スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
冨田 奈央子(とみた なおこ、 1989年6月10日 - )… 冨田 奈央子(とみた なおこ、 1989年6月10日 - )は、フリーアナウンサー。元広島ホームテレビ (HOME)(テレビ朝日系列)、および、元IBC岩手放送(2012年 - 2016年)のアナウンサー。広島県広島市出身。 1989年(平成元年)6月10日生まれ、広島県広島市出身。広島県立広島国泰寺高等学校在学中に、広島ホームテレビ『ホビーの匠』に匠子として数度出演した。また、広島FM『大窪シゲキの9ジラジ』にも出演したことがある。2007年(平成19年)には、第54回NHK杯全国高校放送コンテストのアナウンス部門において優良賞を受賞した。 同校卒業後、日本大学芸術学部放送学科に入学。野球部のマネージャーを務めていた。
木次 真紀(こつぎ まき、1974年10月19日 - )は、… 木次 真紀(こつぎ まき、1974年10月19日 - )は、ジョイスタッフ所属のフリーアナウンサー。元山陰放送(BSS)アナウンサー。 広島県広島市出身。血液型はA型。星座はてんびん座。広島県立広島国泰寺高等学校、広島修道大学人文学部人間関係学科心理学専攻卒業、1997年山陰放送に入社。『テレポート山陰』のキャスターを担当。2001年10月に山陰放送を退社。その後アメリカのボストンとロサンゼルスへ相次いで留学。2002年2月からジョイスタッフに所属。 資格として潜水士免許、小型船舶1級免許、大型自動二輪免許、普通自動車免許を所持している。相棒はハーレーダビッドソンXL1200SからのFXDFからのVストローム250。
植田 功一(うえだ こういち、1973年8月7日 - )は、… 植田 功一(うえだ こういち、1973年8月7日 - )は、日本のフリーアナウンサー。ライトハウス所属。九州龍谷短期大学准教授。元NHKアナウンサー。広島県広島市出身。 広島県立広島国泰寺高等学校から1997年駒澤大学文学部社会学科卒業。同年、NHKにアナウンサーとして入局。東京での2ヶ月研修後、東北は岩手・盛岡局に3年2ヶ月、山陰の島根・松江局に1年勤務した。同期には島津有理子、膳場貴子、登坂淳一、斉木武志、和田政宗、佐藤寅彦、原口雅臣、三浦拓実など。 2001年にNHKを退局し独立。フリーアナウンサー、ジャーナリストとして活動。中国新聞社で創刊120周年記念事業として行われているテレビ番組『1945原爆と中国新聞』(中国新聞社制作・中国放送協力)で語りを担当。
小林 康秀(こばやし やすひで、1972年10月16日 - … 小林 康秀(こばやし やすひで、1972年10月16日 - )は、中国放送(RCC)のアナウンサー。広島県広島市出身。 小学2年生の時に広島東洋カープがリーグ優勝したことがアナウンサーを目指したきっかけで、小学校卒業時に埋めたタイムカプセルに「アナウンサーになることが夢」と書いた。中学、高校時代は体育会系の部活に打ち込む。専修大学では放送研究会に所属。ゼミのテーマは「日本の経営」。広島県立広島国泰寺高等学校、専修大学経営学部経営学科卒業後、1996年入社。スポーツアナウンサーとしてプロ野球やサッカー、陸上競技の実況中継、スポーツ番組をはじめ、広島ローカルの平日夕方ニュース番組『RCCニュース6』のキャスターを担当した。
川上 政行(かわかみ まさゆき、1956年10月26日 - … 川上 政行(かわかみ まさゆき、1956年10月26日 - )は福岡県を拠点に活動しているフリーアナウンサー。 ハートリンク代表で、キャスト・プラス(TBSスパークル)と業務提携している。福岡アナウンススクール主宰者。 広島県広島市出身。広島県立広島国泰寺高等学校、法政大学社会学部応用経済学科卒業。1980年4月に宮崎放送に入社。 1991年にTXN九州(TVQ)開局に際し移籍。アナウンス部長・スポーツ部長を最後に2003年よりフリー。TVQ時代は福岡ダイエーホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)戦の実況を担当し、1999年のダイエーの初優勝を福岡ドームから伝えた。 フリー転身後の2003年6月から2016年3月まで、RKB毎日放送『今日感テレビ』のメインキャスターを務める。
緒方 喜治(おがた よしはる、1950年11月1日‐)は、元… 緒方 喜治(おがた よしはる、1950年11月1日‐)は、元NHKアナウンサー。現在はフリーアナウンサーとして、ボイスワークスとマネジメント協力を結んでいる。 広島県広島市出身。山口県立防府高等学校から広島県立広島国泰寺高等学校を経て慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、1974年にNHKへ入局。 スポーツアナとして1981年から2004年春場所まで大相撲中継の実況を担当(特に1990年代中盤から2001年頃には初日ならびに千秋楽の実況を務めることもあった。ただ、同時期に活躍していた石橋省三、内藤勝人よりも年下であったこと、1995年以降は藤井康生の担当回数が増加したことが影響して、緒方の担当回数は限定的であった)。
煙石 博(えんせき ひろし、1946年11月2日 - )は、… 煙石 博(えんせき ひろし、1946年11月2日 - )は、日本のアナウンサー、ラジオパーソナリティ。元中国放送アナウンサー。 広島県広島市出身。広島県立広島国泰寺高等学校1年生の時に広島県放送劇コンクールで助演賞受賞、高校2年生の夏休みに開催された高校放送コンクール全国大会に、広島県代表として参加して4位入賞。その後は、広島商科大学短期大学部卒業。1971年(昭和46年)中国放送へ入社。広島弁での語り口は多くのラジオリスナーの心を掴んだ。入社早々の1972年(昭和47年)から担当した『ヤングポップス』では「仏のえんちゃん」と呼ばれた。また、「えんちゃん」の愛称でも親しまれた。 1985年(昭和60年)頃放送された『世の中土曜日うきうきワイド』を担当するまでは主に1人でのトーク番組を担当。