スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
青木 さやか(あおき さやか、1973年3月27日 - )は… 青木 さやか(あおき さやか、1973年3月27日 - )は日本のお笑いタレント、女優、司会者、フリーアナウンサー。ワタナベエンターテインメント所属。愛知県尾張旭市出身。 両親とも小学校教諭という家庭環境で育つ。愛知県立瀬戸高等学校、名古屋学院大学外国語学部中国語学科卒業。 高校時代、両親の離婚をきっかけに母とはあまり口をきかなくなった。 大学在学中は「放送文化研究会」に所属していたこともあり、就職活動ではアナウンサー試験を多数受けるも、全て不採用だった。卒業後は名古屋タレントビューローに所属し、イベントの司会や岐阜放送で仕事をする。 その後、中京ローカルのフリーアナウンサーとして活動し、中京テレビの『めざせ!総・楽・天』に出演。
金原 弘光(かねはら ひろみつ、1970年10月5日 - )… 金原 弘光(かねはら ひろみつ、1970年10月5日 - )は、日本の元男性プロレスラー、総合格闘家。愛知県尾張旭市出身。U.K.R.金原道場主宰。 UWFインターナショナルの第1回入門テストに合格し、1991年12月22日の前田雅和戦でデビュー。1992年末に開催されたジュニアリーグ戦では、後輩の高山善廣などを破って優勝した。同団体がタイからムエタイのコーチを招聘していたことからムエタイに傾倒。タイで幾度かの試合を経験、1996年3月1日にはUインター興行でチャンプア・ゲッソンリットとK-1ルールで対戦した。頭脳的なファイトスタイルからUWFの智将と呼ばれた。その後キングダムに戦いの場を移し、1998年3月には山本喧一と共にリングスに移籍した。
永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 200… 永井 陽子(ながい ようこ、1951年4月11日 - 2000年1月26日)は日本の歌人。歌集に『樟の木のうた』、『ふしぎな楽器』、『モーツァルトの電話帳』、『小さなヴァイオリンが欲しくて』など。 愛知県瀬戸市城屋敷町に生まれ、1967年に愛知県立瀬戸高等学校入学。その頃より古典に強く心を惹かれ、作歌を開始。当時の学習雑誌の詩や歌の欄へ投稿。1969年には短歌結社「短歌人」へ入会して現代短歌を作り続ける。 1970年に愛知県立女子短期大学(現・愛知県立大学)国文科入学。学内文芸同好会誌「轍」に参加。1971年、『太陽の朝餉』で角川短歌賞候補。1972年1月、短歌人新人賞受賞。同年3月短大卒業後、1974年4月より愛知県立芸術大学音楽学部勤務。
加藤 主税(かとう ちから、1947年1月17日 - )は、… 加藤 主税(かとう ちから、1947年1月17日 - )は、日本の言語学者。椙山女学園大学名誉教授。マジック講師、若者言葉評論家、運命学評論家、若者生態評論家。 愛知県瀬戸市出身、在住。瀬戸市立深川小学校、瀬戸市立本山中学校、愛知県立瀬戸高等学校卒業、1969年、愛知教育大学卒業、1971年、大阪大学大学院文学研究科修士課程 (英語学) 修了、1975年大阪大学大学院文学研究科博士課程 (英語学) 満期退学、1975年愛知工業大学専任講師、1983年愛知工業大学助教授、1987年椙山女学園大学人間関係学部教授。2017年同大定年退職と同時に名誉教授。現在に至る。1975年〜2011年にかけて、三重大学、名城大学、名古屋学院大学、金城学院大学、愛知学院大学、愛知淑徳大学、名古屋外国語大学、名古屋商科大学、名古屋文化短期大学にて講師を勤める。
藤村 道生(ふじむら みちお、1929年3月3日 - 199… 藤村 道生(ふじむら みちお、1929年3月3日 - 1999年4月7日)は、日本の歴史学者、元上智大学文学部教授。専門は日本政治外交史。 愛知県名古屋市に生まれる。京都臨時教員養成所物象科を経て東海大学予科文科を卒業。1952年名古屋大学文学部史学科卒業、同大学院文学研究科に入学、信夫清三郎に師事。並行して愛知県立瀬戸高等学校教諭を務める。 早稲田大学教育学部非常勤講師を経て、1962年より名古屋大学文学部助手。九州工業大学助教授(1968-74年)、同教授(1974-77年)を経て、1977年より上智大学文学部教授を務める。1994年に定年退職。