まさはる、1914年8月9日 - 2005年9月19日)は、日本の内務・警察・防衛・自治官僚、政治家。
山本 弥之助(やまもと やのすけ、1907年(明治40年)6… 山本 弥之助(やまもと やのすけ、1907年(明治40年)6月27日 - 1986年(昭和61年)4月11日)は、日本の警察・朝鮮総督府官僚、政治家、弁護士。衆議院議員、盛岡市長。位階は従四位。 本籍・岩手県。山本幸太郎の長男として大阪市に生まれる。第三高等学校を卒業。1931年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1932年、京都帝国大学法学部を卒業。朝鮮総督府に入府し内務局属となる。 以後、朝鮮総督府道理事官、平安北道学務課長、忠清南道地方課長、京畿道学務課長、総督府殖産局事務官、黄海道警察部長、咸鏡北道警察部長、総督府書記官・警務局経済警察課長などを歴任。 1944年7月、岩手県部長・警察部長へ転任。
今井 久(いまい ひさし、1902年(明治35年)7月24日… 今井 久(いまい ひさし、1902年(明治35年)7月24日 - 1980年(昭和55年)7月25日)は、日本の内務・警察・防衛官僚。官選茨城県知事、防衛事務次官。 東京府出身。専売局官吏・今井譲の二男として生まれる。旧制愛知県立第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)、第八高等学校を卒業。1924年11月、高等試験行政科試験に合格。1925年3月、東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業。同年4月、内務省に入省し岡山県属となり内務部社会課兼地方課勤務となる。同年12月、休職して入営し、1926年11月、陸軍二等計手となり復職。 1927年3月、地方警視・宮崎県警察部警務課長兼保安課長に就任。以後、神奈川県警察部警務課長、石川県工場監督官、大阪府警察部警務課長、警視庁警視・警務部警務課長、佐賀県書記官・警察部長を歴任。
内藤 寛一(ないとう かんいち、1897年(明治30年)9月… 内藤 寛一(ないとう かんいち、1897年(明治30年)9月 - 没年不詳)は、日本の内務・警察・厚生官僚。官選茨城県知事、陸軍司政長官、昭南市長(シンガポール)。 愛媛県出身。内藤豊治の二男として生まれる。第一高等学校を卒業。1921年11月、高等試験行政科試験に合格。1922年、東京帝国大学法学部政治学科を卒業。内務省に入省し奈良県属となる。 以後、奈良県警部、三重県理事官・工場監督官、長野県書記官・学務部長、和歌山県書記官・警察部長、内務省書記官・警保局図書課長、同大臣官房会計課長、厚生省書記官・衛生局指導課長、同大臣官房会計課長、同職業部長、同職業局長などを歴任。 1941年3月26日、茨城県知事に就任。
中村 敬之進(なかむら けいのしん、1895年(明治28年)… 中村 敬之進(なかむら けいのしん、1895年(明治28年)9月9日 - 1978年(昭和53年)4月12日)は、日本の内務・警察・厚生官僚。官選愛媛県知事、厚生次官。 山口県出身。中村藤左衛門の二男として生まれる。山口県立山口中学校、第一高等学校を卒業。1921年11月、高等試験行政科試験に合格。1922年3月、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。同年4月、内務省に入省し福岡県属となり内務部庶務課勤務となる。 1927年5月、福岡県警視・警察部保安課長に就任。以後、神奈川県警察部勤務、兵庫県警察部特別高等警察課長、地方事務官・京都府勤務、内務事務官・警保局勤務、警務官、内務書記官・警保局図書課長、内閣調査局調査官、企画庁調査官、同次長心得、企画院内政部長、同第三部長、内務事務官・警保局保安課長を歴任。
小河 正儀(おがわ まさのり、1894年〈明治27年〉12月… 小河 正儀(おがわ まさのり、1894年〈明治27年〉12月2日 - 1977年〈昭和52年〉1月7日)は、日本の内務・警察・拓務官僚、弁護士。官選県知事、樺太庁長官、海軍司政長官。 山口県山口町今道町(現山口市)出身。第五高等学校を卒業。1918年、東京帝国大学法科大学を卒業。同年10月、高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し和歌山県属となる。 以後、内務属・警保局図書課勤務、静岡県警視、関東庁事務官兼同参事官、関東庁警視、朝鮮総督府秘書官、同事務官・殖産農務課長、拓務省書記官・朝鮮部第一課長、台湾総督府事務官、拓務省大臣官房会計課長などを歴任。 1936年10月、青森県知事に就任。腸チフス流行への対処などを行う。
佐々木 芳遠(ささき よしお / よしとお、1894年(明治… 佐々木 芳遠(ささき よしお / よしとお、1894年(明治27年)10月 - 1949年(昭和24年)10月20日)は、日本の内務・警察・厚生官僚。官選県知事。 宮城県出身。佐々木茂三郎の三男として生まれる。第二高等学校を卒業。1919年10月、高等試験行政科試験に合格。1920年、東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業。内務省に入省し埼玉県属となる。 以後、岐阜県加茂郡長、徳島県理事官、神奈川県警視、復興局事務官、岩手県書記官・警察部長、茨城県書記官・警察部長、山口県書記官・警察部長、東京府書記官・経済部長、同総務部長などを歴任。 1938年6月、秋田県知事に就任。戦時下の体制整備、田沢疏水開墾事業、秋田飛行場建設工事などを推進。
二見 直三(ふたみ なおぞう、1888年〈明治21年〉10月… 二見 直三(ふたみ なおぞう、1888年〈明治21年〉10月4日 - 1953年〈昭和28年〉12月30日)は、日本の内務・警察・台湾総督府官僚。官選滋賀県知事、盛岡市長。 岩手県盛岡市出身。二見直吉の長男として生まれる。盛岡中学、第八高等学校を卒業。1915年、東京帝国大学法科大学を卒業。1917年10月、文官高等試験行政科試験に合格。1918年2月、内務省に入省し福井県属となる。 以後、福井県警視、山口県理事官、秋田県書記官・学務部長、大分県書記官・警察部長、奈良県書記官・警察部長、京都府書記官・警察部長、宮城県内務部長、北海道庁土木部長などを歴任。 1936年4月、滋賀県知事に就任。同年9月、台湾総督府警務局長に転じた。
牛島 省三(うしじま しょうぞう、せいぞう、1883年(明治… 牛島 省三(うしじま しょうぞう、せいぞう、1883年(明治16年)3月 - 1940年(昭和15年)10月14日)は、日本の内務・警察・朝鮮総督府官僚、実業家。官選茨城県知事。 陸軍大将の牛島満は弟。 鹿児島県鹿屋市出身。薩摩藩士牛島実満の二男。父は明治維新後、東京に住し、陸軍中尉として近衛連隊に勤務していたが、弟の満が生まれる半年前に死去。5歳の時に母に連れられて鹿児島に転居[要出典]。 第七高等学校造士館を卒業後、1910年に東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。1911年11月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し兵庫県試補となる。 以後、兵庫県警視、同県美嚢郡長、鳥取県理事官、山口県警察部長、熊本県警察部長、兵庫県警察部長、石川県書記官・内務部長、長野県書記官・内務部長、大阪府書記官・内務部長、警視庁警務部長などを歴任。
相賀 照郷(あいが てるさと、1873年〈明治6年〉11月9… 相賀 照郷(あいが てるさと、1873年〈明治6年〉11月9日 - 1950年〈昭和25年〉11月17日[要出典])は、日本の警察・台湾総督府官僚。佐世保市長。 佐賀県杵島郡富岡村(現:武雄市)で、佐賀県士族・相賀照忠の長男として生まれる。1896年7月、第五高等学校を卒業。1900年7月、東京帝国大学法科大学法律学科(英法)を卒業。同月、逓信省に入省し鉄道書記となる。1902年11月、文官高等試験行政科試験に合格した。 1903年3月、内務省に転じ警視庁属兼同庁警部となる。以後、警視庁警視、府中警察署長を務める。1905年5月、関東州民政署に転じ民政署警視に就任。以後、金州支署長、関東都督府金州民政署長、同旅順民政署長、同大連民政署長などを歴任し、1912年12月に休職となる。
小野田 元熈(おのだ もとひろ、1848年3月15日(弘化5… 小野田 元熈(おのだ もとひろ、1848年3月15日(弘化5年2月11日) - 1919年(大正8年)6月12日)は、幕末の館林藩士、明治から大正期の警察・内務官僚、政治家。官選県知事、貴族院議員、錦鶏間祗候。旧姓・藤野、幼名・貞治。 館林藩下士・藤野逸平の二男として生まれ、同藩の小野田安兵衛の養子となる。館林藩では、徒士格大納戸役、家老付日記役心得、藩内監察、少属などを歴任。 明治4年11月(1871年末頃)、東京府取締組羅卒小頭となり、さらに司法省少警部となり1873年2月に退官。1874年1月、警視庁少警部として再度、警察官となる。1877年2月、内務省警視局三等大警部兼陸軍歩兵中尉として、別働第3旅団第1大隊副官として西南戦争に従軍した。