スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
鈴木 義広(すずき よしひろ、1983年1月5日 - )は、… 鈴木 義広(すずき よしひろ、1983年1月5日 - )は、香川県仲多度郡まんのう町(旧満濃町)出身の元プロ野球選手(投手)。 愛称は「スーさん」。 小学2年生から野球を始め、香川県立多度津工業高等学校では2年春・夏の県大会で8強入りを果たした。 愛知大学野球リーグでは1年春から投げて新人賞を獲得し、2年春には同朋大学1回戦でリーグ11人目のノーヒットノーランを達成し、最優秀防御率を獲得。大学4年間で通算18勝を挙げた。2004年の中日ドラゴンズ優勝パレードの際にアルバイトとして沿道の警備にあたっていた。その年のドラフト会議で、中日ドラゴンズから5巡目指名を受けて入団。中部大学から初めて誕生したプロ野球選手となった。
堀水 宏次郎(ほりみず こうじろう、1982年1月1日 - … 堀水 宏次郎(ほりみず こうじろう、1982年1月1日 - )は日本の男子射撃選手。香川県出身。善通寺市立東中学校、香川県立多度津工業高等学校卒業。香川県警察所属。 2002年、香川県警拳銃特別訓練生になったことをきっかけに本格的に射撃競技にとりくむ。 2004年、全国警察拳銃射撃大会で香川県警チームの一員として団体戦初優勝。 2010年、広州市で開催されたアジア大会に出場し、50メートルピストルで6位、50メートルピストルとエアピストルの2種目の団体戦で銅メダルを獲得した。 2011年、第66回国民体育大会(山口国体)で優勝。 その後は2012年のロンドン五輪、2016年のリオデジャネイロ五輪、2020年の東京五輪のいずれも国内の選考会で敗れたため、指導者になることを決意し日本スポーツ協会の公認指導員資格を取得するため受講を始めた。
前田 大輔(まえだ だいすけ、1979年9月14日 - )は… 前田 大輔(まえだ だいすけ、1979年9月14日 - )は、日本の香川県高松市出身の元プロ野球選手(捕手、右投右打)、コーチ。 駒澤大学では2年からレギュラーとなり、4年時の第32回明治神宮野球大会では決勝で勝ち越し2ランを放つと優勝を果たし、秋季東都大学リーグベストナインにも選出される。駒大では同期に稲田直人と川岸強、3学年先輩に新井貴浩、1学年先輩に武田久、1学年後輩に梵英心、2学年後輩に古谷拓哉、3学年後輩に服部泰卓がいた。リーグ通算64試合出場、167打数32安打、打率.192、1本塁打、19打点。神戸製鋼では2002年の第29回社会人野球日本選手権大会に出場。チームが休部のため、入社1年目で同年のプロ野球ドラフト会議でオリックス・ブルーウェーブから4巡目指名を受け入団。
竹地 盛治(たけち せいじ、男性、1977年4月27日 - … 竹地 盛治(たけち せいじ、男性、1977年4月27日 - 2001年8月10日)は、日本のプロボクサー。香川県仲多度郡出身。元OPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王者。ヨネクラボクシングジム所属選手としてプロデビュー、1998年より中外ボクシングジム所属。多度津工業高等学校卒業。OPBF王者との4連戦後、王座を保持したまま24歳で夭逝した。 一年ほど休学中だった高校時代に、ボクシングを始め、1997年6月24日、プロデビュー戦に判定勝利を収めた。1998年のジム移籍前後を通じて2連敗後の同年11月22日、香川・坂出サティホールで4RTKO勝利を収め、再起を果たした。 2000年7月23日、坂出サティホールで宋国烈の持つOPBF東洋太平洋スーパーウェルター級王座に挑戦。
渡辺 桂吾(わたなべ けいご、1952年4月23日 - )は… 渡辺 桂吾(わたなべ けいご、1952年4月23日 - )は、日本のロボット工学者。岡山大学特命教授(名誉教授)。学位は、工学博士(九州大学・1984年)。ソフトコンピューティング、生物模倣ロボット、各種ロボット制御を研究する。UD分解スムーザー、サブグループのエリートと平均値を考慮した進化戦略、X4-AUV、X4-Blimpなどを提案している。香川県生まれ。
横田 忠義(よこた ただよし、1947年9月26日 - 20… 横田 忠義(よこた ただよし、1947年9月26日 - 2023年5月9日)は、日本の元バレーボール選手、元全日本女子監督。 香川県三豊市出身。息子に元堺ブレイザーズ・福岡ウイニングスピリッツの横田一義がいる。
遊佐 正憲(ゆさ まさのり、1915年(大正4年)1月20日… 遊佐 正憲(ゆさ まさのり、1915年(大正4年)1月20日 - 1975年(昭和50年)3月8日)は、日本の水泳選手。1932年ロサンゼルスオリンピックの800mリレーで金メダル、1936年ベルリンオリンピックの800mリレーで金メダル、100m自由形で銀メダルを獲得した。 香川県仲多度郡多度津町の出身。旧制多度津中学校(現・香川県立多度津高等学校)から日本大学に進学、日大1年次の17歳で出場した1932年ロサンゼルスオリンピック800メートルリレーで宮崎康二、横山隆志、豊田久吉とチームを組んで金メダルを獲得する。この800mリレーの優勝を讃えられ、遊佐は宮崎、横山、豊田と共に1932年度の朝日賞体育部門(現・朝日スポーツ賞)を受賞した。
武田 明(たけだ あきら、1913年12月15日 - 199… 武田 明(たけだ あきら、1913年12月15日 - 1992年7月29日)は日本の民俗学者。香川県出身。また、多度津町長も務めた。 1913年(大正2年)、香川県仲多度郡多度津町にて武田亮太郎、ハナの次男に生まれる。実家は、江戸末期からの北前船回船問屋を起源とする事業家。当時は県内の電力、金融等、社会資本関連企業の経営に広く携わっていた。 旧制香川県立多度津中学校(現・香川県立多度津高等学校)5年の時、柳田国男の『石神問答』を読み民俗学を志す。 1931年(昭和6年)、中学を卒業し、慶應義塾大学に入学。予科3年の時、初めて採集した昔話が関敬吾の編集する『昔話研究』第二巻に「祖谷 美馬郡昔話」として掲載され、関の紹介で柳田を自宅に訪ねる。
香川 進(かがわ すすむ、1910年7月15日 - 1998… 香川 進(かがわ すすむ、1910年7月15日 - 1998年10月13日)は、昭和期・平成期の日本の歌人。 香川県多度津町出身。多度津中学校(現香川県立多度津高等学校)を経て、1934年神戸商業大学(現神戸大学)卒。在学中の1932年に白日社に入社し、前田夕暮に師事。口語自由律短歌を作る。 三菱商事に入社後、1935年に出張先で現地召集される。1945年友人と東亜交易創立。敗戦後の財閥解体の処理に関わる。1953年木下商店に入り、名古屋支店長や内外炉工業社長を歴任。 戦後は文語定型短歌へと回帰。1953年「地中海」を創刊、主宰。義兄にあたる米田登も参加。門下に小野茂樹、雨宮雅子がいる。1958年『湾』で第4回日本歌人クラブ推薦歌集(現日本歌人クラブ賞)受賞、1973年『甲虫村落』で第7回迢空賞受賞、1992年『香川進全歌集』で第15回現代短歌大賞受賞。
中村 桃佳 は、香川県出身の競艇選手。
三木 圭一(みき けいいち)は、日本の元卓球選手。現役時代は… 三木 圭一(みき けいいち)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権で銀メダル2個を獲得し、日本卓球界の黄金期を代表する選手として活躍した。国際卓球連盟世界ランキング最高位は15位。 中央大学在学時の1960年度、全日本学生卓球選手権大会ではシングルス優勝。 1961年度、北京 (中国) で行われた世界卓球選手権シングルスでは準々決勝敗退。男子ダブルスでは16強。世界ランキング15位。学生選手権ではシングルス2連覇。 全日本卓球選手権大会ではシングルス決勝で木村興治に2-3で敗れ準優勝。瀬川栄次と出場した男子ダブルス決勝では木村 / 上田浩組を2-1で倒し、初優勝。 1962年度、ジャカルタ (インドネシア) で開催されたアジア競技大会卓球競技では、シングルスで金メダル、小中健と出場した男子ダブルスで金メダル、混合ダブルスで銅メダル、団体で金メダル。