スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
与田 仁志(よだ ひとし、1956年4月3日 - )は、日本… 与田 仁志(よだ ひとし、1956年4月3日 - )は、日本の医学者・医師。博士(医学)。東邦大学医学部教授。兵庫県城崎郡竹野村(現:豊岡市)出身。 1956年4月、兵庫県城崎郡竹野村(現:豊岡市)に生まれる。出生時、分娩子癇で母子ともに生命の危機にさらされたが、京都大学の産婦人科医の懸命の治療により親子とも一命をとりとめる。父親が「仁術に依り生命を得たと云へる子供であれば、医學に感謝すると同時に仁義に厚き人間にならねばならぬ」という想いから「仁志」と名付けた。物心が付き、出生時の顛末を知ってから、医師になる事を志すようになる。 1983年に日本医科大学を卒業後、同年、日本赤十字社医療センター小児科に入局。
中島 道郎(なかしま みちろう、1930年 - )は、日本の… 中島 道郎(なかしま みちろう、1930年 - )は、日本の医師。日本登山医学会の前身である山岳医学会を立ち上げ、その後の登山医学の発展に尽力した。 1970年に日本から初めて派遣されたエベレスト登山隊(5月11日に松浦輝夫と植村直己が登頂)に、医師として参加した。 専門は循環器学で、臨床及び研究の両面から多大な貢献をした[要出典]。 幼少時、漁師であった父の故郷である兵庫県穴見(現・豊岡市)を疎開や帰省で訪れ、豊岡で14歳まで少年時代を過ごした。後にエベレスト登山隊にともに参加することになる植村直己と同郷で、中島の方が10歳ほど年上であった。海が身近であったため、小学校1年時には海軍兵学校を志すと決めていた。
戸田 正三(とだ しょうぞう、1885年4月9日 - 196… 戸田 正三(とだ しょうぞう、1885年4月9日 - 1961年11月20日)は、日本の衛生学者、京都大学名誉教授、金沢大学初代学長、医学博士。実用的な衛生学の樹立をめざし研究した人物として知られ、食生活、服装、住宅、上下水道などを日本の風土に適した形で普及させることを目指した。戸田式開襟シャツの発明者としても知られる。 兵庫県朝来郡中川村生まれ。旧制兵庫県立豊岡中学校、旧制第七高等学校造士館を経て、1910年に京都帝国大学医科大学を卒業。1912年から4年間欧米各国(独英仏米)に留学。1916年、京都帝国大学教授(衛生学担当)に就任。1923年、雑誌『国民衛生』を創刊。関東大震災後の1925年、東京市保健局長を兼務して復興に尽力。