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弓場 将輝(ゆみば まさき、2002年5月13日 - )は、… 弓場 将輝(ゆみば まさき、2002年5月13日 - )は、鹿児島県生まれ、大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・清水エスパルス所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 戸次SSSを経て、中学校年代から大分トリニータのアカデミーへ加入。大分U-18所属時の2020年、トップチームに2種登録され、同年8月12日、ルヴァンカップ・グループステージ第3節の柏レイソル戦で先発出場し、公式戦デビューした。 2021年、トップチームに昇格。プロ1年目はリーグ戦の出場機会は無かったが、カップ戦計6試合に出場し、ルヴァン杯にてプロ初ゴールも記録した。 2022年、チームの降格に伴いJ2リーグにプレーカテゴリを移した。
高畑 奎汰(たかはた けいた、2000年9月16日 - )は… 高畑 奎汰(たかはた けいた、2000年9月16日 - )は、大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・Vファーレン長崎所属。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。 サッカー好きの父親の影響により、幼稚園時に大分トリニータのスクールでサッカーを始める。その後は明治SSSを経て、中学進学時に大分U-15に入団。左利きという事から中学1年次より左サイドでのプレーを始めた。当時は前目のポジションであったが、大分U-18に昇格した高校1年次に当時のU-18監督であった中村有に左足でのボールの持ち方を評価され、サイドバックにコンバート。同年5月にはU-16日本代表に選出された。2年次には鈴井智彦、3年次には山崎哲也と1年ごとに監督が交代し苦心もしたが、試合出場を重ねた。
野上 拓哉 (のがみ たくや、1998年11月29日 - )… 野上 拓哉 (のがみ たくや、1998年11月29日 - )は、大分県大分市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 小学校卒業後、大分トリニータの下部組織へ入団。 高校3年次の2016年にはトップチームに2種登録選手として選手登録された。 2017年よりトップチームに昇格。天皇杯2回戦・町田戦にてプロデビューを果たしたが、同年7月にヴェルスパ大分に期限付き移籍した。翌2018年も移籍期間を延長しV大分でプレー。 2019年より、VONDS市原に期限付き移籍。2020年、VONDS市原へ完全移籍。2022年1月12日、退団が発表された。
吉平 翼(よしひら つばさ、1998年1月5日 - )は、大… 吉平 翼(よしひら つばさ、1998年1月5日 - )は、大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カターレ富山所属。登録ポジションはフォワード。マネジメント会社はイーマ。 双子の兄と共に大分SS、U-12、U-15、U-18と大分トリニータ各年代のカテゴリでプレー。小学校時代はセンターバックとしてプレーしたが、後にフォワードに転向した。大分U-18ではエースストライカーとしてゴールを量産すると、高校3年次の2015年に岩田智輝と共にトップチームに2種登録選手として選手登録され、先発出場3試合を含むリーグ戦4試合に出場した。 2016年より、岩田、江頭一輝と共に正式にトップチームへ昇格。開幕戦となったJ3第1節・AC長野パルセイロ戦で先発出場を果たした。
江頭 一輝(えがしら かずき、1997年5月13日 - )は… 江頭 一輝(えがしら かずき、1997年5月13日 - )は、山口県宇部市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(ボランチ)。 中学卒業後、大分トリニータU-18に入団。2016年より岩田智輝、吉平翼と共にトップチームへ昇格。9月22日、第96回天皇杯3回戦・清水エスパルス戦にて、後半35分に交代出場で公式戦初出場を果たしたが、これが大分の一員としての唯一の公式戦出場機会であった。 2017年は新体制発表時のメンバーには名を連ねたが、始動直後に東海リーグ1部・鈴鹿アンリミテッドFCに育成型期限付き移籍。同年12月に一旦は大分に復帰することが発表されたが、翌2018年1月にグルージャ盛岡(現:いわてグルージャ盛岡)への育成型期限付き移籍が発表された。
岩田 智輝(いわた ともき、1997年4月7日 - )は、大… 岩田 智輝(いわた ともき、1997年4月7日 - )は、大分県宇佐市出身のプロサッカー選手。EFLチャンピオンシップ・バーミンガム・シティFC所属。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。元日本代表。マネジメント会社はジェブエンターテイメント。 2022年のJ1リーグ最優秀選手賞(MVP)受賞者。 兄の影響で3歳の時にサッカーを始め、四日市南SSCを経て大分トリニータU-15宇佐、U-18でプレー。U-18では1年次はセンターバック、2年次はサイドとフォワード、3年次はボランチと、U-15時代も含めGK以外のすべてのポジションでプレーを経験した。2015年にはトップチームに2種登録選手として選手登録された。
坂井 大将(さかい だいすけ、1997年1月18日 - )は… 坂井 大将(さかい だいすけ、1997年1月18日 - )は、長崎県出身のプロサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー。インドネシア・リーガ1・PSMマカッサル所属。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・プロモーション。 中学校入学と同時に長崎市の親元を離れ、大分トリニータU-15へ入団。大分U-18ではボランチやトップ下をこなし、質の高い前線への飛び出しや、正確なワンタッチプレーを得意とするユーティリティー選手として活躍。 2014年、トップチームに2種登録選手として選手登録。同年7月13日の天皇杯2回戦・ヴェルスパ大分戦にて公式戦デビューを果たすと、同試合の前半34分に自らが得たPKを決め公式戦初得点も記録した。
五嶋 京香(ごしま きょうか、1997年1月15日 - )は… 五嶋 京香(ごしま きょうか、1997年1月15日 - )は、大分県出身の女子サッカー選手。RB大宮アルディージャWOMEN所属。ポジションはミッドフィールダー。 兄の影響で、5歳でサッカーを始めた。大分東明高校を卒業。 2015年、大分トリニータレディースからAC長野パルセイロ・レディースへ移籍。 2022年6月1日、2021-22シーズン WEリーグ優秀選手賞を受賞。同年6月12日、大宮アルディージャVENTUSへ完全移籍したことが発表された。 移籍後の2022-23シーズンは、同年8月27日に行われたWEリーグカップ第2節・AC長野パルセイロ・レディース戦にて負傷し、右鎖骨骨折(全治3ヶ月)と診断された。
姫野 宥弥(ひめの ゆうや、1996年9月27日 - )は、… 姫野 宥弥(ひめの ゆうや、1996年9月27日 - )は、大分県大分市出身の元プロサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー。マネジメント会社はイーマ。 大分トリニータサッカースクールに入学し、その後大分U-12に入団。中学生時はHOYO AC ELAN大分(現:ヴェルスパ大分)U-15に在籍したが、高校進学時に大分U-18に入団した。1年次よりスタメンとして起用され、2013年のプリンスリーグ九州1部優勝に貢献。そして2014年には、プリンスリーグ九州1部を連覇し臨んだプレミアリーグ参入戦で大谷室蘭高、米子北高を下し、自身の一番の目標としていた チーム初となるプレミアリーグ昇格に貢献した。
佐藤 昂洋(さとう こうよう、1996年4月14日 - )は… 佐藤 昂洋(さとう こうよう、1996年4月14日 - )は、大分県大分市出身の元サッカー選手。登録ポジションはディフェンダー。 大分トリニータのサッカースクールから、各年代のアカデミーに在籍。U-18・2年次の2013年はプリンスリーグ九州1部優勝に貢献したが、プレミア参入戦・愛媛FC U-18戦で退場し、チームも試合に敗れプレミア昇格を逃した。3年次の2014年はキャプテンに就任。同年、プリンスリーグ九州1部を連覇し迎えたプレミア参入戦2回戦・米子北高戦で、最終ラインから声を出しチームを引っ張り、攻撃面でも貴重な追加点となるゴールを決めるなど攻守両面で大きな役割を果たし 同試合を勝利。プレミアリーグWEST昇格に貢献した。
國分 伸太郎(こくぶ しんたろう、1994年8月31日 - … 國分 伸太郎(こくぶ しんたろう、1994年8月31日 - )は、岡山県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・モンテディオ山形所属。登録ポジションはミッドフィールダー。 サンフレッチェ広島の下部組織を経て、中学卒業後大分トリニータU-18に入団。2学年上に松原健、1学年上に後藤優介、為田大貴、茂平(後に立命館大サッカー部でもチームメイト)、2学年下に坂井大将、佐藤昂洋、姫野宥弥がいた。U-18卒業時点でのトップチーム昇格はならず、立命館大学に進学。同校サッカー部に入部しサッカーを続ける事になったが、大学進学後も大分の強化担当より動向を注視されていた。大学時代はボランチとして主にプレーし、3年次には天皇杯京都府予選である京都FAカップ京都サッカー選手権大会を優勝し、天皇杯本戦に出場を果たした。
為田 大貴(ためだ ひろたか、1993年8月24日 - )は… 為田 大貴(ためだ ひろたか、1993年8月24日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ジュビロ磐田所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。 中学校時代までを出身地の長崎県で過ごした後、大分トリニータU-18に入団(同期は後藤優介、茂平)。 高校2年次の2010年、トップチームに2種登録選手として登録され、天皇杯2回戦のホンダロックSC戦にて、大分では最年少(当時)となる17歳12日での公式戦デビューを果たした。 2011年も引き続き2種登録としてトップに在籍。同年10月14日、2012シーズンからのトップチーム昇格内定が発表された。 トップ昇格した2012年はボランチ、2013年は右ウイングバックでも起用されるなど様々なポジションでプレーしていた。
後藤 優介(ごとう ゆうすけ、1993年4月23日 - )は… 後藤 優介(ごとう ゆうすけ、1993年4月23日 - )は、鹿児島県鹿屋市出身のプロサッカー選手。 Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。 ポジションはフォワード。既婚。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・マーケティング。 中学時代までを鹿児島県で過ごし、高校進学時に大分トリニータU-18に入団。同級生に為田大貴・茂平、2学年上に刀根亮輔、1学年上に松原健、1学年下に國分伸太郎。1年時からスタメンに抜擢され、3年時にはプリンスリーグ九州1部で21得点をマークし、得点王となった。 2012年、U-18から大分トリニータトップチームに昇格。FW登録選手としてはクラブ初の昇格事例となった。高松大樹・森島康仁・チェ・ジョンハンらライバルの存在もあり出場機会が限られた事で、7月にJFL・HOYO AC ELAN大分(現・ヴェルスパ大分)へ期限付き移籍し試合経験を積んだ。
茂 平(しげ たいら、1993年4月14日 - )は、長崎県… 茂 平(しげ たいら、1993年4月14日 - )は、長崎県大村市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。登録ポジションはミッドフィールダー。 中学卒業後、大分トリニータU-18に入団。同期に為田大貴、後藤優介、1学年下に後に立命館大学・ギラヴァンツ北九州でもチームメイトとなる國分伸太郎がいた。また在籍した時期は重なってはいないが、大分U-18の先輩・清武弘嗣を尊敬する人物として挙げており、同じく先輩・梅崎司は小中高と同じ学校であった。高校3年次にはトップチームの練習に帯同し、為田・後藤とともにトップチーム昇格の予定であったが急きょ立ち消えになった。 高校卒業後は立命館大学に進学し、サッカー部に入部。
松原 健(まつばら けん、1993年2月16日 - )は、大… 松原 健(まつばら けん、1993年2月16日 - )は、大分県宇佐市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはディフェンダー(右サイドバック、センターバック)。元日本代表。既婚。 中学進学時に大分トリニータU-15のセレクションを受け不合格となったが、高校進学時に再びセレクションに参加し合格。2008年に大分U-18に入団した。1年次の夏過ぎにそれまではフォワードやボランチでプレーをしていたが、当時監督の皇甫官に、運動量の多さを買われて右サイドバックに転向した。大分U-18では緊張感のある中で練習し、重圧に圧し潰されそうになった事で初めてサッカーの練習が嫌いになったという。
角野 翔汰(かどの しょうた、1992年6月21日 - )は… 角野 翔汰(かどの しょうた、1992年6月21日 - )は、岡山県瀬戸内市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 高校時代は大分トリニータU-18に在籍(同期に松原健)。3年次の2010年はリーグ戦20試合に出場し最多タイの5アシストを記録。大分U-18を卒団後は京都学園大学(現:京都先端科学大学)を経て、2015年に鹿児島ユナイテッドFCセカンドに加入。 2017年、鹿児島ユナイテッドFCトップチームに昇格。2018年限りで契約満了により鹿児島を退団。 2019年、福井ユナイテッドFCに移籍。2021年12月17日、契約満了により退団した。 2022年、坂井フェニックスサッカークラブへ加入した。
刀根 亮輔(とね りょうすけ、1991年10月29日 - )… 刀根 亮輔(とね りょうすけ、1991年10月29日 - )は、福岡県北九州市出身の元プロサッカー選手。登録ポジションはディフェンダー。マネジメント会社はジャパン・スポーツ・プロモーション(JSP)。 福岡県北九州市で生まれ育ち、高校進学時に小学生年代から同じチームでプレーした、1学年上の東慶悟が在籍する大分トリニータU-18に入団。大分U-18ではディフェンダーの他、ボランチとしてもプレーを経験した。高校3年次にはキャプテンを務めた。2010年、トップチームへ昇格。過去に西川周作、梅崎司、東慶悟等が着用した背番号21を与えられた。ルーキーながら開幕戦の柏レイソル戦でベンチ入り、途中出場でプロデビューを果たすとその後はレギュラーに定着し、第6節のファジアーノ岡山戦ではCKからのヘディングでプロ初ゴールも記録した。
西出 隼也(にしで じゅんや、1990年12月30日 - )… 西出 隼也(にしで じゅんや、1990年12月30日 - )は和歌山県出身のサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー。
東 慶悟(ひがし けいご、1990年7月20日 - )は、福… 東 慶悟(ひがし けいご、1990年7月20日 - )は、福岡県北九州市若松区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。元日本代表。 兄の影響で6歳(小学1年生)の時にサッカーを始める。中学校のコーチが大分トリニータスタッフの立石敬之の甥であり、同クラブを見学する機会を得て好印象を抱く。 当時は周囲とのレベル差もあって王様然としたプレースタイルが身に付いており、中学3年生時にU-15高円宮杯県予選でアビスパ福岡U-15に大敗したことを機に、高レベルの環境を求めてJリーグクラブのアカデミー入りを決心。 2006年より大分トリニータU-18へ加入。同期に清武功暉、岸田和人、岸田翔平など。
越智 亮介(おち りょうすけ、1990年4月7日 - )は、… 越智 亮介(おち りょうすけ、1990年4月7日 - )は、愛媛県今治市出身のプロサッカー選手。登録ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2006年に大分トリニータU-18に入団(同期に東慶悟、清武功暉、岸田和人、岸田翔平等)。大分U-18を卒業後は地元クラブのJ2・愛媛FCに加入した。加入後3年間で公式戦73試合に出場し経験を積んだが、4年目の2012年は公式戦出場機会無しに終わり、同シーズン限りで愛媛を退団。 2013年、ツエーゲン金沢に移籍。2年目の2014年にはJ3リーグ優勝を経験した。 2015年、藤枝MYFCに移籍。 2019年、FC琉球に移籍。7年振りのJ2でのプレーでリーグ戦22試合に出場したが、同年限りで契約満了により琉球を退団した。
岸田 和人(きしだ かずひと、1990年4月3日 - )は、… 岸田 和人(きしだ かずひと、1990年4月3日 - )は、大分県速見郡日出町出身の元プロサッカー選手。中国サッカーリーグFCバレイン下関所属。ポジションはフォワード(FW)。 サッカー選手の岸田翔平は双子の弟。 大分トリニータの下部組織出身。 同世代のメンバーには双子の弟・岸田翔平の他に東慶悟(同学年)や清武弘嗣(一学年上)等がいる。U-18からトップチームへの昇格はならず、福岡大学に進学。大学4年生の時には第61回全日本大学サッカー選手権で準優勝し、大会ベストFWを受賞した。 インカレ終了時点でも進路が決まっていなかったが、翌2013年2月に日本フットボールリーグ (JFL) に降格したFC町田ゼルビアへ加入。
岸田 翔平(きしだ しょうへい、1990年4月3日 - )は… 岸田 翔平(きしだ しょうへい、1990年4月3日 - )は、大分県速見郡日出町出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。九州サッカーリーグ・ジェイリースFC所属。既婚。マネジメント会社はエースポーツクリエイション。 双子の兄の岸田和人もサッカー選手。 大分トリニータU-12、U-15、U-18と大分の各年代の下部組織に在籍し(U-18時代の同期に岸田和人・東慶悟・越智亮介・清武功暉)、高校卒業後は岸田和・清武と共に福岡大学に進学しサッカー部に入部。その他の同期には牟田雄祐・田中智大がいた。 2012年2月にJ1・サガン鳥栖の練習参加を経験すると、同年8月には特別指定選手として鳥栖に選手登録。
清武 弘嗣(きよたけ ひろし、1989年11月12日 - )… 清武 弘嗣(きよたけ ひろし、1989年11月12日 - )は、大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。ポジションはミッドフィールダー(攻撃的ミッドフィールダー)、フォワード。元日本代表。 プロサッカー選手でおこしやす京都ACに所属する清武功暉は実弟。セレッソ大阪の3代目8番。 3兄弟の次男として生まれる。小学生時代は父親が監督を務める大分市立明治北小学校サッカークラブでプレーし、大分トリニータのU-15、U-18チームを経て2008年にトップチームに昇格。1年目からスーパーサブとして出場機会を得て、第20節清水エスパルス戦では、1-2の状況から同点ゴールを決め、これが自身のプロ初得点となった。
山瀬 彰也(やませ しょうや、1989年7月31日 - )は… 山瀬 彰也(やませ しょうや、1989年7月31日 - )は熊本県出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。
石田 良輔(いしだ りょうすけ、1989年7月4日 - )は… 石田 良輔(いしだ りょうすけ、1989年7月4日 - )は、大阪府茨木市出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー。
井上 裕大(いのうえ ゆうだい、1989年5月30日 - )… 井上 裕大(いのうえ ゆうだい、1989年5月30日 - )は、大分県大分市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 大分トリニータU-18時代はキャプテンを務めた。2008年に小手川宏基、清武弘嗣、石田良輔とともに大分U-18よりトップ昇格。3年目の2010年より試合出場の機会が増えるが、サイドハーフとして出場した5月9日のサガン鳥栖戦ではスタメン出場しながら前半26分に交代されるなど序盤は半レギュラーの立場であった。しかし後半戦からはボランチとしてスタメンを奪取し3得点を記録。2011年10月19日に行われたJ2第6節・愛媛FC戦の中で、右足関節骨折(全治3ヶ月)の重傷を負った。
梶原 公(かじわら あきら、1987年6月4日 - )は、大… 梶原 公(かじわら あきら、1987年6月4日 - )は、大分県日田市出身の元サッカー選手、及びサッカー指導者。2006年の登録ポジションはミッドフィールダーだったが、ユース時代はディフェンダー。2007年はディフェンダー登録になった。
梅崎 司(うめさき つかさ、1987年2月23日 - )は、… 梅崎 司(うめさき つかさ、1987年2月23日 - )は、長崎県諫早市出身のサッカー指導者、元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダーで、主にトップ下、左サイドでプレーした。元日本代表。 大分トリニータU-18から2005年にトップチームへ昇格。2006年途中からレギュラーに定着した。同年8月31日、アジアカップ2007の最終予選に向けたA代表メンバーに、当時のチームメイトであった西川周作と共に選出された。これによりクラブ初のA代表選手となると、9月6日に行われたイエメン戦で交代出場し、代表初出場を記録した。 2007年1月26日にフランス2部のグルノーブル・フット38へ期限付き移籍。
西川 周作(にしかわ しゅうさく、1986年6月18日 - … 西川 周作(にしかわ しゅうさく、1986年6月18日 - )は、大分県宇佐市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・浦和レッズ所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。元日本代表。既婚。 J1リーグ歴代通算出場試合数ランキング2位。 小学校3年生時にサッカーを始め、4年生時に練習試合で当時所属した少年団の正ゴールキーパーが欠場した際、監督に代わりとして指名されたことをきっかけにゴールキーパーでのプレーを始めた。中学卒業時まで出身地の宇佐市で過ごし、高校進学時に当時の大分トリニータU-18の監督であった皇甫官と同GKコーチであった吉坂圭介に誘われ、大分U-18に入団。練習場(大分スポーツクラブ)のある大分市は宇佐市からは距離があるため、大分市内にある大分東明高等学校に進学し寮生活を送った。
江頭 賢治(えとう けんじ、1984年8月25日 - )は、… 江頭 賢治(えとう けんじ、1984年8月25日 - )は、広島県尾道市向島出身の元サッカー選手、実業家。 サッカー選手時代のポジションはディフェンダー。 向島中央小学校、向島中学校出身。 小学校4年生からサンフレッチェみろくの里Jr.ユースを経て大分トリニータU-18へ入団し、大分東明高等学校へ入学。当時のU-18の監督は皇甫官(ファンボ・カン)。2002年度はU-18の主将を務めた。当時一緒にプレーした選手として、1学年下に温炳勲(オン・ビョンフン)、2学年下に梅崎司・西川周作がいた。 その後は愛知学院大学を卒業して就職。 2020年にYouTubeへの動画投稿を開始し、エトケンちゃんねる
金 聖吉(キム・ソンギル、김성길、1983年7月8日 - )… 金 聖吉(キム・ソンギル、김성길、1983年7月8日 - )は、韓国出身のサッカー選手。 大分トリニータU-18監督だった皇甫官にスカウトされ、2000年に大分トリニータU-18に入団。2002年にトップ昇格し、大分U-18のトップ昇格第一号となった。トップ昇格後はリーグ、カップともに出場機会はなく、2003年シーズン途中、兵役に就くため帰国した。兵役を終えた後の2006年は慶南FCに移籍した。2009年ナショナルリーグの釜山交通公社と契約。