スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
内野 艶和(うちの つやか、2002年1月13日 - )は、… 内野 艶和(うちの つやか、2002年1月13日 - )は、福岡県福岡市出身の女子競輪選手、自転車競技選手。競輪選手としては日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第120期生。師匠は藤田剣次(85期)。トラックレース選手としてはチーム楽天Kドリームス所属、ロードレース選手としてはNEXETIS(ドイツ語版)所属。姉は内野琴佳(養成所第132回生入所試験合格)。 小学、中学時代はバスケットボールに打ち込み、祐誠高校入学後に自転車競技を始めた。全国高校選抜大会ではスクラッチと個人ロードレースで2連覇、インデヴィジュアルパーシュートでも優勝、インターハイ女子2000メートル個人追い抜き優勝など実績を残した。
池上 あかり(いけがみ あかり、1999年12月22日 - … 池上 あかり(いけがみ あかり、1999年12月22日 - )は、福岡県筑紫野市出身の元女子競輪選手。現在は新聞記者。現役時代は日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第122期生。師匠は藤田剣次(85期)。 小学校4年生のとき「世界に羽ばたくアスリート育成を目指す福岡県タレント発掘事業」で選考され、近代三種競技で全国大会2位となる。その後、トライアスロンを始めた。 祐誠高等学校進学後、トライアスロン競技のトレーニングの一環として自転車競技を始め、2016年インターハイポイント・レース優勝、2017年インターハイスクラッチ優勝など中距離で実績を挙げた。
大久保 花梨(おおくぼ かりん、1997年12月22日 - … 大久保 花梨(おおくぼ かりん、1997年12月22日 - )は、佐賀県鳥栖市出身の女子競輪選手。現姓、坂本。日本競輪選手会福岡支部所属、ホームバンクは久留米競輪場。選手登録番号15231。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第112期生。師匠は藤田剣次(85期)。 両親がともに警察官であり柔道をやっていた縁で、自身も4歳から柔道を始める。柔道はのちに嫌気が差してしまい辞めたが、中学生になると、弟が行ったラグビー体験教室について行った流れで、ラグビーをやっていた。 中学3年生のとき、母親が営んでいる整骨院に小林優香の祖母が来院。その時母親が小林優香の祖母からガールズケイリンを勧められたことで、両親からガールズケイリンを勧められる。
坂本 亮馬(さかもと りょうま、1985年5月3日 - )は… 坂本 亮馬(さかもと りょうま、1985年5月3日 - )は競輪選手。福岡県久留米市出身。日本競輪学校第90期卒業。日本競輪選手会福岡支部に所属。 日本競輪学校第86期生の競輪選手である坂本健太郎は実兄。 久留米工業大学附属高等学校に在学中の2003年に高校選抜大会のケイリン種目で優勝し、高校総体(佐世保競輪場)のケイリン種目でも優勝している。 やがて高校の先輩でもある加倉正義に師事し、高校卒業後は日本競輪学校に第90期生として入学する。同期には北津留翼、新田祐大、飯野祐太、鈴木謙太郎らがいる。2005年7月1日にホームバンクの久留米競輪場でデビューし1着。その後は2007年(立川競輪場)と2008年(平塚競輪場)のヤンググランプリに連続出場し、着順はいずれも6着であった。
加倉 正義(かくら まさよし、1971年5月22日- )は、… 加倉 正義(かくら まさよし、1971年5月22日- )は、福岡県大牟田市出身の競輪選手。日本競輪選手会福岡支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第68期生。同期には山口富生、小川圭二、阿部康雄らがいる。師匠は下坂茂。ホームバンクは久留米競輪場。兄・加倉高廣(64期)も元競輪選手。 久留米工業大学付属高等学校出身。競輪学校時代は在校競走成績第4位。デビュー戦は1991年8月7日のホーム・久留米で迎え2着。初勝利は同年8月14日のいわき平競輪場であった。 1995年の日本選手権競輪(松戸競輪場)で、初の特別競輪 (GI) 決勝進出(5着)を決めたが、準地元ともいうべき小倉競輪場で毎年開催されている競輪祭では、1995年より4年連続で決勝へと進出。
平田 崇昭(ひらた たかあき、1965年10月2日 - )は… 平田 崇昭(ひらた たかあき、1965年10月2日 - )は元競輪選手。福岡県八女市出身。日本競輪学校第55期卒業。現役時は日本競輪選手会福岡支部に所属。師匠は原敬人。ホームバンクは久留米競輪場。 久留米工業大学付属高等学校在学中の1983年に全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(一宮競輪場)のポイントレースで優勝し、1985年に日本競輪学校へ入学。同期に鈴木誠、郡山久二、松田孝志らがおり、在校成績24位で卒業。同年5月11日にホームの久留米でデビュー戦を迎え3着。初勝利は同年7月27日の平塚競輪場。 1990年、オールスター競輪(宇都宮競輪場)決勝4着。 1991年、日本選手権競輪(一宮)決勝6着。