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門間 雄司(かどま たけし、1971年〈昭和46年〉5月15… 門間 雄司(かどま たけし、1971年〈昭和46年〉5月15日 - )は、日本の政治家、社会保険労務士。兵庫県豊岡市長(1期)。元豊岡市議会議員(3期)、元兵庫県議会議員(3期)。 豊岡市立豊岡小学校、豊岡市立豊岡南中学校、兵庫県立豊岡高等学校、広島大学理学部卒業。1996年3月、広島大学大学院理学研究科修了。1996年4月、日本工営株式会社入社。2002年3月、但馬信用金庫入社。2005年9月、門間雄司社会保険労務士事務所開業。2005年11月~2016年5月、豊岡市議会議員。副議長を務める。2016年6月~2025年3月、兵庫県議会議員(自由民主党)。党内では県議会政務調査会長を務めた。2024年12月、2025年4月に任期満了を迎える豊岡市長選挙に立候補することを表明した。
水岡 俊一(みずおか しゅんいち、1956年〈昭和31年〉6… 水岡 俊一(みずおか しゅんいち、1956年〈昭和31年〉6月13日 ‐ )は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(4期)、立憲民主党代表(第4代)兼参議院議員会長(初代)。日教組組織内議員。 内閣総理大臣補佐官(政治主導による政策運営及び国会対策担当)(野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、参議院内閣委員長、民主党総務委員長、立憲民主党代表代行などを務めた。 兵庫県城崎郡竹野町(現:豊岡市)に生まれる。10歳のときに旧豊岡市に転居。豊岡市立豊岡小学校、豊岡市立豊岡南中学校、兵庫県立豊岡高等学校、奈良教育大学教育学部特別理科教員養成課程卒業。地方公務員、三木市中学校教職、ニューデリー日本人学校、兵庫県教職員組合東播地区専従役員、兵庫県教職員組合執行委員、兵庫県学校厚生会を経て、2000年に兵庫教育文化研究所事務局長。
中貝 宗治(なかがい むねはる、1954年(昭和29年)11… 中貝 宗治(なかがい むねはる、1954年(昭和29年)11月4日 - )は、日本の政治家。兵庫県豊岡市出身。兵庫県職員、兵庫県議会議員を経て豊岡市長(5期)を務めた。山陰海岸ジオパーク推進協議会会長。 兵庫県豊岡市下宮で生まれる。豊岡南中学校・兵庫県立豊岡高等学校・京都大学法学部を卒業後、兵庫県庁に入庁し、兵庫県職員となり、兵庫県議会議員を3期務めたのち2001年に退職。 2000年には『鸛(こうのとり)飛ぶ夢』を執筆するなどコウノトリに懸ける思いは強く、2001年に市長に転身してからは、コウノトリの野生復帰をシンボルにしたまちづくりに取り組んでいる。「コウノトリも住める 豊かな自然環境や文化環境の創造は、人間にとってもすばらしいものに違いない」の信念のもと官民一体となった「コウノトリ育む農法(2003年)」、「子供野生復帰大作戦」、「豊岡市環境経済戦略(2005年)」など独自の政策を推進している。
吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 202… 吉岡 賢治(よしおか けんじ、1938年3月5日 - 2025年2月15日)は、日本の政治家。衆議院議員(通算2期)。 兵庫県豊岡市出身。兵庫県立豊岡高等学校卒業。神戸大学電気電子工学科卒業。 電電公社(現在のNTT)に入社し、豊岡局に勤務しつつ、労組活動に入る。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に日本社会党公認で旧兵庫5区から出馬するが落選。1990年の第39回衆議院議員総選挙に再び出馬し初当選。以後2期連続当選。 議員在任中は外務委員などを務める。本岡昭次参議院議員らと共に自社さ連立政権反対派として知られた。1994年に土肥隆一と共に日本社会党を離党し、民主改革連合に入党。 1996年の第41回衆議院議員総選挙では民主改革連合公認及び連合・五党協議会統一候補として兵庫5区より出馬するも落選。
梅谷 馨(うめたに かおる、1932年(昭和7年)1月3日 … 梅谷 馨(うめたに かおる、1932年(昭和7年)1月3日 - )は、日本の政治家。元兵庫県養父市長(1期)。 兵庫県立豊岡高等学校卒。1991年から兵庫県養父町長を4期務め、2004年合併により、養父市が誕生、市長職務執行者となった。2005年養父市長佐々木憲二の死去による市長選挙に立候補し当選。市長は1期務め、2008年に引退した。
佐々木 良作(ささき りょうさく、1915年(大正4年)1月… 佐々木 良作(ささき りょうさく、1915年(大正4年)1月8日 - 2000年(平成12年)3月9日)は、日本の政治家。位階は正三位。雅号は良素。 民社党委員長(第4代)、衆議院議員(12期)、参議院議員(1期)を歴任。 元鹿島建設副社長鹿島新吉は岳父に当たり元中央大学総長の升本喜兵衛は実兄、甥に初代養父市長の佐々木憲二がいる。 兵庫県養父郡伊佐村浅間(八鹿町を経て現養父市八鹿町浅間)生まれ。旧制豊岡中学、旧制松本高校文科乙類を経て、1939年(昭和14年)京都帝国大学法学部を卒業。創立間もない日本発送電に入社し、1946年に日本電気産業労働組合協議会(翌年電産労組として単一化される)が結成されると、初代書記長兼副闘争委員長となる。
赤木 正雄(あかぎ まさお、1887年(明治20年)3月24… 赤木 正雄(あかぎ まさお、1887年(明治20年)3月24日 - 1972年(昭和47年)9月24日)は、日本の農学博士・政治家。位階は正三位、勲等は勲一等。文化勲章受章者。 日本において砂防の重要さをいち早く説いた人物で「砂防の父」や「砂防の神様」と称される。 兄は中筋村(現豊岡市)村長の赤木一雄、甥に画家の赤木蘇夫二(そぶじ)、政治学者の赤木須留喜(するき)、子供は1男4女、三女(玲子)の岳父はドイツ語学者の武内大造、四女(淑子)の夫は生物学者の太田次郎。 兵庫県城崎郡中筋村(現豊岡市)引野に生まれる。父甚太夫、母たみの四女二男の末っ子で、地方の豪農であった赤木家は甚太夫で11代目に当たる。
片岡 平八郎(かたおか へいはちろう、前名・郁三、1886年… 片岡 平八郎(かたおか へいはちろう、前名・郁三、1886年〈明治19年〉10月 - 没年不明)は、日本の政治家(兵庫県会議員、兵庫県城崎郡城崎町長)、旅館業者、銀行家。弟に終戦時の第一師団長を務めた片岡董中将が居る。 兵庫県出身。先代・平八郎の二男。1921年(大正10年)、家督を相続、前名・郁三を改め襲名した。豊岡中学校(現・兵庫県立豊岡高等学校)を卒業した。「三木屋」と称し、温泉旅館業を営み、傍ら銀行重役であった。但馬貯蓄銀行取締役、三共銀行監査役などをつとめた。 1894年(明治27年)2月から1896年(明治29年)10月、同年12月から1899年(明治32年)7月、同年9月から1903年(明治36年)9月、1937年(昭和12年)3月から1939年(昭和14年)9月まで城崎郡選出の兵庫県会議員を務めた。