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忽那 賢志(くつな さとし、1978年12月7日 - )は、… 忽那 賢志(くつな さとし、1978年12月7日 - )は、日本の医師・医学者。大阪大学大学院医学系研究科感染制御学第3代教授、大阪大学医学部附属病院感染制御部部長(併任)。学位は、博士(医学)(山口大学・2010年)。東京大学医学部非常勤講師なども務める。 専門は感染症学で、新興感染症、再興感染症、輸入感染症などの治療・研究に尽力している。 10歳のとき実父が白血病で他界。多くの人を病から救いたいと医師を志し、山口大学医学部医学科へ進学した。卒業後の初期研修の際、感染症の研究治療に出会い、自ら進む道と決意して現在に至る。 2020年初頭頃からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行の際には、それまでの知識・経験を活かして連日マスメディアなどに出演。
益尾 知佐子(ますお ちさこ、1974年 - )は、日本にベ… 益尾 知佐子(ますお ちさこ、1974年 - )は、日本にベースを置く国際政治学者。専門は、中国をめぐる国際関係・中国の政治外交。学位は、博士(学術)。九州大学教授。 佐賀県生まれ、福岡県出身。福岡県立小倉高等学校在学中、アメリカに交換留学。東京大学在学中には、北京大学に交換留学。東京大学大学院総合文化研究科で博士号を取得。ハーバード大学名誉教授エズラ・F・ヴォーゲル研究助手などを経て、2008年10月より九州大学比較社会文化研究院准教授。教育面では地球社会統合科学府(大学院)、共創学部を担当。
増田 聡(ますだ さとし、1971年4月5日 - )は、日本… 増田 聡(ますだ さとし、1971年4月5日 - )は、日本の美学者、大阪公立大学教授。専門は音楽美学、ポピュラー音楽研究、メディア論。 北九州市に生まれ、福岡県立小倉高等学校から大阪大学文学部に進む。2000年、「現代ポピュラー音楽の美学的研究 : 「作品」「作者」概念を中心に」により、大阪大学から博士(文学)を取得して、大阪大学大学院文学研究科芸術学専攻博士後期課程を修了し、鳴門教育大学学校教育学部芸術系(音楽)教育講座助手となった。2003年に鳴門教育大学を退職して拠点を関東に移し、多数の大学の非常勤講師を務めた後、2008年に大阪市立大学大学院文学研究科・文学部 准教授となった。2018年より同大学教授。
内田 誠一(うちだ せいいち、1967年 - )は、日本の情… 内田 誠一(うちだ せいいち、1967年 - )は、日本の情報工学者。九州大学理事・副学長・主幹教授、日本学術会議会員。文部科学大臣表彰科学技術賞等受賞。 福岡県北九州市門司区門司港生まれ。1986年福岡県立小倉高等学校卒業。1990年九州大学工学部電子工学科卒業。1992年九州大学大学院工学研究科修士課程修了、セコム入社、IS研究所音声情報処理研究室配属。1996年退社し、九州大学大学院システム情報科学研究科博士後期課程知能システム学専攻入学。1999年同修了、博士(工学)。同年同大助手、2002年助教授。2007年教授。2017年主幹教授、九州大学数理・データサイエンス教育研究センターセンター長。
田辺 新一(たなべ しんいち、1958年 - )は、日本の環… 田辺 新一(たなべ しんいち、1958年 - )は、日本の環境学者。専門は建築環境学。福岡県北九州市出身。旧字は田邉新一 明治学園小学校、中学校 卒業。 早稲田大学理工学術院創造理工学部建築学科・教授 永年にわたって、建築環境工学の教育・研究に努め、同分野において温熱環境の熱的快適性評価法に関する研究、シックハウス症候群問題の解決に関する研究、新型コロナウイルス感染症における換気の重要性に関する研究、住宅・建築物の省エネルギー・脱炭素化に関する研究、建築環境設備学の国際的発信を行った。 1)温熱環境の快適性評価法に関する研究 日本人に関する大規模被験者実験を行い、欧米のデータとの比較を可能にした。
木村 朗(きむら あきら、1954年8月23日 - )は、日… 木村 朗(きむら あきら、1954年8月23日 - )は、日本の政治学者、鹿児島大学教授。専門は平和学。 北九州市小倉生まれ。北九州工業高等専門学校を中退、福岡県立小倉高等学校を経て九州大学法学部に入学し、政治学を専攻。九州大学大学院法学研究科に進学、1984年3月九州大学法学修士。博士課程在籍中の1985年9月-1987年3月、政府交換留学生としてベオグラード大学政治学部に留学。 1988年3月九州大学大学院法学研究科政治学専攻単位取得後退学。 九州大学法学部助手を経て、1988年10月に鹿児島大学法文学部に赴任。1997年4月より現職。 社会人も対象とする自主ゼミ「平和問題ゼミナール」を開講。
入口 紀男(いりぐち のりお、1947年 - )は、日本の工… 入口 紀男(いりぐち のりお、1947年 - )は、日本の工学者。熊本大学名誉教授、東京工業大学大学院理工学研究科特任教授、熊本大学大学院社会文化科学研究科客員教授、放送大学客員教授を務める。専門は生命体画像工学。工学博士(東京大学)。また故郷である水俣市の歴史や水俣病についての著作も刊行している。
岡本 義行(おかもと よしゆき、1947年 - )は、日本の… 岡本 義行(おかもと よしゆき、1947年 - )は、日本の経営学者、経済学者。勲等は旭日中綬章。法政大学名誉教授、大正大学地域構想研究所教授(地域創生学)、元法政大学地域研究センター所長・法政大学大学院政策創造研究科教授。専門は企業論、産業論。 東京都生まれ。公務員の父の転勤に従い、神戸市・小樽市・東京・塩竈市・門司市・名古屋市など各地で生活。福岡県立小倉高等学校、横浜国立大学経済学部卒業。1976年法政大学社会学部助手(1978年専任講師)、1978年京都大学大学院経済研究科博士課程単位取得退学。2000年博士(経済学)取得(京都大学(理論経済学))。 1980年法政大学社会学部助教授、1984年エイナウディ財団(イタリア・トリノ)研究員を経て、1987年法政大学社会学部教授・経済学部兼担教授、2003年法政大学地域研究センター副所長。
荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は… 荒木 正見(あらき まさみ、1946年11月23日 - )は、日本の哲学者・歌人・評論家。哲学・論理学・倫理学を軸として、心理学・医学・文学・スポーツ科学等との学際的研究、講義と著述、評論、実践指導。短歌、エセー等創作。尾道学の提唱者である。 福岡県生まれ。福岡県立小倉高等学校卒、1971年名古屋大学文学部哲学科卒業。1977年九州大学大学院文学研究科哲学・哲学史専攻科博士課程単位取得退学。1978年梅光女学院大学専任講師、84年助教授、1990年福岡女学院大学助教授、94年教授、2001年日本赤十字九州国際看護大学教授、福岡歯科大学教授、文京学院大学教授。文学博士(ph.d.)。名誉博士(フィリピン国立サマール大学)
西垣 克(にしがき まさる、1945年2月14日 - 202… 西垣 克(にしがき まさる、1945年2月14日 - 2025年5月11日)は、日本の保健学者(国際保健学・地域医療・病院管理)。位階は正五位。静岡県立大学 名誉教授。学位は保健学博士(東京大学・1993年)。 東京大学大学院医学系研究科助教授、静岡県立大学看護学部教授、日本福祉大学福祉経営学部教授、学校法人日本福祉大学執行役員、静岡県立大学学長(第4代)、静岡県立大学短期大学部学長(第4代)、静岡県公立大学法人副理事長、公立大学法人宮城大学理事長(第2代)、宮城大学学長(第4代)などを歴任した。 1945年、大阪府大阪市にて生まれた。その後、福岡県に転居し、福岡県立小倉高等学校を卒業した。高等学校卒業後は上京し、東京大学の医学部保健学科にて保健学を修め、1970年に卒業した。
田中 萬年(たなか かずとし、1943年 - )は、日本の職… 田中 萬年(たなか かずとし、1943年 - )は、日本の職業訓練学者、職業訓練大学校名誉教授。 満州国大連市生まれ。北九州市門司区で印刷見習工として働く。福岡県立小倉高等学校定時制卒業。中央職業訓練所入所、1965年職業訓練大学校と改称、同卒業。長崎総合職業訓練所(現ポリテクセンター長崎)指導員、職業訓練大学校助教授、1994年教授、2007年退職、名誉教授。95年「わが国における公的職業訓練とそのカリキュラムの歴史的展開に関する研究」で東京工業大学学術博士。職業訓練・職業能力開発に取り組む。
志村 正道(しむら まさみち、1936年(昭和11年)4月5… 志村 正道(しむら まさみち、1936年(昭和11年)4月5日-2017年(平成29年)7月23日)は、日本の情報工学者。位階は従四位。 情報工学、特に人工知能や機械学習の分野における研究の発展に貢献を果たした。 東京都世田谷区出身。東京工業大学名誉教授、東京都市大学名誉教授。人工知能学会第四代会長、全国理工系情報学科協議会会長、大学評価・学位授与機構審査会専門委員、文部省教科用図書検定調査審議会調査員、文部省私立大学研究設備費等補助金選定委員、日本学術会議情報工学研究連絡委員会委員、新エネルギー産業技術総合開発機構全国地熱資源総合調査委員等の要職を歴任。また情報通信分野において顕著な功績のあった者を顕彰する大川出版賞の審査委員を長年務めた(1992年 - 2017年)。
大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 20… 大家 重夫(おおいえ しげお、1934年9月19日 - 2025年1月21日)は、日本の文部官僚・法学者。久留米大学名誉教授。 北九州市小倉北区出身。1953年福岡県立小倉高等学校卒業。1958年京都大学法学部卒業。 1960年11月16日文部省管理局振興課へ入り、1963年体育局学校給食課。1965年から2年間、総理府審議室・内閣審議室に出向し、「建国記念の日」制定、明治100年記念事業等に従事した。ユネスコ国内委員会教育課、名古屋大学庶務課長を経て、1970年文化庁著作権課長補佐。1974年文化庁庶務課課長補佐、1977年文化庁著作権課著作権調査官。1979年から3年間、内閣官房インドシナ難民対策連絡調整会議事務局員を命ぜられ、難民への日本語教育を担当した。
堀尾 輝久(ほりお てるひさ、1933年〈昭和8年〉1月5日… 堀尾 輝久(ほりお てるひさ、1933年〈昭和8年〉1月5日 - )は、日本の教育学者。東京大学名誉教授。専攻は教育学、教育思想史。元NHKアナウンサーの杉山邦博は実兄。美術史家で文化学園大学名誉教授の堀尾真紀子は妻。 勝田守一の「国民の教育権」論、宗像誠也の内外事項区分論を継承し、それらを発展させつつ、コンドルセ Condrcet1743-94ら、近代初期の教育思想に、幸徳秋水やホブソンなどの先駆的な「帝国主義」に関する論など国家論・社会論を接続して、その現代的再構成を試みた。現代公教育を、支配者階級による被支配者階級の「教化 indoctorination」システムと定位し、近代における教育拡大(教育の機会均等・義務教育の普及など)を批判的に把捉した。
大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の… 大久保 英雄(おおくぼ ひでお、1933年 - )は、日本の医学者。九州大学医学部第一内科元准教授。医学博士(1967年、同大学にて取得)。専門は内科、消化器病、糖尿病、肝臓病。 福岡県小倉市(現・北九州市)生まれ。福岡県立小倉高等学校を卒業。九州大学医学部を卒業。同大学第一内科に入局し、1967年、同大学にて医学博士を取得。同年から同大学第一内科講師、1978年から1985年まで同大学同科助教授を歴任。その間、1969年アメリカのオクラホマ大学に留学。公益社団法人日本糖尿病協会員。1992年から1999年まで北九州市立医療センター総括副院長。新栄会病院南ヶ丘病院最高顧問、北九州市保健福祉局嘱託医(2009-2019)、公益社団法人日本糖尿病協会療養指導医である。
杉山 邦博(すぎやま くにひろ、1930年〈昭和5年〉10月… 杉山 邦博(すぎやま くにひろ、1930年〈昭和5年〉10月19日 - )は、元NHKのエグゼクティブアナウンサーで日本福祉大学生涯学習センター長・客員教授、中京大学体育学部大学院非常勤講師。東京相撲記者クラブ会友、相撲ジャーナリスト。福岡県出身。実弟は教育学の研究で知られ元日本教育学会会長の堀尾輝久東大名誉教授。 1930年、福岡県小倉市(現・北九州市)生まれ。熊本陸軍幼年学校、福岡県立小倉高等学校、早稲田大学文学部を経て、1953年、NHKに入局。初任地は名古屋局で、この時の上司(放送部長)が1933年の1月場所から大相撲実況をしていた山本照だった。スポーツ実況のアナウンサーとして進むことを希望していた杉山にとって、この時の出会いが、子どもの頃にラジオで聞いて憧れた大相撲実況への道に進む端緒となり、自身初の大相撲実況は、1954年2月に金山体育館で行われた大相撲名古屋準本場所だった。
榎園 喜徳(えのきぞの よしのり、1906年(明治39年)2… 榎園 喜徳(えのきぞの よしのり、1906年(明治39年)2月22日 - 1969年(昭和44年)12月25日)は、日本の法学者。元八幡大学教授(労働法)。福岡県八幡市出身。 福岡県立小倉中学校卒業後、八幡製鐵入社。1925年(大正14年)八幡製鐵退社後、法政大学予科入学、フランス文学専攻。父親死去のため中退し帰郷。再度八幡製鐵入社。その後九州法学校(後の九州国際大学)入学。大澤章、宇賀田順三に師事。1933年(昭和8年)在学中に高等文官行政科試験合格。1934年(昭和9年)九州法学校卒業。1942年(昭和17年)、朝鮮の兼二浦製鉄所労務課長に就任。1946年(昭和21年)帰国後、戸畑専門学校奉職。
安川 寛(やすかわ ひろし、1903年1月12日 - 199… 安川 寛(やすかわ ひろし、1903年1月12日 - 1999年2月18日)は、日本の経営者、工学博士。安川電機社長、会長を務めた。福岡県北九州市出身。 旧制小倉中学校を経て、1927年に東京帝国大学工学部機械工学科を卒業し、1934年に東京帝国大学大学院を修了。東京大学で講師、航空研究所嘱託として勤務し、1936年に安川電機製作所取締役に就任。1944年に社長に就任し、1972年に会長を経て、1985年に名誉顧問に就任。 北九州商工会議所会頭、福岡大学理事長、エフエム九州社長、日本電機工業会会長、日本経営者団体連盟常任理事なども歴任。 1964年に藍綬褒章を受章し、1973年に勲二等瑞宝章を受章。
秋吉 一成(あきよし かずなり) は、日本の化学者。京都大学… 秋吉 一成(あきよし かずなり) は、日本の化学者。京都大学名誉教授。元高分子学会会長。祖父は高分子化学者で九州大学名誉教授の秋吉三郎。 福岡県北九州市出身。化学者の秋吉三郎九州大学名誉教授は祖父。明治学園中学校、福岡県立小倉高等学校を経て、1980年九州大学工学部合成化学科卒業、1985年九州大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。祖父の弟子に当たる村上幸人に師事。 同年パデュー大学化学科博士研究員。1987年長崎大学工学部工業化学科講師。1989年京都大学工学部高分子化学科助手。1993年京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻助手。1993年京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻助教授。