スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
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野球
8人
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落語家
1人
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2
政治家・議員
1人
※有名人ナビに登録されている11人を職業別に数えました。複数の職業を持つ人は、それぞれの職業に数えています。
田中 怜利 ハモンド(たなか れいり ハモンド、2004年1… 田中 怜利 ハモンド(たなか れいり ハモンド、2004年1月17日 - )は、東京都板橋区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 2024年からの登録名はハモンド。 ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた。 板橋区立若木小学校時代は軟式野球のグリーンファイターズに所属し、板橋区立中台中学校時代は東板橋リトルシニアに所属し控えの野手だった。 高校は愛媛県の帝京第五高等学校に進学し、1年の夏から本格的に投手に転向した。3年夏の愛媛県大会は将来性を評価されて7球団のスカウトが訪れるなど注目され、2回戦の新居浜工戦に先発したが、2回1/3を無失点に抑えたところで初回に皮がめくれた右足親指が悪化したため降板。
山崎 太陽(やまざき たいよう、2003年7月6日 - )は… 山崎 太陽(やまざき たいよう、2003年7月6日 - )は、東京都青梅市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 姓の表記は、プロ志望届およびドラフト会議では「山埼」となっていたが、プロ入り後の登録名は「山崎」となっている。 小学校入学前に野球を始める。中学では羽村リトルシニアでプレーした。 帝京第五高等学校では捕手であり、1年秋から正捕手を務めていた。当時は投手としての登板はわずか一度きり(1イニング)で、捕手としてプロ入りを目指していた。甲子園出場はなし。 創価大学では、入部直後にスローイング練習を見た監督の佐藤康弘から、投手としての素質を見出され、投手転向を打診された。
大本 将吾(おおもと しょうご、1998年4月22日 - )… 大本 将吾(おおもと しょうご、1998年4月22日 - )は、愛媛県西条市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。NPB在籍時は育成選手だった。 西条市立壬生川小学校の1年生頃から、「小松リトル」で野球を始める。2年生からは「西条リトル」に所属。小学3年生の頃に、西条市東予運動公園野球場でおこなわれた四国アイランドリーグの愛媛マンダリンパイレーツ主催試合を観戦しており、これが初めて実際に見た「プロ野球」だったという。 西条市立東予東中学校時代には、「西条シニア」や「BB凌駕」(ヤングリーグ)で、投手や一塁手としてプレーする。打順は4番だった。 高校は帝京第五高等学校に進学。1年の新人戦からベンチ入りし、2年生春からは4番・一塁手で先発出場する。
徳田 耕太郎(とくだ・こうたろう、1991年7月21日 - … 徳田 耕太郎(とくだ・こうたろう、1991年7月21日 - )は、日本のフリースタイルフットボーラー。ニックネームは Tokura (トクラ)。レッドブル・ストリートスタイル・ワールドファイナル2012優勝者。身長169cm。 愛媛県大洲市出身。帝京第五高等学校、帝京大学経済学部卒。小学1年生からサッカーを始め、中学校1年生当時に『NIKE フリースタイルフットボール』という本に影響を受けてフリースタイルフットボールを始める。中学3年生の時に、フリースタイルフットボールの練習中に頭部を強打。医師に脳挫傷と診断され、サッカーなど長距離系の運動は控えるようにと言われたが、リフティングは続ける事ができたため、フリースタイルフットボールの練習により熱中するようになる。
平井 諒(ひらい りょう、1991年4月23日 - )は、和… 平井 諒(ひらい りょう、1991年4月23日 - )は、和歌山県那賀郡粉河町(現・紀の川市)出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。右投右打。 小学校2年生のときに野球を始める。中学校では粉河シニアに所属した。帝京五高に入学後、投手へ転向。2年夏に愛媛大会決勝に進出。2回戦の対新居浜東高戦ではノーヒットノーランを記録。準々決勝の今治西高戦では延長10回1失点完投勝利。決勝は左太もも肉離れもあり[要出典]、済美高に大敗を喫した。 3年夏は2回戦の対北条高戦で13奪三振を記録するなど力投した。準々決勝で秋山拓巳を擁する西条高と対戦し、被安打12、7四球、8失点で敗退した。 2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから4位指名を受ける。
塩見 貴洋(しおみ たかひろ、1988年9月6日 - )は、… 塩見 貴洋(しおみ たかひろ、1988年9月6日 - )は、大阪府守口市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 小学校時代に守口市佐太スポーツ少年団に所属して野球を始め、中学時代は守口シニアでプレー。当時は身長160cm足らずで主に外野手としてプレーしていた。 4歳上の兄が進学していた愛媛県の帝京第五高等学校へ進み、投手に転向。高校3年間で身長がおよそ20cm伸び、同時に球速も上がり県下屈指の左腕として注目された。3年夏には県ベスト8に入り、1回戦に13者連続含む打者16人から14個の三振を奪い、5回参考記録ながらノーヒットノーランを記録。 八戸大学(現:八戸学院大学)では「みちのくのドクターK」と呼ばれた。
立川 志ら門(たてかわ しらもん、1984年7月24日 - … 立川 志ら門(たてかわ しらもん、1984年7月24日 - )は、落語立川流に所属する落語家。立川志らく15番目の弟子。落語家で唯一のトミー・ジョン手術経験者。 当初は桂米助に入門志願するが断られ、文治を紹介される。前座名のしゃも治は米助の名物番組が由来。しかし、師匠に内緒で行った早朝野球で右膝を骨折。師匠から自宅謹慎処分を命じられる。足も治りようやく歩けるようになった矢先、パチンコ屋に入って同じく師匠もそのパチンコ屋に居合わせて、破門される。それでもまだ、落語をやりたいと協会を変える。 乳幼児期にミルク性中耳炎になり、人工鼓膜への手術を受けており、耳に少し障害が残っているが生活に支障は無い。小学校時代はプロ野球選手になることを夢見ていたが、断念。
山入端 創(やまのは はじめ、1981年〈昭和56年〉3月1… 山入端 創(やまのは はじめ、1981年〈昭和56年〉3月14日 - )は、日本の政治家。大阪府羽曳野市長(2期)、大阪維新の会顧問。元大阪府議会議員(3期)。 羽曳野市立羽曳が丘小学校、羽曳野市立峰塚中学校卒業後、愛媛県の帝京第五高等学校に野球留学する。日本文理大学卒業。 大学卒業後、大阪府議会議員秘書、衆議院議員秘書を経て、2011年の第17回統一地方選挙の一環として行われた大阪府議会議員選挙に大阪維新の会公認で羽曳野市選挙区から立候補し、当選。以後、3期連続当選。 2020年5月20日、同年7月の羽曳野市長選挙に立候補する意向を表明し、6月5日に府議を辞職。7月12日の投開票の結果、現職の北川嗣雄ら4候補を破り、初当選した。
矢野 諭(やの さとし、1978年4月25日 - )は、香川… 矢野 諭(やの さとし、1978年4月25日 - )は、香川県綾歌郡綾南町(現:綾川町)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 帝京第五高校時代は、1996年夏の全国高等学校野球選手権愛媛大会決勝戦で松山商業に敗れ準優勝。同年のドラフト会議で日本ハムファイターズが1位指名で交渉権を獲得し契約金8000万円、出来高払い2000万円、年俸700万円(金額は推定)で入団合意した。 1997年5月31日の対千葉ロッテマリーンズ戦で一軍初登板・初先発し勝利投手となった。これは球団では1966年の森安敏明以来、31年ぶりの高卒ルーキーの初登板初先発勝利だった。 翌年以降に新人王の資格を持っていたが97年オフのプロ野球スポーツイベントで両足首を故障。
太田 暁(おおた さとる、1971年1月23日 - )は、京… 太田 暁(おおた さとる、1971年1月23日 - )は、京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 現在はオリックス・バファローズの打撃投手で、2019年から内野手として同球団に所属する太田椋は実息にあたる。 京都西高等学校入学後に移った帝京第五高等学校への在学中までは投手で、中国遠征のメンバーにも選ばれていた。甲子園球場での全国大会とは無縁であったが、中学生時代に経験したアメリカ遠征試合で2本塁打を放つなどの実績から、打者として注目されていた。 1988年のNPBドラフト会議で、近鉄バファローズからの6位指名を受けたことを機に入団。投手として指名されたが、打者としての選球眼と野球センスを高く評価されたことから、入団後に内野手へ転向した。
登記 欣也(とうき きんや、1952年2月12日 - )は、… 登記 欣也(とうき きんや、1952年2月12日 - )は、愛媛県宇和島市出身の元プロ野球選手(投手)。 愛媛・帝京五高では、エースとして1968年秋季四国大会決勝に進出するが、徳島商業高の松村憲章らに抑えられ完封負け、準優勝にとどまる。1969年春の選抜に出場。1回戦で釧路一高に完封負けを喫した。 高校卒業後は、社会人野球の神戸製鋼に入社。1973年のプロ野球ドラフト会議で太平洋クラブライオンズから7位指名を受けたが入団を拒否した。 1976年の日本選手権では1回戦で新日本製鐵室蘭を完封、2回戦で東京ガスの松沼博久と投げ合うが、延長14回サヨナラ負け。 1977年の都市対抗野球に出場、増岡義教(三菱重工神戸から補強)との二本柱で勝ち進む。