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藤井 律子(ふじい りつこ、1953年〈昭和28年〉8月7日… 藤井 律子(ふじい りつこ、1953年〈昭和28年〉8月7日 - )は、日本の政治家、看護師。山口県周南市長(2期)。元山口県議会議員(4期)、元日本会議山口副会長。 山口県徳山市(現・周南市)生まれ。旧姓は有吉。1972年(昭和47年)3月、山口県立徳山高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、広島大学医学部附属看護学校卒業。同年4月、広島大学原爆放射線医科学研究所臨床外科病棟の看護師となる。1979年(昭和54年)5月、藤井真と結婚。 2001年(平成13年)9月、山口県議会議員だった夫の藤井真が死去。その後継として2003年(平成15年)4月に行われた県議選に立候補し初当選した。県議時代は自由民主党山口県連の総務会長、副会長などを歴任した。
木村 健一郎(きむら けんいちろう、1952年(昭和27年)… 木村 健一郎(きむら けんいちろう、1952年(昭和27年)8月20日 - )は、日本の政治家、司法書士、行政書士、土地家屋調査士。山口県周南市長(2期)、山口県議会議員(1期)を務めた。 山口県徳山市(現・周南市)生まれ。山口県立徳山高等学校、早稲田大学法学部卒業。司法書士、徳山商工会議所青年部会長を経て、2003年に山口県議会議員選挙に無所属で出馬。定数4の選挙区に9人が乱立する混戦の中、4位で初当選した。会派「新政クラブ」に所属。 徳山商工会議所でまちづくり運動に積極的に携わっていたため、河村和登徳山市長(当時)から助役就任の打診を受けたが、行政経験の不足を理由に固辞した[要出典]。 2007年4月22日に行われた周南市長選挙に立候補。
藤江 弘一(ふじえ こういち、1930年1月25日 -199… 藤江 弘一(ふじえ こういち、1930年1月25日 -1993年6月7日 )は、日本の官僚・政治家、自由民主党参議院議員(1期)。
宮本 顕治(みやもと けんじ、1908年〈明治41年〉10月… 宮本 顕治(みやもと けんじ、1908年〈明治41年〉10月17日 - 2007年〈平成19年〉7月18日)は、日本の政治家・共産主義者・文芸評論家。通称ミヤケン。 戦前の非合法政党時代からの日本共産党の活動家であり、戦後、1958年に党の書記長に就任してから40年間、日本共産党を指導した。参議院議員(2期)を務め、日本共産党書記長、同委員長、同議長を歴任。国会に議席を持つ国政政党の党首でありながら、国会議員ではなかった時期がある。 山口県熊毛郡光井村(現・光市)出身。父は、隣の島田村で米穀、肥料、雑貨などの小売商を営んでいたが、中学入学当時に破産状態になり、都濃郡富田村(現・周南市)にあった母の実家に預けられ、そこから中学に1年くらい通った。
赤松 常子(あかまつ つねこ、1897年8月11日 - 19… 赤松 常子(あかまつ つねこ、1897年8月11日 - 1965年7月21日)は、日本の労働運動家、政治家。参議院議員(3期)。日本社会党初代婦人部長。 山口県都濃郡徳山村(現・周南市)生まれ。祖父は徳応寺住職の赤松連城。兄に宗教学者の赤松智城、衆議院議員の赤松克麿がいる。 徳山高等女学校(現山口県立徳山高等学校)を経て、1913年、京都女子専門学校入学。在学中は、賀川豊彦の社会事業に協力。その後、2年で大学を中退。1923年、上京し労働運動に取り組む。同年9月に発生した関東大震災における賀川豊彦の罹災者救済活動に協力。 1925年日本労働総同盟婦人部にはいる。この間、野田醤油労働争議に参加。1940年、日本労働総同盟は自主解散し、大日本産業報国会に組み入れられた。
安倍 源基(あべ げんき、1894年〈明治27年〉2月14日… 安倍 源基(あべ げんき、1894年〈明治27年〉2月14日 - 1989年〈平成元年〉10月6日)は、日本の内務官僚、政治家、弁護士。警視庁特別高等警察部長、警視総監、内務大臣を歴任した。山口県出身。 1894年(明治27年)、山口県熊毛郡曾根村(現平生町)に生まれた。山口県士族安倍半次郎の長男。 山口県立山口中学校、山口県立徳山中学校、第六高等学校を経て、東京帝国大学法学部入学。 1920年、東京帝国大学法学部法律学科卒業、内務省入省(警保局配属)。 1932年、警視庁において初代特別高等警察部長となり、赤色ギャング事件や日本共産党スパイ査問事件を通じて「赤狩り安倍」の名 が付いた。安倍が特高部長であった1933年には、19人が特高警察の過酷な取調べで死亡しており(19人は戦前で最多)、その中にはプロレタリア文学作家の小林多喜二も含まれている。