スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松石 信八(まついし しんや、2005年12月18日 - )… 松石 信八(まついし しんや、2005年12月18日 - )は、佐賀県佐賀市出身のプロ野球選手(内野手・育成選手)。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学校2年生のときに野球を始め、佐賀市立城南中学校では硬式野球の『佐賀フィールドナイン』に所属した。投手を始めたのは中学時代からであったが、2年冬に投球フォームを改善すると、最速135km/hに急成長。3年時は新型コロナウイルスの影響でほぼ全ての大会が中止となったが、6月の公式戦では最速142km/hを計測した。 藤蔭高校に進学すると、1年夏の大分大会で最速146km/hを計測。チームは明豊との準決勝に0-12で敗れたが、この試合に先発した松石は8回3失点に抑えた。
田中 月菜(たなか るな、2000年10月13日 - )は、… 田中 月菜(たなか るな、2000年10月13日 - )は、佐賀県出身の女子競輪選手。日本競輪選手会佐賀支部所属、ホームバンクは武雄競輪場。日本競輪選手養成所第118期生。 小学校からバスケットボールに打ち込み、藤蔭高校時代にはポイントガードとして第66回大分県高等学校総合体育大会優勝、第85回皇后杯全日本バスケットボール選手権大会大分県予選優勝などの実績を残し、インターハイにも出場を果たした。 2019年1月17日、日本競輪学校(当時)第118回適性試験に合格。在校競走成績は13位(5勝)。 2020年5月15日、広島競輪場でデビューし4着。初勝利は同年7月24日の玉野競輪場で挙げた。 2023年6月16日、松戸FII(ナイター)で初優勝。
一岡 竜司(いちおか りゅうじ、1991年1月11日 - )… 一岡 竜司(いちおか りゅうじ、1991年1月11日 - )は、福岡県糸島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 糸島市立前原西中学校時代は糸島イーグルス(ポニー)でプレイ。大分県の藤蔭高等学校に進学後、2年時の秋に肘を壊し、3年時は登板がなかった。 大学や社会人から声が掛からず、専門学校コンピュータ教育学院の野球部にセレクションを経て入学。1年時の2009年から公式戦に登板し実績を重ね、体重が20kg増え、球速も15km/hアップした。 2年時の2010年、第40回JABA徳山(スポニチ)大会では同チームの優勝に貢献し、自身は登板した2試合で完封勝ちを収め最高殊勲選手賞を受賞した。 3年時の2011年、第82回都市対抗野球大会の予選では、九州2次予選の初戦の対鹿児島ホワイトウェーブ戦で5安打完封勝利を挙げ11奪三振を記録した。
上杉 あずさ(うえすぎ あずさ、1990年8月7日 - )は… 上杉 あずさ(うえすぎ あずさ、1990年8月7日 - )は、日本の女性ローカルタレント、ラジオパーソナリティ、スポーツライター。福岡県うきは市出身、ワタナベエンターテインメント九州事業本部所属。
森 章剛(もり しょうごう、1979年5月22日 - )は、… 森 章剛(もり しょうごう、1979年5月22日 - )は、福岡県久留米市出身の元プロ野球選手(外野手)・プロ野球コーチである。右投両打。登録名を1998年から2001年までは「ショーゴー」、2002年の一時期は「章剛」としていた。 長崎県長崎市で過ごしていた小学校6年生時にはソフトボールで全国優勝、中学から福岡県の久留米ボーイズで硬式野球を始める。藤蔭高等学校では高校通算75本塁打の記録をもつスラッガーとして活躍し、1997年のドラフトで2位指名を受け中日ドラゴンズに入団。入団当初は登録名を「ショーゴー」とし背番号も一桁の0が与えられていた。 入団初年度の1998年の春季キャンプで腰を痛め、それをコーチやトレーナーに言い出せないうちに腰痛を悪化させてしまう。
川﨑 義文(かわさき よしふみ、1971年10月30日 - … 川﨑 義文(かわさき よしふみ、1971年10月30日 - )は、福岡県福岡市出身の元プロ野球選手(捕手)。 藤蔭高では複数ポジションを守り、最終的には投手を務めた。最高成績は3年夏の県大会ベスト4。日本通運では捕手として1993年に都市対抗野球準優勝、日本選手権ベスト4でともに優秀選手賞を受賞すると1993年度ドラフト会議にて横浜ベイスターズから4位指名を受けて入団。 1年目の1994年から一軍での試合に出場するも、なかなか一軍には定着できずにいたが、ひょうきんな性格でシーズンオフのプロ野球オールスタースポーツフェスティバルに参加した際に自らのゼッケンに「江頭2:50・大川興業」「モアイ・イースター島」と記入し笑いを誘っていた(当然ながら川崎以外の他の選手は名字・所属チームを記入していた)。
川﨑 義文(かわさき よしふみ、1971年10月30日 - … 川﨑 義文(かわさき よしふみ、1971年10月30日 - )は、福岡県福岡市出身の元プロ野球選手(捕手)。
原田 裕花(はらだ ゆか、1968年6月5日 - )は、山口… 原田 裕花(はらだ ゆか、1968年6月5日 - )は、山口県周南市(旧・新南陽市)出身の元バスケットボール選手、スポーツコメンテーター、バスケットボール女子日本リーグ会長である。ポジションはガード。 藤蔭高校で主将として活躍。全日本ジュニアにも選ばれる。 1987年、共同石油(現ENEOSサンフラワーズ)入社。1シーズン目より2冠に貢献し新人王を獲得。入社とともに全日本チーム加入。 1988年に靭帯断裂で戦線離脱を余儀なくされるも、翌シーズン復帰しカムバック賞を受賞。 ジャパンエナジー黄金時代の中心選手として活躍し、ベスト5やなど個人タイトルも多数獲得。 全日本でも1994年の世界選手権に出場。