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山田 みづえ(やまだ みづえ、1926年7月12日 - 20… 山田 みづえ(やまだ みづえ、1926年7月12日 - 2013年5月18日)は、日本の俳人。 宮城県仙台市生まれ。国語学者・山田孝雄の次女。兄に山田忠雄、山田英雄、山田俊雄がいる。宇治山田高等女学校(現・三重県立宇治山田高等学校)卒業。1957年、石田波郷に師事する。俳誌『鶴』を経て、1979年に『木語』を創刊、主宰する。同誌は2004年に終刊した。門下に石田郷子、本郷をさむなどがいる。1968年、「梶の花」50句で第14回角川俳句賞、1976年、句集『木語』にて第15回俳人協会賞受賞。他の句集に『忘』『木語』『手甲』『草譜』『昧爽』『中今』などがある。2013年5月18日、老衰のため死去した。
生方 たつゑ(うぶかた たつえ、1905年〈明治38年〉2月… 生方 たつゑ(うぶかた たつえ、1905年〈明治38年〉2月23日 - 2000年〈平成12年〉1月18日)は、日本の歌人。沼田市名誉市民。日本歌人クラブ初代会長、日本ペンクラブ会員、日本文芸家協会会員、現代歌人協会理事。戦後の女流歌人の第一人者と称される。旧姓・間宮。 三重県宇治山田町宮後(現・伊勢市)生まれ。父・間宮斎一、母・きよの四女。出生時は7ヶ月の未熟児だった。宇治山田高等女学校(現・三重県立宇治山田高等学校)を経て、1926年(大正15年)に日本女子大学家政科卒業。帝国大学哲学科聴講生となる。同年10月、横山有策の媒酌により生方誠と結婚。群馬県沼田市で薬局「かどふぢ(角藤)」を経営する生方家に入る。
嶋田 的浦(しまだ てきほ、1893年1月22日 - 195… 嶋田 的浦(しまだ てきほ、1893年1月22日 - 1950年4月11日)は日本の俳人。本名は襄。三重県志摩郡的矢村大字的矢(現在の志摩市磯部町的矢)出身。的浦の号は、故郷・的矢が小さな港(浦)を成していることにちなんでいる。嶋田青峰の弟であり、句作の才能は兄の青峰を上回っていたと評されている。 地元の三重県立宇治山田中学校(現在の三重県立宇治山田高等学校)を卒業し上京、東京外国語学校(現在の東京外国語大学)に進学、卒業。 俳人としての活動は、兄の青峰よりも熱心で、1915年(大正4年)の俳句雑誌『ホトトギス』3月号に4句が入選して以降、毎月2、3句が掲載され、同年の10月号と11月号に5句が載った。