スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
喜多郎(きたろう、1953年2月4日 - )は、日本のキーボ… 喜多郎(きたろう、1953年2月4日 - )は、日本のキーボーディスト、シンセサイザー奏者、作曲家。本名は高橋 正則(たかはし まさのり)、愛知県豊橋市出身、愛知県立豊橋商業高等学校卒業。田岡由伎は元配偶者。 1994年に米映画『天と地 (Heaven & Earth)』(監督:オリバー・ストーン)でゴールデングローブ賞作曲賞受賞。2001年にグラミー賞受賞、ノミネート17回。 1970年代初頭に『ファー・イースト・ファミリー・バンド』のメンバーとしてキーボードを担当していた喜多郎は、レコーディングに訪れたヨーロッパでドイツのシンセサイザー奏者クラウス・シュルツェと出会い、シンセサイザーに魅了される。
馬飼野 康二(まかいの こうじ、本名同じ、1948年1月26… 馬飼野 康二(まかいの こうじ、本名同じ、1948年1月26日 - )は、日本の作曲家、編曲家、キーボーディスト。愛知県豊橋市出身。父はギタリスト・作曲家の馬飼野昇、兄は作曲家・編曲家の馬飼野俊一。 大津美子のバックバンドや、ご当地ソングの作曲を手がけていた父・馬飼野昇の影響もあり、幼少期から兄ともども家族でタンゴバンドを組むなど音楽や楽器に触れて過ごす。愛知県立豊橋商業高等学校卒業後、本格的に音楽を学ぶため尚美高等音楽学園に進むが中退。 1968年、グループ・サウンズバンド「ブルー・シャルム」を結成し、西郷輝彦に認められ1969年にデビュー(「馬飼野 睦」名義)。ブルー・シャルムの解散後は、兄・俊一の影響で作曲・編曲家となる。
馬飼野 俊一(まかいの しゅんいち、1946年10月16日 … 馬飼野 俊一(まかいの しゅんいち、1946年10月16日 - )は、日本の作曲家、アレンジャー。愛知県豊橋市出身。愛知県立豊橋商業高等学校卒業。 父はギタリスト・作曲家の馬飼野昇、弟は作曲家の馬飼野康二。 父はギタリストとして活動し、大津美子のバックバンドやご当地ソングの作曲をしていた馬飼野昇。弟・馬飼野康二とともに、幼少時から家族でタンゴバンドを組むなど音楽活動をしていた。 同郷の斉藤恒夫に師事し、「斉藤恒夫とニュー・タンゴ・メロディアンズ」のフルート奏者として活動。1969年、ピーター「夜と朝のあいだに」の編曲を担当し、編曲家デビューした。 1970年、和田アキ子の「笑って許して」で第12回日本レコード大賞・編曲賞を受賞した。
花井 正八(はない まさや、1912年8月1日 - 1995… 花井 正八(はない まさや、1912年8月1日 - 1995年6月10日)は、日本の実業家。位階は従三位。勲等は勲一等。旧姓は山本(やまもと)。 トヨタ自動車工業株式会社会長(第4代)、日本高速通信株式会社会長、日本移動通信株式会社会長、日本経営者団体連盟副会長などを歴任した。 愛知県宝飯郡音羽町(現・豊川市)出身。岡崎市長を3期務めた竹内京治は叔父。音羽町の旧家花井家の養子となる。 豊橋市立商業学校(現・愛知県立豊橋商業高等学校)、大分高等商業学校(現・大分大学)を経て、1938年に神戸商業大学(現・神戸大学)卒業。トヨタ自動車工業に入社。入社にあたり、花井家伝来の田畑すべてを売却、全財産を投げうって、勤め先のトヨタ自動車工業の株を大量に買う。
大阪 圭吉(おおさか けいきち、1912年3月20日 - 1… 大阪 圭吉(おおさか けいきち、1912年3月20日 - 1945年7月2日)は、愛知県出身の推理作家、小説家。本名は鈴木 福太郎(すずき ふくたろう)。 愛知県南設楽郡新城町(現・新城市)の旅館、「鈴木屋」の息子として生まれる。地元の小学校から豊橋商業学校(現・愛知県立豊橋商業高等学校)に進学するも、3年で中退。上京して日本大学商業学校(夜間、現在の日本大学第一高等学校)で学ぶ。この頃、坂上蘭吉のペンネームで「中央公論」の文壇アンデパンダン懸賞小説に応募するが選外となる。1931年には大学を卒業、郷里に戻り新城町役場に入職する。 やがて探偵小説を書くようになり、ペンネームも敬愛する江戸川乱歩の「江戸」に対する地名から、「大阪」圭吉と改め、1932年に『日の出』の創刊号懸賞小説に応募した「人喰い風呂」が佳作入選。