スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
真島 理一郎(ましま りいちろう、1972年10月22日 -… 真島 理一郎(ましま りいちろう、1972年10月22日 - )は、佐賀県多久市出身の日本の映像作家・アニメーション監督・映画監督。IDIOTS代表。 現在は千葉県に在住。佐賀県立佐賀西高等学校、千葉大学工学部工業意匠学科(現デザイン工学科)卒業、同大学院修了。 ディベロッパーにて複合商業施設のプランニング、環境デザインに携わる。2001年に退社後、デジタルハリウッドにて3DCGを学ぶ。 2002年同校の卒業制作で架空の競技を描いたCG作品『スキージャンプ・ラージヒル・ペア』を制作。アヌシー国際アニメーション映画祭、シッチェス・カタロニア国際映画祭など、世界30ヶ国以上の映画祭、コンテスト等で上映、数多くの賞を受賞する。
小沢 章友(おざわ あきとも、1949年〈昭和24年〉11月… 小沢 章友(おざわ あきとも、1949年〈昭和24年〉11月10日 - )は、日本の小説家。推理作家協会会員。 佐賀県佐賀市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。 コピーライター等を経て作家になる。1993年『遊民爺さん』で第2回開高健賞奨励賞受賞。 伝奇ロマン、幻想、ホラー、耽美と幅広い作風で活躍。歴史古典の児童用編訳も多く手がける。 『夢魔の森』『闇の大納言』などの、平安を舞台にした、陰陽師の土御門一族を軸に描く王朝ロマン連作「土御門クロニクル」で、陰陽師ブームの先駆者となる。 また女子大にて非常勤講師として文章創作講座を受け持つ。 1979年〜2001年にNHK-FMで放送されたラジオ番組「クロスオーバーイレブン」のスクリプトを担当。
岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 … 岩橋 邦枝(いわはし くにえ、女性、1934年10月10日 - 2014年6月11日)は、日本の小説家。本名、根本邦枝。 広島県広島市生まれ。父・岩橋八洲民は植物学者で当時広島文理科大学副手。1945年10歳の時、広島の原爆投下の直前に父の実家のある佐賀県佐賀市へ疎開した。佐賀県立佐賀高等学校(現佐賀県立佐賀西高等学校)から、お茶の水女子大学教育学科に進み、在学中の1954年『婦人公論』の作文選に「水紋」が川端康成の選により掲載、初めて書いた小説「つちくれ」が『文藝』全国学生小説コンクールに当選、1955年『婦人公論』募集の女流小説に「不参加」が入選、1956年「逆光線」が『新女苑』に発表され、女版石原慎太郎としてマスコミが殺到した。
実松 譲(さねまつ ゆずる、1902年(明治35年)11月2… 実松 譲(さねまつ ゆずる、1902年(明治35年)11月20日 - 1996年(平成8年)12月20日)は、日本の海軍軍人、著作家。 米内光政海相時代の大臣秘書官や、駐米大使館附武官補佐官を務め、太平洋戦争においては情報解析に実績を残す。海軍大佐で終戦を迎え11年半の巣鴨プリズン生活をおくった後は主として海軍関係の書を著し、刊行数は100点近くにおよんだ。 小学校校長の長男として佐賀県武雄市に生まれ 海軍兵学校に進んだ。母校の佐賀中学は佐賀藩の藩校弘道館の流れをくみ、当時の最難関校の一つであった海軍兵学校に多くの合格者を送り出した中学である。実松は海兵51期生として中位の席次で卒業後、「浅間」乗組みとして実務訓練を受ける。
三好 十郎(みよし じゅうろう、1902年4月23日 - 1… 三好 十郎(みよし じゅうろう、1902年4月23日 - 1958年12月16日)は、昭和初期から終戦後の復興期にかけて活動した劇作家、詩人、小説家。 佐賀県佐賀市八戸町生まれ。戸籍上は父の兄の子で、旧姓は森。孤児として育つ。4歳で三好家の養子になり、12歳で両親と育ててくれた祖母を失う。旧制佐賀中学校(現・佐賀県立佐賀西高等学校)を経て、早稲田大学英文科卒業。早稲田大学在学中の1924年(大正13年)に「早稲田文学」に詩「雨夜三曲」など五篇を発表してデビュー。サンジカリズムからマルクス主義に接近。壺井繁治らと左翼芸術同盟を結成し、ナップの下部組織プロット(日本プロレタリア劇場同盟)に属して、プロレタリア劇の作家として活動。
下村 湖人(、1884年(明治17年)10月3日 - 195… 下村 湖人(、1884年(明治17年)10月3日 - 1955年(昭和30年)4月20日)は、日本の小説家、および社会教育家。本名は下村 虎六郎()、旧姓は内田()。 佐賀県神埼郡崎村(現神埼市千代田町崎村)出身。東京帝国大学英文科卒。大学卒業後に母校佐賀中学校教師や鹿島中学校校長等を歴任。教職辞任後は、同郷で高校・大学同窓の田澤義鋪に従い、講演や文筆活動で社会教育に尽力。青少年に影響を与えた『次郎物語』の著者として知られる。 生まれて間もなく里子に出されるが、4歳の時に実家に戻る。佐賀中学校時代から、雑誌に詩歌を内田 夕闇(うちだ ゆうあん)の筆名で投稿。このころから、高田保馬、中島哀浪、山口亮一らと親交があった。