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大橋 敦子(おおはし あつこ、1924年4月18日 - 20… 大橋 敦子(おおはし あつこ、1924年4月18日 - 2014年2月21日)は、日本の俳人。 俳人大橋櫻坡子の長女として、母の生地福井県敦賀に生まれる。大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)卒。父に師事し、父没後の1972年、『雨月』の主宰を継承する。1979年句集『勾玉』で現代俳句女流賞受賞。『雨月』名誉主宰。俳人協会名誉会員。 2014年2月21日、心不全のため死去。89歳没。
花谷 和子(はなたに かずこ、1922年3月22日 - 20… 花谷 和子(はなたに かずこ、1922年3月22日 - 2019年6月11日)は、大阪府出身の俳人。旧姓・驪城(こまき)。 豊中市生まれ。1939年、大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)卒。1954年、「青玄」に入会、日野草城に師事。草城没後は伊丹三樹彦に師事した。1973年、「藍」を創刊、代表同人。1975年より同主宰。1986年、大阪府芸術功労賞、1994年、第43回現代俳句協会賞受賞。2011年、「藍」主宰を退き名誉主宰。 代表句に「宙という美しきもの雪舞えり」などがあり、やさしさや慈しみを湛えた句風である。句集に『ももさくら』『光は空へ』『五月の窓』がある。子の花谷清も俳人で現「藍」主宰。
山口 波津女(やまぐち はつじょ、1906年〈明治39年〉1… 山口 波津女(やまぐち はつじょ、1906年〈明治39年〉10月25日 - 1985年〈昭和60年〉6月17日)は、日本の俳人。山口誓子の妻。本名は梅子。 浅井義晭(よしてる)・まさ夫妻の長女として、大阪市北区中之島に生まれる。大阪商船に務める父が1909年(明治42年)に韓国仁川の支店長として赴任したのに伴い、仁川に移住した。次いで1914年(大正3年)父の香港支店長として赴任に伴い、香港に移住した。 帰国すると1919年(大正8年)に大阪市東区宰相山町(現・天王寺区の三光神社の近隣)に居住した。近くの大阪府立清水谷高等女学校(現・大阪府立清水谷高等学校)に入学。1923年清水谷高女を卒業後、大手前之町の大阪府立大手前高等女学校(現・大阪府立大手前高等学校)の高等科に入学した。