スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
高重 翔(たかしげ しょう、1992年5月26日 - )は日… 高重 翔(たかしげ しょう、1992年5月26日 - )は日本のマジシャン。山口県宇部市出身。 宇部市立常盤中学校を経て、山口県立山口高等学校卒業、山口大学中退。 13歳の時、TVで見たマジックに影響を受け、マジックを学び始める。同年、山口県宇部市のLILLIPUTに師事。 高校時代に地元レストランでマジシャンとしての初出演。大学時代から山口市湯田温泉のバーに出演してパフォーマンス経験を積む。 2014年から湯田温泉街での路上パフォーマンスを始める。 2016年よりプロマジシャンに転向。 2017年3月、Japan Cup 2017にて銀賞を受賞、FISM日本代表に選出される。 同年11月、FISM Asia Championships of Magicにてパーラー部門3位を受賞しアジア代表に選出。
永岡 克也(ながおか かつや、1991年12月3日 - )は… 永岡 克也(ながおか かつや、1991年12月3日 - )は、テレビ山口(tys)のアナウンサー。 山口県山口市の出身であり1991年生まれ。2010年に山口県立山口高等学校卒業。2014年に立命館大学卒業。同年、テレビ山口に入社。同期入社に、大東和華子(2020年3月退社)がいる。 山口高等学校時代はテニス部に所属。 趣味はテニス、バイク、旅行。モットーはなんとかなる。
小林 愛子(こばやし あいこ、1989年4月11日 - )は… 小林 愛子(こばやし あいこ、1989年4月11日 - )は、山口県を拠点に活動するフリーアナウンサー。元ほっちゃテレビのアナウンサー、元エフエム山口 (FMY) のラジオパーソナリティ。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、山口県立大学国際文化学部国際文化学科卒業。大学在学中、エフエム山口の献血推進番組『ハートフルリレー〜Love in Action 山口〜』のパーソナリティを務めていた。 卒業後、4年ほど長門市にあるケーブルテレビ・ほっちゃテレビに勤務の後、2017年4月から2022年9月まで再びエフエム山口のパーソナリティを務めていた。編成制作部所属のパーソナリティであるが、媒体によってはアナウンサーとして紹介されることもある。
小池 龍之介(こいけ りゅうのすけ、1978年(昭和53年)… 小池 龍之介(こいけ りゅうのすけ、1978年(昭和53年)12月15日 - )は、日本の元浄土真宗僧侶。対外的には浄土真宗本願寺派寺院の副住職として活動し檀家から布施を受け取る一方、ヴィパッサナー瞑想などに傾倒していたこと等が宗派から問題視されて僧籍を剥奪され、のちに単立寺院沙光山正現寺住職を名乗った。 大阪府生まれ。山口市立川西中学校・山口県立山口高等学校を経て、東京大学教養学部卒業。大学ではドイツ地域文化研究分科で西洋哲学を専攻。 その後、浄土真宗本願寺派教師課程で教師資格を取得。僧侶派遣アルバイトなどを経て、実父・小池法雄が住職を務める山口市の浄土真宗本願寺派正現寺副住職を務めていた。2010年(平成22年)に父の後任の住職に就職するため、住職申請を行ったが、本願寺派の教義に反した活動・出版をしたとして、不許可処分を受ける。
フルカワ ユタカ(1978年2月28日 - )は、日本のミュ… フルカワ ユタカ(1978年2月28日 - )は、日本のミュージシャン。古川裕、と表記することもある。ロックバンド・DOPING PANDAのボーカル・ギター。DOPING PANDAではYutaka Furukawaの名義で活動している。自称・愛称ともに「ロックスター」、または「スター」。山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、電気通信大学卒。A型。身長174cm。 1997年にスリーピースロックバンド「DOPING PANDA」を結成。 2012年4月にDOPING PANDAが解散。その後、2012年8月にソロ活動を開始。 2013年1月に渋谷クアトロで初のソロ・3daysライブを行い、同年11月13日にアルバム「emotion」をリリース。
外賀 幸一(げか こういち、1976年4月28日 - )は、… 外賀 幸一(げか こういち、1976年4月28日 - )は、日本のフリーアナウンサー。元ミヤギテレビのアナウンサー。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、青山学院大学法学部卒業後、2001年4月にミヤギテレビに入社した。 2011年1月に仙台で活動しているローカルタレントの早坂明子と結婚した事を自身がMCを務めるミヤテレスタジアムの番組内で発表した。 第44回NNSアナウンス大賞テレビ部門大賞受賞。 2025年9月をもってミヤギテレビを退職、フリーアナウンサーとして活動する。
高邑 勉(たかむら つとむ、1974年5月30日 - )は、… 高邑 勉(たかむら つとむ、1974年5月30日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。鳩山由紀夫元首相が理事長を務める公益財団法人「友愛」理事。 山口県山口市生まれ。山口市立白石小学校、山口大学教育学部附属山口中学校、山口県立山口高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科卒業(大学入学は指定校推薦による推薦入学[要出典])。 大学卒業後、日本生命保険相互会社、メリルリンチ日本証券勤務を経て、民主党参議院議員(当時)・鈴木寛の秘書を務める。2005年から北京大学国際関係学院・同大学院に留学し、修士号(国際関係専攻)を取得する。 2007年6月、次期総選挙に山口1区から民主党公認で立候補する意向を表明。
河野 真太郎(こうの しんたろう、1974年〈昭和49年〉 … 河野 真太郎(こうの しんたろう、1974年〈昭和49年〉 - )は、日本の英文学者。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門は20世紀イギリスの文化と社会。 1974年(昭和49年)、山口県生まれ。山口県立山口高等学校を卒業する。1998年(平成10年)一橋大学法学部卒業、2005年(平成17年)東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。2012年(平成24年)には学位論文「田舎者の英文学 二〇世紀イギリスの「文化」とその地政学」を提出し、一橋大学を授与機関として博士(学術)を取得する。 2005年(平成17年)4月より、京都ノートルダム女子大学人間文化学部英語英文学科専任講師を務める。
佐竹 暁子(さたけ あきこ、1974年 - )は、日本の数理… 佐竹 暁子(さたけ あきこ、1974年 - )は、日本の数理生物学者。山口県出身。九州大学理学研究院生物科学部門数理生物学教室(地球環境ゲノム生態学ユニット)教授。 日本数理生物学会、日本生態学会、個体群生態学会、日本植物生理学会、Society for Research on Biological Rhythms (SRBR)、所属。 1974年、山口県に生まれる。 1993年、山口県立山口高等学校を卒業した。 2002年、九州大学理学研究院数理生物学研究室において博士課程を修了した。 修了後はペンシルバニア州立大学Bjornstad Lab(2003年)、京都大学生態学研究センター(2004年)、プリンストン大学Levin Lab & PEI(2005年)といった研究機関に所属した。
工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - … 工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、金融論。Ph.D.(ニューヨーク州立大学、2000年)。名古屋大学大学院経済学研究科教授。
徳力 基彦(とくりき もとひこ、1972年11月16日 - … 徳力 基彦(とくりき もとひこ、1972年11月16日 - )は、日本の実業家、ブロガー。アジャイルメディア・ネットワーク株式会社共同創業者。同社代表取締役社長を経て、noteプロデューサー。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校を経て、名古屋大学法学部卒業後、1995年日本電信電話入社。2001年PwCコンサルティング入社。2002年アリエル・ネットワーク入社。2007年のアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーとして参画し、同年取締役に就任。2009年アジャイルメディア・ネットワーク代表取締役社長。2014年アジャイルメディア・ネットワーク取締役。2019年noteプロデューサー。
島田 幸典(しまだ ゆきのり、1972年5月27日 - )は… 島田 幸典(しまだ ゆきのり、1972年5月27日 - )は、日本の政治学者、歌人。京都大学大学院法学研究科教授。専門は比較政治学、比較国制史。 1972年、山口県で生まれた。1991年、山口県立山口高等学校を卒業。京都大学法学部に進学し、1995年に卒業。その後は同大学法学研究科に進んだ。1998年に博士後期課程を退学。 同1998年、京都大学大学院法学研究科の助手に採用された。2000年に同助教授、2007年に准教授昇格。2003年9月より2年間シェフィールド大学政治学部政治経済学研究所(イギリス)およびウィーン大学法学部法制・国制史研究所(オーストリア)で在学研究。 歌人としては、山口県立山口高等学校在学中の1990年より短歌結社「牙」にて石田比呂志に師事。
熊本 史雄(くまもと ふみお、1970年- )は、日本の歴史… 熊本 史雄(くまもと ふみお、1970年- )は、日本の歴史学者、駒澤大学教授。専門は日本近代史、政治外交史。樫山純三賞、司馬遼太郎賞、大佛次郎論壇賞。 山口県山口市生まれ。山口県立山口高等学校卒、1993年筑波大学第二学群日本語・日本文化学類卒業。1995年同大学院博士課程中退。2012年「大戦間期の外務省と対中文化外交」で博士(文学)。1995年外務省外交史料館外務事務官、2004年駒澤大学文学部専任講師、2008年准教授、2014年教授。2025年『外務官僚たちの大東亜共栄圏』で第20回 樫山純三賞、第29回 司馬遼太郎賞、第25回 大佛次郎論壇賞を受賞。 3人兄弟の長男で兄弟全員が大学教授を務める研究職家系で、長弟の方雄は一橋大学経営管理研究科、末弟の尚雄は獨協大学経済学部に所属し、弟2人は共に国際金融を専攻する経済学者である。
山本 伸裕(やまもと のぶひろ、1969年- )は、日本の倫… 山本 伸裕(やまもと のぶひろ、1969年- )は、日本の倫理学・仏教学者。真宗大谷派親鸞仏教センター研究員、東京大学東洋文化研究所特任研究員、東京医療保健大学大学院医療保健学研究科准教授。 1969年、群馬県で生まれた。山口県立山口高校を卒業し、東京大学文学部倫理学科に進学。東洋大学大学院文学研究科仏教学専攻に進み、博士後期課程を単位取得退学。 2011年、学位論文『精神主義」は誰の思想か:清沢満之と浩々洞の人々』を大谷大学に提出して文学博士号を取得した。東京医療保健大学大学院准教授。 倫理学者の竹内整一・東京大学名誉教授の指導を受ける。 専門は日本倫理思想史、倫理学、インド大乗仏教、死生学(生命倫理学)
河村 孝(かわむら たかし、1968年6月20日 - )は、… 河村 孝(かわむら たかし、1968年6月20日 - )は、山口県阿武郡旭村(現萩市)出身の元サッカー選手(FW)、サッカー指導者(JFA公認B級コーチ)。 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)・レノファ山口FCを運営する株式会社レノファ山口の代表取締役社長を務めた。 山口県立山口高等学校出身。高校時代は3年連続で全国高等学校サッカー選手権大会に出場、2年次の第63回大会ではベスト8入りした。 1987年、日本サッカーリーグ(JSL)のマツダSC(現サンフレッチェ広島)に入団する。同期に森保一がいる。1989年マツダとプロ契約を結ぶ。このころにマンチェスター・ユナイテッドのリザーブチームであるマンチェスター・ユナイテッドFC.リザーブへ留学経験がある。
中村 和洋(なかむら かずひろ、1967年11月29日 ‐ … 中村 和洋(なかむら かずひろ、1967年11月29日 ‐ )は、山口県岩国市出身の小児科医・医学博士。2010年(平成22年)から2014年(平成26年)まで広島大学大学院(大学病院)・小児科学の准教授。 1986年(昭和61年)山口県立山口高等学校を卒業。1992年(平成4年)広島大学医学部を卒業し、広島大学医学部・小児科学へ入局。臨床経験を積んだのちに1999年(平成11年)広島大学大学院・医学系研究科博士課程へ入学。2003年(平成15年)同上終了し医学博士取得。2009年(平成21年)広島大学大学院(大学病院)・小児科の講師、2010年(平成22年)から広島大学大学院(大学病院)・小児科学の准教授。
水津 邦治(すいづ くにはる、1967年7月22日 - )は… 水津 邦治(すいづ くにはる、1967年7月22日 - )は、テレビユー福島アナウンサー。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、中央大学法学部卒業。 Category:テレビユー福島のアナウンサーを参照
藤井 克典(ふじい かつのり、1967年3月1日 - )は、… 藤井 克典(ふじい かつのり、1967年3月1日 - )は、NHKのエグゼクティブアナウンサー。 山口県立山口高等学校を経て早稲田大学第一文学部卒業後、1990年入局。 松江放送局時代(1990年度 - 1992年度) 東京アナウンス室時代(1度目)(1993年度 - 1997年度) 松山放送局時代(1998年度 - 2000年度) 東京アナウンス室時代(2度目)(2001年度 - 2005年6月) 山口放送局時代(2005年6月 - 2009年6月) 東京アナウンス室時代(3度目)(2009年6月 - 2012年度) 編成局計画管理部時代(2013年度 - 2015年6月) 札幌放送局時代(2015年6月 - 2019年6月) 東京アナウンス室時代(4度目)(2019年6月 - 2023年6月)
吉永 達哉(よしなが たつや、1967年 - )はフリー司会… 吉永 達哉(よしなが たつや、1967年 - )はフリー司会者 (MC)、ローカルタレント。 山口県山口市生まれ。山口高校、神戸学院大学を経て、1990年に近畿日本ツーリストに入社し、ツアーコンダクターなどを務める。2001年に近畿日本ツーリストを退社し、個人事務所「スクエア」を設立して司会業として独立。山口を拠点にイベントやローカル番組の進行役などを務める。2006年の山口ケーブルビジョン「ヤスベエの "幸せます!"」で番組ディレクターと編集業務に従事するなど、番組制作も担当するようにもなる。 2008年に中国リーグ所属(当時)のサッカークラブ・レノファ山口FC監督を務めていた宮成隆から「スタジアムを盛り上げて欲しい」とのオファーを得てスタジアムMCとしての活動を始め、以後レノファのホームゲームでのスタジアムMCを務めている。
平田 英治(ひらた えいじ、1966年5月16日 - )は、… 平田 英治(ひらた えいじ、1966年5月16日 - )は、山口県山口市出身の元サッカー選手(FW、MF)、サッカー指導者(JFA公認A級コーチ)。 現、徳島ヴォルティスユース監督 兼 育成チーフ。 スピードのあるドリブルと正確なヘディングシュートが持ち味。 マツダ時代の90-91シーズンを日本サッカーリーグ2部で戦うマツダはシーズン中盤以降に故障者が続出したが、平田がそれを見事にカバーし1部昇格に貢献した。1992年サンフレッチェ広島設立にも在籍。翌1993年SKベネショフへ移籍。 帰国後は山口教員団(現、レノファ山口FC)、1995年から大塚製薬でプレーし、1998年引退。 その後は大塚製薬スタッフ、徳島ヴォルティス誕生後もスタッフとして活躍している。
野口 泰(のぐち やすし 昭和41年5月7日 - )は、日本… 野口 泰(のぐち やすし 昭和41年5月7日 - )は、日本の外交官。 山口市立大殿中学校卒業、山口県立山口高等学校卒業、京都大学法学部第二類卒業(平成2年3月)
十時 裕樹(ととき ひろき、1964年〈昭和39年〉7月17… 十時 裕樹(ととき ひろき、1964年〈昭和39年〉7月17日 - )は、日本の実業家。ソニーグループ株式会社取締役代表執行役社長CEO兼ソニー・インタラクティブエンタテインメント会長。ソニー銀行株式会社共同創業者。山口県出身。 山口県立山口高等学校を経て、早稲田大学商学部を卒業後、1987年にソニー(現・ソニーグループ)に入社。2001年に石井茂と共にソニー銀行を設立。2005年にソニーコミュニケーションネットワーク(現・ソニーネットワークコミュニケーションズ)専務に就任。副社長を経て、2013年にソニー(現・ソニーグループ)業務執行役員に就任。2014年にグループ役員に異動し、同時にソニーモバイルコミュニケーションズ代表取締役社長兼CEOに就任。
山本 麻里(やまもと まり、1964年〈昭和39年〉1月23… 山本 麻里(やまもと まり、1964年〈昭和39年〉1月23日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 内閣官房孤独・孤立対策担当室長、厚生労働省社会・援護局長、桑名市副市長などを歴任。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校を経て、1987年(昭和62年)3月、東京大学教養学部を卒業。同年4月、厚生省へ入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 厚生労働省大臣官房厚生科学課健康危機管理官、同総務課企画官、保険局総務課老人医療企画官、同総務課高齢者医療企画官、社会・援護局援護課長、職業安定局派遣・有期労働対策部外国人雇用対策課長、社会・援護局総務課長などを歴任し、廃棄物処理法の改正やPCB廃棄物処理特別措置法の制定、感染症法の改正やSARS、鳥インフルエンザへの対処、児童福祉法及び児童扶養手当法の改正や子ども虐待防止対策などに携わった。
津田 秀樹(つだ ひでき、1964年 - )は試験の研究家。… 津田 秀樹(つだ ひでき、1964年 - )は試験の研究家。 山口高校時代に択一式テストの法則を発見。筑波大学在学中に選択式の問題を選択肢のみで解く方法を開発し、同級生や受験生に家庭教師として指導する中、1986年当時大学生にして出版。翌年有坂誠人が自作と類似したテクニック本『例の方法』を出版したことにショックを受け、学参の世界から一時去る。その後彼の本の読者だった編集者の勧めで公務員試験関連の本を執筆し、これが好評だったため再び脚光を浴びる。以後、さまざまな試験対策本を執筆している。大学受験や公務員試験に対応している。 有坂誠人の方法と異なるのは、選択肢単独で正誤を判断する方法が載っている点である。
前田 恭二(まえだ きょうじ、1964年- )は、日本の美術… 前田 恭二(まえだ きょうじ、1964年- )は、日本の美術評論家、ジャーナリスト(読売新聞記者)。 山口県生まれ。山口県立山口高等学校卒、1987年東京大学文学部美術史学科卒業後、読売新聞社入社。読売新聞東京本社文化部次長。2015年『絵のように 明治文学と美術』で芸術選奨新人賞受賞。
宇山 智哉(うやま ともちか、1963年10月1日 - )は… 宇山 智哉(うやま ともちか、1963年10月1日 - )は、日本の外交官、国際公務員。世界貿易機関(WTO)事務局長上級補佐官。日本人初のWTO中枢幹部。 山口県秋芳町(現美祢市)出身。1982年山口県立山口高等学校卒業。1986年一橋大学法学部卒業、外務省入省。1989年スワースモア大学教養学部を優等(with distinction)で卒業。 通商産業省出向、ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官等を経て、2001年在エジプト日本国大使館参事官。2004年外務省経済局国際機関第一課サービス貿易室長。同年外務省経済局国際貿易課サービス貿易室長。2006年外務省経済局国際貿易課長。2008年在フィリピン日本国大使館公使。
重松 清(しげまつ きよし、1963年3月6日 - )は、日… 重松 清(しげまつ きよし、1963年3月6日 - )は、日本の小説家。 岡山県生まれ。少年時代吃音で悩んでいたことも後に作品に反映させている。早稲田大学教育学部卒。出版社勤務を経て、フリーライターに。 『ビフォア・ラン』(1991年)で作家デビューし、『ナイフ』(1997年)、『定年ゴジラ』(1998年)などで注目される。『ビタミンF』(2000年)で直木賞を受賞。主に現代的な家族の姿をモチーフとし、日常の中に潜む社会的問題を浮き彫りにする。少年少女の悩める心、成長の姿を扱った作品への評価も高い。 岡山県久米郡久米町(現・津山市)の生まれ。中学、高校時代は山口県で過ごし、1981年、山口県立山口高等学校卒業後、18歳で上京。
迫田 英典(さこた ひでのり、1959年10月11日 - )… 迫田 英典(さこた ひでのり、1959年10月11日 - )は、日本の財務官僚。第47代国税庁長官。森友学園をめぐる問題で、国有地の売却交渉が行われたときの財務省理財局長を務めた。 山口県豊北町(現下関市豊北町)出身。山口県立山口高等学校卒業。1982年3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月、大蔵省入省。関税局企画課に配属される。入省同期に、片山さつき(自民党参議院議員)、福田淳一(財務次官、主計局長)、佐川宣寿(国税庁長官)、梶川幹夫(関税局長)、田中修(税務大学校長) 、遠藤俊英(金融庁長官)らがいる。 2014年7月4日、財務省大臣官房総括審議官に就任。 2015年7月7日、財務省理財局長に就任。
亀本 洋(かめもと ひろし、1957年12月15日 - )は… 亀本 洋(かめもと ひろし、1957年12月15日 - )は、日本の法学者。専門は法哲学。京都大学大学院法学研究科教授などを経て、明治大学法学部教授。 元:日本法哲学会理事長(2013年~2017年)。法哲学の教科書として公刊した『法哲学』(成文堂、2011年)は、全体を通じて古典注釈と判例原文読解の方法を駆使しつつ、経済学への理解をもとに経済フォーラム論を展開(第6章・第7章)しており、白鷗大学教授の阿部信行によって「重厚かつユニークな法哲学(教科)書」と評される。その後、ジョン・ロールズの格差原理に関する研究の成果を『格差原理』(成文堂、2012年)として公刊し、さらにロールズを批判するデザート論者の見解や、現代正義論の一勢力としてのデザート論者の諸見解についての研究の成果を『ロールズとデザート』(成文堂、2015年)として公刊した。
瀧本 夏彦(たきもと なつひこ、1957年〈昭和32年〉6月… 瀧本 夏彦(たきもと なつひこ、1957年〈昭和32年〉6月6日 - )は、日本の経営者。中国電力社長、会長を務めた。 山口市出身。山口県立山口高等学校(82期)を経て、1980年に東京大学経済学部を卒業し、同年に中国電力に入社した。2018年に取締役、2020年に副社長を経て、2022年6月には社長に就任。2023年6月には企業向けの電力供給を巡るカルテル問題においての責任を取る形で社長を辞任。
宮成 隆(みやなり たかし、1957年1月28日 - 201… 宮成 隆(みやなり たかし、1957年1月28日 - 2013年6月9日)は、山口県出身のサッカー選手、指導者。 山口県立山口高等学校、早稲田大学卒業。早稲田大学ア式蹴球部に所属し、第27回1978年インカレ優勝などに貢献し、全日本大学選抜や日本B代表などに選出されている。 大学を卒業後、山口に帰郷し高校教員となり、南陽工業高校、小野田高校、そして母校である山口高校で教鞭をとりながら各高校のサッカー部監督を務めた。一方で中国サッカーリーグ所属の山口サッカー教員団(現レノファ山口FC)に入団。1980年に中国リーグ得点王・1981年にアシスト王・1982年に得点王と3つタイトルを獲得した。現役引退後は、山口県サッカー協会の要職を歴任し、常任理事や技術委員長として活躍した。
井上 茂子(いのうえ しげこ、1954年2月5日 - )は、… 井上 茂子(いのうえ しげこ、1954年2月5日 - )は、日本の歴史学者、翻訳家。専門は西洋史(ドイツ史)。上智大学名誉教授。 山口県山口市生まれ。1976年東京大学教養学部教養学科卒業、1979年同大学院社会学研究科国際関係論専門課程修士課程修了、1986年同博士課程単位取得満期退学。1982年10月から1985年3月にかけて西ドイツ・ミュンヘン大学へ留学。1986年東京大学教養学部助手、1987年姫路獨協大学外国語学部専任講師、1990年助教授、1997年上智大学文学部助教授、2001年教授、2019年特別契約教授。2023年名誉教授。 2004年『ホロコースト事典』で日本翻訳出版文化賞受賞。
伊藤 青波(いとう しょうは、1954年1月 - )は、日本… 伊藤 青波(いとう しょうは、1954年1月 - )は、日本の政治家である。山口県山口市議会議員(3期)、徳地町長(4期)等を歴任した。山口県立山口高等学校卒業。山口県山口市徳地町在住。
仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の… 仲西 昭徳(なかにし あきのり、1954年 - )は、日本の自動車デザイナー。現職は、三菱自動車工業の執行役員、及び北米本部長。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校、金沢美術工芸大学卒業。1977年、三菱自動車工業入社。1987 - 88年のカリフォルニア駐在等を経て同社欧州法人のデザインスタジオであるミツビシ・デザイン・ヨーロッパ(MDE、ドイツ・ヘッセン州Trebur)においてゼネラル・マネジャーを務める。2004年6月、三菱自動車工業デザインセンター長に就任、2006年6月からは同社執行役員を兼務する。2009年2月にデザイン部門から離れ、以後アジア・アセアン本部長、ミツビシ・モーターズ・ヨーロッパ社(Mitsubishi Motors Europe BV)の取締役社長を歴任。
吉田 正(よしだ せい、1953年(昭和28年)3月16日 … 吉田 正(よしだ せい、1953年(昭和28年)3月16日 -)は、山口県山口市出身の写真家。日本広告写真家協会会員。日本写真芸術学会会員。 山口県立山口高等学校卒。大阪芸術大学写真学科卒業後、大日本印刷(株)CDC(クリエイティブ・デザイン・センター)写真部に入社、コマーシャルフォトグラファーとして10年勤務の後に独立する。学生時代にアメリカ南部(セントルイス、ニューオーリンズなど)を撮影したモノクロの心象風景が彼の写真作品の原点となり、国内外の日常的なシーンを題材に静謐で情緒的な世界を展開し、スタイリッシュなモノトーンの作品として評されている。また、詩人の中原中也とは縁戚関係にあり、詩と写真のコラボレーション作品も発表している。
齋藤 宗房(さいとう むねふさ、1953年 - )は、日本の… 齋藤 宗房(さいとう むねふさ、1953年 - )は、日本の実業家。勲等は旭日小綬章。山口トヨタ自動車代表取締役社長、テレビ山口代表取締役社長。 1972年山口県立山口高等学校卒業。同年慶應義塾大学法学部に入学。同大卒業後、山口トヨタ自動車に入社。 山口ケーブルビジョン社長及びテレビ山口社長、山口商工会議所会頭、山口銀行社外取締役、ヤマグチ・ベンチャー・フォーラム理事、山口大学経営協議会学外委員、山口県バレーボール協会会長等を歴任した。2024年4月時点で、表千家同門会山口県支部長。 2025年秋の叙勲で旭日小綬章を受章した。
金子 惠治(かねこ けいじ、1949年2月25日 - )は、… 金子 惠治(かねこ けいじ、1949年2月25日 - )は、日本の経営者。セントラル硝子元代表取締役専務である。 山口県出身。1967年、山口県立山口高等学校卒業。1971年3月に山口大学経済学部を卒業。同年4月、セントラル硝子に入社、2001年6月に同社経理部長、2004年6月に同社取締役兼常務執行役員に就任、2008年に同社代表取締役兼専務執行役員、2012年には同社特別顧問に就任した。
清水 巖(しみず いわお、1945年8月30日 - )は、日… 清水 巖(しみず いわお、1945年8月30日 - )は、日本の法学者。専門は、商法・消費者法。九州大学名誉教授。消費者問題研究者。社会活動家。 山口県山口市に生まれる。山口県立山口高等学校を経て、1968年に大阪大学法学部を卒業。引き続き同大学院法学研究科に進み、修士課程を修了後、博士課程在学中に文部教官に採用されて退学する。 滋賀大学経済学部助教授を経て、1983年に教授に昇進(学部および大学院経済学研究科で商法を担当)。 1993年に九州大学法学部教授(大学制度改革により九州大学大学院法学研究院教授)に転任。その後、法科大学院制度の発足により、同大学法科大学院教授を兼任した。九州大学では法学部および大学院法学府博士課程で商法及び消費者法を、大学院法務学府(法科大学院)で消費者法を担当した。
原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の… 原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の映画監督。疾走プロダクション所属。妻は疾走プロダクション代表の小林佐智子で、ほとんどの作品で共同作業を行っている。本名は小林一男。
渡辺 純忠(渡邊 純忠、わたなべ すみただ、1945年(昭和… 渡辺 純忠(渡邊 純忠、わたなべ すみただ、1945年(昭和20年)1月4日 - )は、日本の政治家。山口県山口市長(4期)を務めた。 山口県徳地町生まれ。山口県立山口高等学校、長崎大学教育学部卒業。1968年、長崎大を卒業し山口県庁に就職した。山口県では商工労働部、総務部、企画部、教育庁、環境生活部等に勤務し、2001年に山口県水産部長に就任。翌2002年には山口市へ出向し、山口市長・合志栄一の下で山口市助役に起用された。 2005年、市町村合併による新・山口市の発足に伴う山口市長選挙に、山口市・防府市の合併を掲げて立候補。旧・山口市長の合志栄一を破り初当選を果たした。2009年、元徳地町長の伊藤青波らを破り、山口市長に再選。
小沢 克介(おざわ かつすけ、1944年4月13日 - )は… 小沢 克介(おざわ かつすけ、1944年4月13日 - )は、日本の弁護士、政治家。立憲民主党山口県総支部連合会顧問。 衆議院議員(3期)、裁判官訴追委員会委員、裁判官弾劾裁判所裁判員、山口県弁護士会会長などを歴任した。小澤 克介とも表記される。 父の赴任先の台湾台北州台北市に生まれ、山口県山口市で育つ。山口県立山口高等学校を経て、慶應義塾大学法学部を卒業し、宇部興産(現:UBE)入社。1973年、28歳で司法試験に合格(司法修習28期)し、その後1976年に弁護士登録。 自民党議員の息子ながら、1983年の第37回衆議院議員総選挙で山口2区から日本社会党公認で立候補し、初当選。以後、3期連続当選。
藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は… 藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は、日本の経済学者。独立行政法人経済産業研究所所長。京都大学名誉教授。専門は都市経済学、空間経済学。 1943年、山口県に生まれる。京都大学工学部を卒業し、ペンシルベニア大学でウォルター・アイザードに地域科学(英語版)を学ぶ。1972年に同大学よりPh.D. (in Regional Science) を取得。 ポール・クルーグマンらとの共同研究により、アイザードの地域科学論を経済学に応用することで行った空間経済学の構築と発展へ多大な貢献を行った。
二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20… 二井 関成(にい せきなり、1943年〈昭和18年〉3月20日 - )は、日本の政治家。山口県知事(第42 - 45代)を務めた。 山口県美祢市生まれ。山口県立山口高等学校を経て、1966年(昭和41年)に東京大学法学部を卒業し、自治省に入省。以降、長崎県(税務課長など)や中小企業庁へ出向したほか、自治省選挙部政治資金課長補佐等を歴任。 1979年(昭和54年)、山口県総務部財政課長に就任し山口県庁へ入庁。同じ自治省出身の山口県知事・平井龍(当時)のもと、その1期目から5期目まで県の要職に就いた。山口県出納長を務めていた1996年(平成8年)、同職を退任するとともに山口県知事選挙に立候補し、初当選した(平井が6期目を模索していたため、二井は平井の意向に沿わない形で立候補した)。
八木 重二郎(やぎ じゅうじろう、1942年7月12日 - … 八木 重二郎(やぎ じゅうじろう、1942年7月12日 - )は日本の実業家。新日本製鐵代表取締役副社長を経て、初代東日本高速道路代表取締役会長。 山口県山口市出身。山口県立山口高等学校を経て、1965年 一橋大学商学部卒業、八幡製鐵入社。経営企画や総務などの管理部門を歩み、エンジニアリング本部長等を務めた。 1999年新日本製鐵常務、2001年エンジニアリング事業本部副本部長、2003年代表取締役副社長・エンジニアリング事業本部長、2005年取締役(社長付)。特定非営利活動法人循環型経済社会推進機構理事長就任。 2005年高速道路株式会社法により新たに設立された東日本高速道路の最高経営責任者(CEO)である代表取締役会長に就任。
藤井 旭(ふじい あきら、1941年1月12日 - 2022… 藤井 旭(ふじい あきら、1941年1月12日 - 2022年12月28日)は、日本のイラストレーター、天体写真家。天文宇宙の魅力を広く伝え、多様な天文ファンを先導する存在として国際的に知られる。50年以上にわたって第一線で活躍を続けた。 山口県山口市に生まれる。父は岸信介と旧制山口中学校の同級生で、山口県庁の職員を経て釣具店を経営していた。子供の頃は流星観測をしていた。山口県立山口高等学校在学中に天文部を創設。山口高校卒業後は多摩美術大学デザイン科に進学し、1963年同校を卒業。少年マガジンなどの雑誌のイラストを描く仕事に就いていた。その後、東京の光害から逃れるために福島県郡山市に移り住み、それまでやっていたイラスト描きの仕事を辞めて、郡山名物である薄皮饅頭の製造会社に入社して饅頭づくりに励んだ。
吉川征治( よしかわ せいじ、1940年12月12日 - )… 吉川征治( よしかわ せいじ、1940年12月12日 - )は、日本の実業家。エックスネットの創業者、初代社長である。 1940年生まれ。山口県の出身である。1959年3月に山口県立山口高等学校を卒業。1963年3月に山口大学工学部を卒業。同年4月に宇部興産に入社。1971年4月に野村総合研究所に入社、1986年4月に野村證券に移り株式開発室長等を歴任した。1991年6月、機関投資家向けに有価証券管理システムを提供するエックスネットを設立し、社長に就任した。また、2004年12月に日本ユニシスと共に合弁会社UXを設立し、2005年から事業活動を開始した。
福江 俊喜(ふくえ としき、1940年8月14日 - )は、… 福江 俊喜(ふくえ としき、1940年8月14日 - )は、日本の教育者。労働運動家。 山口県阿武郡地福村(現・山口市)出身。1959年3月山口県立山口高等学校卒業(第65期)、1963年3月山口大学文理学部東洋史学専攻卒業。同年、山口県立柳井商工高等学校非常勤講師、1964年 同校教諭に就任。以後、山口県立徳佐高等学校、山口県立田布施農業高等学校、山口県立徳山商業高等学校教諭を歴任。山口県高校生交流集会事務局長。1989年 - 2001年 山口県高等学校教員組合(県高教組)執行委員長、1994年 - 2003年 山口県労働組合総連合議長を務めた。
渡辺 一秀(わたなべ かずひで、1940年4月14日 - )… 渡辺 一秀(わたなべ かずひで、1940年4月14日 - )は、日本の実業家。マツダ代表取締役会長や、日本自動車工業会副会長、中国経済連合会副会長などを務めた。 山口県出身。山口県立山口高等学校を経て、1964年大阪市立大学法学部卒業、マツダ入社。1992年取締役に昇格。1997年常務取締役。1998年専務取締役。1999年代表取締役副会長。 2000年からマツダ代表取締役会長を務め、経営不振が続く中で人員削減などにあたった。2006年相談役。2008年中国電力監査役。日本自動車工業会副会長、中国経済連合会副会長、広島商工会議所副会頭、マツダ財団理事長、中国実業団陸上競技連盟会長なども歴任した。
藤本 伸(ふじもと しん、1938年3月31日 - )は、山… 藤本 伸(ふじもと しん、1938年3月31日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。ポジションは内野手。 山口高校では内野手、控え投手として活躍。1954年秋季中国大会県予選決勝に進むが防府高に敗退。1955年春季中国大会県予選は準決勝で豊浦高を相手にリリーフで登板するが、9回サヨナラ負けを喫する。夏も県予選で敗れ甲子園には出場できなかった。高校同期に投手の舛井真喜人(南海)がいた。 1956年に読売ジャイアンツへ入団。1年目から控え内野手として一軍に定着。1961年には、移籍した土屋正孝の後継二塁手を塩原明、増田浩らと争う。翌1962年も遊撃手、二塁手として起用され64試合に先発出場するが、1963年には出場機会が減り、同年限りで引退。
末森 法典(すえもり ほうてん、1936年6月18日 - )… 末森 法典(すえもり ほうてん、1936年6月18日 - )は、山口県出身の元プロ野球選手。 山口高校から1955年に南海ホークスへ入団。1958年に退団。