スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
山口 謠司(やまぐち ようじ、1963年 - )は、日本の中… 山口 謠司(やまぐち ようじ、1963年 - )は、日本の中国文献学者。大東文化大学文学部中国文学科教授。中国山東大学客員教授。 佐世保北高等学校卒業。大東文化大学文学部中国文学科卒業後、同大学院修士課程修了。修士課程入学と同時に東洋文庫所蔵『岩崎文庫貴重書解題』作成のため林望の助手となる。博士課程1年の時に東洋文庫研究員。東洋文庫研究員を務めた亀井孝一橋大学名誉教授に師事。 1989年よりイギリスケンブリッジ大学大学東洋学部兼任研究員。フランス国立社会科学高等研究院人文科学研究所アジア言語研究センター大学院博士課程後期を経て、1996年大東文化大学専任講師、2003年助教授、07年准教授。妻はフランス人。
児玉 昌己(こだま まさみ、1952年1月28日 - ) は… 児玉 昌己(こだま まさみ、1952年1月28日 - ) は日本の政治学者、EU研究者。欧州議会研究の第一人者。 長崎県佐世保市出身。長崎県立佐世保北高等学校卒業後、同志社大学法学部へ進学。1974年、同志社大学大学院法学研究科修士課程政治学専攻入学。休学・在英を経て、1983年、ベルギー(ヨーロッパ大学院大学College of Europe行政学研究科)留学・修了(Diplome de Hautes Etudes Europeennes 1985)。1987年、同志社大学大学院法学研究科博士課程(後期)所定年限終了退学。 1999年、長崎純心大学人文学部教授を経て、2002年より久留米大学法学部国際政治学科教授。
岩永 勝(いわなが まさる、1951年(昭和26年)8月 -… 岩永 勝(いわなが まさる、1951年(昭和26年)8月 - )は、日本の農学者、Ph.D(植物遺伝育種学、米国ウィスコンシン州立大学)。日本の海外の国際農業研究機関にて30年近く活躍し、日本人初の国際農業研究協議グループ(CGIAR)幹部として、国際植物遺伝資源研究所(IPGRI、現Bioversity International、イタリア;1992-2000)副所長、国際とうもろこし・小麦改良センター(CIMMYT、メキシコ; 2002-2008)所長、など要職を歴任。国内においては、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所長(2008-2011)を経て、2011年より国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)理事長。
満屋 裕明(みつや ひろあき、1950年<昭和25年>8月9… 満屋 裕明(みつや ひろあき、1950年<昭和25年>8月9日 - )は、日本のウイルス学者。国立国際医療研究センター研究所長。熊本大学特別招聘教授。アメリカ国立がん研究所(NCI)内科療法部門レトロウイルス感染症部部長。HIV治療薬の研究を行っている。獨協医科大学特任教授。 1985年、バローズ・ウェルカム(現グラクソ・スミスクライン)社の抗レトロウィルス薬の抗がん剤「AZT」が世界初のHIV治療薬にもなることを、アメリカ国立がん研究所の上司であったサミュエル・ブロダーおよび同僚のロバート・ヤーショアン(en:Robert Yarchoan)とともに発見した。同年にAZT開発について論文発表をしたが、アメリカでの特許は、実験に協力していたバローズ・ウェルカム社が、ブロダーや満屋らに無断で取得してしまった。
菊谷 正人(きくや まさと、1948年8月27日 - )は、… 菊谷 正人(きくや まさと、1948年8月27日 - )は、日本の会計学者。法政大学名誉教授。 1948年長崎県生まれ。1967年長崎県立佐世保北高等学校卒業。1971年中央大学商学部卒業。1976年明治大学大学院商学研究科博士課程単位取得満期退学。1992年「企業実体維持会計論」で、中央大学より博士(会計学)の学位を取得。 1977年八幡大学(現・九州国際大学)法経学部専任講師、1979年日本経済短期大学(現・亜細亜大学)専任講師、1981年助教授、1986年教授、1992年国士舘大学政経学部教授。2004年法政大学教授。
石橋 一彦(いしばし かずひこ、1941年2月 - )は日本… 石橋 一彦(いしばし かずひこ、1941年2月 - )は日本の構造学者。長崎県出身。東京大学工学部建築学科卒。専門は建築構造・材料、鉄筋コンクリート構造、耐震構造。千葉工業大学工学部教授。千葉県耐震判定協議会委員長。建築の学生からは、同学科の橋本篤秀教授、長橋純夫教授とあわせて、”構造の三橋(こうぞうのさんばし)”と呼ばれ親しまれている。
野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 19… 野口 武徳(のぐち たけのり、1933年5月26日 - 1986年1月4日)は、日本の社会人類学者・民俗学者。元成城大学教授。 東京市牛込区市ヶ谷富久町に生まれる。父は東京府立第六中学校(現東京都立新宿高校)の武道教官であった。父の京城城東中学校への異動に伴い朝鮮半島に転居し、終戦を京城(ソウル)で迎える。戦後、父の故郷である長崎県に引き揚げ、長崎県立佐世保北高校(現長崎県立佐世保北中学校・高等学校)を卒業。1958年東京学芸大学卒、1965年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程満期退学(社会人類学専攻)。1965年成城大学専任講師、1967年助教授、1975年教授(文芸学部文化史学科)。1953年〜57年長崎県崎戸の家船を調査。
瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - … 瀬野 精一郎(せの せいいちろう、1931年7月20日 - 2022年1月11日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専門は日本中世史、主な研究対象は中世武士。 長崎県佐世保市生まれ。1954年九州大学文学部国史学科卒業。1957年同大学院修士課程修了、九大助手。1960年東京大学史料編纂所教務職員、1962年同助手、1976年同助教授、1977年早稲田大学文学部助教授、1978年「鎭西御家人の研究」で早稲田大学文学博士。1982年同教授。2002年定年退職、名誉教授。2022年1月11日、前立腺癌のため死去。90歳没。 門下生に海老澤衷(早稲田大学文学学術院教授)、久保健一郎(早稲田大学文学学術院教授)、高木徳郎(早稲田大学教育・総合学術院教授)、大塚ひかりなどがいる[要出典]。