スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
七條 芳美(しちじょう よしみ、1982年9月20日 - )… 七條 芳美(しちじょう よしみ、1982年9月20日 - )は宮崎県出身の日本の柔道家。70kg級の選手。身長166cm。得意技は大内刈、足技。 宮崎市出身。柔道は8歳の時に井上康生も所属していた静充館で始めた。檍中学2年の時に全国中学校柔道大会の56kg超級で3位、3年の時には優勝を飾った。高校は福岡県にある福岡工大附属高校へ進むと、2年の時に全国高校選手権70kg級で2位となった。3年の時には金鷲旗の決勝で淑徳高校と対戦すると、大将戦で中沢さえを横四方固で破ってチームを優勝に導いた。インターハイ団体戦では市立柏高校に敗れて2位だった。全日本ジュニアで優勝を飾ると、世界ジュニアでは3位に入った。
近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は… 近藤 悦子(こんどう えつこ、1981年9月22日 - )は大分県出身の日本の柔道家。78kg級の選手。身長170cm。 2010年の世界選手権100kg級で優勝した穴井隆将などを輩出した、1965年の世界選手権中量級2位の山中圏一が指導する秀鋭館道場で柔道を始めた。小学校5年の時には全国少年柔道大会の個人戦に出場して、男子選手を次々と破って3位入賞を果たした。審判長の貝瀬輝夫も小学生離れした力強い柔道に感嘆の声を上げた。明野中学から福岡工大附属高校へ進むと、2年の時に金鷲旗で3位になった。3年の時には全日本ジュニアの78kg級で3位だった。 2000年には帝京大学へ進学すると、2年の時には全国女子体重別で3位に入った。
日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )… 日下部 基栄(くさかべ きえ、1978年10月11日 - )は、福岡県福岡市出身の日本の元柔道選手。現役時代は福岡県警察所属で大外刈などのパワフルな技を得意とし、シドニー五輪(柔道女子57 kg級)の銅メダルを獲得。のちに福岡大学女子柔道部の監督を務める。身長160 cm。 日下部の父親は機動隊に所属する警察官で、子供の頃にネフローゼ症候群で幼稚園も殆ど行けず入退院を繰り返していた。小学校1年生の時に兄の通う東福岡柔道教室を見学し、そこで3歳年上の小さな女子が男子を引きずり回して圧倒するのに感動し、日下部も自ら柔道を始める。なお、この少女は後に世界選手権を6連覇する田村亮子であった。日下部は柔道を始めて半年後には初めて出た大会でいきなり優勝。
江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )… 江種 辰明(えぐさ たつあき、1976年10月28日 - )は、日本の柔道家。野村忠宏と同じく長く日本の60kg級を代表する選手。得意技は背負い投げ、釣込腰。 福岡県行橋市出身、福岡工業大学附属城東高等学校・天理大学卒。 アジア大会やアジア選手権で優勝経験があるほか、2005年と2007年の世界柔道選手権大会にも出場している。2008年、嘉納治五郎杯東京国際柔道大会ワールドグランプリ2008優勝。 拓殖大学柔道部特別コーチとして指導も行なっていた。 1994 愛知国体柔道競技少年男子(福岡チーム先鋒) 優勝 1995 全日本ジュニア柔道選手権大会 優勝 1998 グルジア国際柔道選手権大会 優勝 1998 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 1999 嘉納治五郎杯国際柔道選手権大会 2位 1999 アジア柔道選手権大会 (温州) 3位 1999 フランス国際柔道選手権大会 2位 1999 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 1999 熊本国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 1999 韓国国際柔道選手権大会 3位 1999 講道館杯全日本体重別選手権大会 3位 2000 全日本選抜柔道体重別選手権大会 2位 2000 韓国国際柔道選手権大会 3位 2000 ロシア大統領杯国際柔道大会(団体) 3位 2000 アジア柔道選手権大会(東京) 優勝 2001 アジア柔道選手権大会(ウランバートル) 3位 2001 ハンガリー国際柔道選手権大会 優勝 2001 チェコ国際柔道選手権大会 3位 2001 宮城国体柔道競技成年男子(東京チーム先鋒) 優勝 2002 日本国際柔道選手権大会 2位 2002 ロシア国際柔道選手権大会 優勝 2002 エストニア国際柔道選手権大会 優勝 2002 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位 2002 ワールドカップ国別団体柔道大会(スイス・バーゼル) 優勝 2002 モスクワグランプリ国際柔道選手権大会 優勝 2002 講道館杯全日本体重別選手権大会 優勝 2003 全日本選抜柔道体重別選手権大会 3位
谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本… 谷 亮子(たに りょうこ、1975年9月6日 - )は、日本の柔道家、政治家。福岡県福岡市出身。旧姓は田村(たむら)。柔道選手としてはオリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得した。2018年1月には、女子としては極めて異例の飛び昇段で六段になった。 2010年の第22回参議院議員通常選挙で民主党の比例候補として当選し参議院議員として政界入り。民主党スポーツ議員連盟会長、日本未来の党幹事(遊説担当)、生活の党と山本太郎となかまたち副代表兼参議院幹事長などを歴任した後、改選となる2016年の第24回参議院議員通常選挙には立候補しなかった。 帝京大学文学部卒業、日本体育大学大学院修了。夫は元プロ野球選手で東芝社会人野球部エグゼクティブアドバイザーの谷佳知(2003年結婚)。
園田 勇(そのだ いさむ、1946年11月5日 - )は、福… 園田 勇(そのだ いさむ、1946年11月5日 - )は、福岡県山門郡三橋町(現:柳川市)出身の日本の柔道家。1976年モントリオールオリンピック柔道男子80kg級金メダリスト。身長177cm。得意技は大外刈。5人兄弟の末っ子。 福岡電波高校から福岡工業大学に進学後、1969年世界柔道選手権大会の80kg級で金メダルを獲得した。この大会では兄の園田義男も63kg級で金メダルを獲得した。大学卒業後は丸善石油に入社し柔道を続けたが柔道は仕事が終了した夕方からしかできなかった。1972年6月に福岡県警察に入り警察官に対しての柔道コーチを始めた。 1973年世界柔道選手権大会で銀メダル、1976年のモントリオールオリンピックには4歳下の強力なライバル藤猪省三と競い代表の座を得ると本大会でも金メダルを獲得した。
園田 義男(そのだ よしお、1945年8月30日 - 201… 園田 義男(そのだ よしお、1945年8月30日 - 2018年1月29日)は、日本の柔道家(講道館9段)。弟はモントリオール五輪金メダリストの園田勇。 福岡工業大学在学中に全日本学生選手権大会や世界学生選手権大会、ユニバーシアード等で優勝を果たし、社会人になってからはメキシコシティで開催の世界選手権大会で弟の勇とともに兄弟同時優勝を成し遂げた。引退後は指導者として、福岡工大付属城東高校で谷亮子や日下部基栄等を育てた事でも有名。のち同校の校長を務めた。身長167cm。得意技は大外刈。 終戦直後の1945年8月、福岡県山門郡三橋町(現:柳川市)にて5人兄姉(4男1女)の3男として生まれる。実家は農業・養豚を営む家柄、父親は厳格で典型的な亭主関白であった。