スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山根 一彦(やまね かずひこ、1982年10月19日 - )… 山根 一彦(やまね かずひこ、1982年10月19日 - )は、鳥取県出身の日本の医学者・医学博士。一般社団法人認知症協会(通称:認知症協会)の代表理事。認知症予防分野での著述活動も行う。 専門は神経変性疾患、生体防御、感染症代謝。製薬企業での共同研究開発や大学での研究論文執筆の経歴を持つ。認知症予防に関する一般向けの書籍を複数執筆し、講演やメディアを通じて活動を行っている。 徳島大学大学院医科学教育部(医学専攻)を修了し、2014年に医学博士号を取得した。博士課程ではインフルエンザ重症化に関する代謝研究に取り組み、新規のピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ4(PDK4)阻害薬の効果を検証する研究論文を発表。
藤井 一博(ふじい かずひろ、1977年12月23日 - )… 藤井 一博(ふじい かずひろ、1977年12月23日 - )は、日本の政治家、医師。自由民主党所属の参議院議員(1期)。元鳥取県議会議員(2期)。 鳥取県生まれ。東伯郡東郷町(現:湯梨浜町)で育つ。1996年3月、鳥取県立鳥取西高等学校卒業。2005年3月、鳥取大学医学部卒業。2007年4月、横須賀市立市民病院で消化器外科医を務める。2014年12月、同消化器外科主任医長。 2015年4月、鳥取県議会議員選挙(東伯郡選挙区)に立候補し自由民主党公認で立候補し無投票で初当選。2019年の県議選で再選。 2022年2月、自民党鳥取県連は同年7月の第26回参議院議員通常選挙における鳥取県の特定枠候補者を藤井に決定。
徳永 進(とくなが すすむ、1948年 - )は、日本の医師… 徳永 進(とくなが すすむ、1948年 - )は、日本の医師、ノンフィクション作家。鳥取県生まれ。鳥取県立鳥取西高等学校、京都大学医学部卒業。鳥取赤十字病院の内科医。1982年、『死の中の笑み』で講談社ノンフィクション賞受賞。83年同作品はNHKドラマ人間模様で「愛と砂丘の町」として放送された。2001年、鳥取市内にホスピスケアのある「野の花診療所」を開設。
下田 光造(しもだ みつぞう、明治18年(1885年)3月1… 下田 光造(しもだ みつぞう、明治18年(1885年)3月14日 - 昭和53年(1978年)8月25日)は、日本の医学者、精神科医。鳥取大学・九州大学名誉教授。俳号鳥城。 1885年、鳥取県八頭郡佐貫村和奈見(現・鳥取市河原町和奈見)に生まれた。下田彌平の二男、同勘次の弟。 旧制鳥取中学校(現・鳥取県立鳥取西高等学校)、旧制第四高等学校を経て、明治44年(1911年)東京帝国大学医科大学を卒業し、母校の精神科教室に入局。大正8年(1919年)兄勘次方より分家する。 大正10年(1921年)慶應義塾大学医学部の創立に尽力して教授となり、同年医学博士の学位を得る。ドイツほか西欧に留学。大正14年(1925年)九州帝国大学医学部の精神病学教室の主任教授となり、昭和16年(1941年)同医学部長となる。
伊藤 隼三(いとう はやぞう、1864年6月12日(元治元年… 伊藤 隼三(いとう はやぞう、1864年6月12日(元治元年5月9日) - 1929年(昭和4年)5月14日)は鳥取県出身の医師。因幡病院(現:鳥取県立中央病院)初代院長。京都帝国大学名誉教授。 京都帝国大学医科大学外科学第二講座初代教授、京大付属病院長などを歴任した。特に外科医術を発展させ、数千の門下を育て、日本の医学に多大な貢献をする。さらに鳥取県の医療に多大な貢献をする。 伊藤隼三は、1864年に因幡国邑美郡御弓町(現:鳥取市御弓町)の鳥取藩士小林辰蔵の三男として生まれた。「鳥取藩史」第二巻に「御武器預并製造掛 小林辰三」と出てくるのが父である。1874年鳥取変則中学(鳥取県立鳥取西高等学校の前身)に遊学し頭脳明晰で、この頃から伊藤健蔵に認められ援助を受け、1878年中学4年生(15歳)で、東京大学予備門に入学するほどの秀才であった。