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長谷川 勝士(はせがわ かつし、1950年9月10日 - )… 長谷川 勝士(はせがわ かつし、1950年9月10日 - )は、日本の放送作家、テレビプロデューサー、作詞家。日本脚本家連盟会員、日本放送作家協会会員。 兵庫県姫路市出身。姫路市立姫路高等学校、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)芸術学部卒業。 大学時代、放送作家の大倉徹也に師事。22歳の頃『談志・円鏡の歌謡合戦』(ニッポン放送)でデビュー。 20代の頃はラジオ番組をメインに活動した。『GO!GO!キャンディーズ』(文化放送)を担当していた縁で、当時キャンディーズのマネージャーだった大里洋吉(現・アミューズ代表取締役会長)と出会い、キャンディーズのステージ構成を担当し、ステージ演出を学ぶ。 30代以降はテレビ番組の企画やプロデュースも手がけるようになった。
礒永 秀雄(いそなが ひでお、1921年1月17日 - 19… 礒永 秀雄(いそなが ひでお、1921年1月17日 - 1976年7月27日)は、詩人。旧朝鮮仁川出身。 1921(大正10)年1月17日、旧朝鮮仁川の生まれ。詩人・童話作家。京城中学、姫路高校をへて東京帝大文学部美学科に進学。昭和18(1943)年、学徒動員で南方(ハルマヘラ島)へ行き、敗戦の翌年6月に復員。山口県光市に居住。やがて高校教師をしながら詩作を試み、23(1948)年、小詩集『天路への誘い』『聖玻璃彷徨』『夜の聖歌隊』を刊行。同年、結婚。25(1950)年、詩誌「駱駝」創刊。26(1951)年、詩集『浮灯台』で第1回山口県芸術文化振興奨励賞を受賞。昭和47(1972)年、山口県文学者訪中団の一員として中国訪問。
内海 倫(うつみ ひとし、1917年〈大正6年〉4月1日 -… 内海 倫(うつみ ひとし、1917年〈大正6年〉4月1日 - 2012年〈平成24年〉8月3日)は、日本の内務・警察・防衛官僚。位階は従三位。防衛事務次官。人事院総裁。 姫路高校文科甲類を経て東京帝国大学法学部政治学科を卒業し、1941年(昭和16年)に内務省に入省。同期に高橋幹夫、柴田護、熊崎正夫、島田豊などがいる。内務省16年入省組は、後に「素心会」というOB団体を立ち上げている。 短期現役海軍主計科士官(6期)を志願し、1941年4月、海軍経理学校に入校し海軍主計中尉に任官。同年8月、経理学校を卒業。1942年(昭和17年)11月、主計大尉に進み敗戦を迎えた。同年9月、海軍主計少佐となり予備役に編入。
渡海 元三郎(とかい もとさぶろう、1915年3月13日 -… 渡海 元三郎(とかい もとさぶろう、1915年3月13日 - 1985年5月2日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(10期)、自治大臣、建設大臣などを歴任。文部科学大臣(第9代)、自由民主党政務調査会長(第62代)を勤めた渡海紀三朗の父。渡海晴平の子。 兵庫県印南郡曽根町(現:高砂市)出身。姫路中学、姫路高校文科乙類を経て、1939年京都帝国大学法学部卒。卒業後はブリヂストンタイヤに就職するが、同年12月に応召され、日中戦争に従軍。1943年に除隊となり、川崎重工に入社するが、翌1944年に再招集され、姫路の部隊で終戦を迎える。 戦後は地元で鋳造業を始める傍ら、故郷・曽根町の青年団長、印南郡連合青年団長を務めた。
野崎 欣一郎(野﨑 欣一郎、のざき きんいちろう、1922年… 野崎 欣一郎(野﨑 欣一郎、のざき きんいちろう、1922年 (大正11年) 1月16日 - 1975年 (昭和50年) 4月1日は、日本の政治家。元滋賀県知事(2期) 。位階は従四位。 滋賀県出身。姫路高等学校を経て、1943年に京都帝国大学法学部を卒業。滋賀県に入庁。総務部長を経て、副知事に就任。 1966年、自民党、社会党、民社党の推薦を得て滋賀県知事に初当選。44歳で全国最年少の知事となった。 1972年、建設相の琵琶湖のダム化計画を撤回させ、総額4,250億円におよぶ開発事業費を投入する「琵琶湖総合開発特別措置法」を成立させた。県民の大多数はこれを野崎の勝利とみなした。 しかし野崎県政の後期には、上田建設が隠然たる勢力を誇り、県の大口入札についてはすべて同社の上田茂男社長が取りしきるようになっていた。